第50話 後輩女子は意外としたたか
「う~ん、困ったわね……」
僕の前で鈴音ちゃんが難しい顔をしていた。
渚に助けを求めた際に、傍に居た鈴音ちゃんと姫野がやってきたわけだが――。
僕の背中では鹿住さんがグスグスと涙声を漏らしながら掴まったまま。
先輩女子に囲まれて余計に腕に力を入れてきている。
渚からは抱きつかれたりしないでよと釘を刺されていたのにこのザマだった。
もちろん振りほどけなくはないけれど、あまり乱暴にしたくなかった。
それ以前に、年下女子の扱いなんて僕には無理。
ちなみに体育教官室からは先生が出てきて何事かと聞かれたけれど、出てきたのが曽根先生だったもんだから――なんだまた瀬川か――みたいな話になってスルーされた。曽根先生なんでこんなところに居るのって聞いたけど、お昼休みは交代で詰めてるらしい。あんまり女の子泣かすなよ――なんて言われたけど曽根先生に言われたくないよ……。
「太一くん、どうして……」
「あ、渚が正気に返った」――と姫野。
「いや、1回目は躱したんだよ。2回目は後ろから不意打ちだったから――」
バッ――っと今度は渚が前から抱きついてきた。
「羨ましいことね、色男……」
「そんな事より鹿住さんをどうにかして……」
姫野と鈴音ちゃんが剥がそうとしたり説得したりしているけれど、どうしても剥がれない。そんなことをしているうちに曽根先生が教官室から出てきてジッとこちらを見る。
「もうすぐ予鈴鳴るぞ。教室戻れよー」
――と、何事もなかったかのように去っていった。いや、何とかしてよ……。
「誰か……ほら、鹿住さんと一緒に文芸部来てた男子。あの子に頼めないかな」
「北尾君?」――と渚。
「そうそう北尾くん呼んでみて」
「うぇっ、きたおくん!?」
さっと手を放して離れる鹿住さん。
「あっ、離れた」
「離れたわね」
僕は振り返り、彼女に問いかける。
「鹿住さん、どういうことか説明してくれないかな。さっきの二人は誰?」
「……それは………………」
ボソボソと話す彼女に姫野が耳を近づける。
「話したくないって」
すると鹿住さんがスマホを弄って見せてきた。そこには――。
『昼休み、瀬川太一に体育館裏で告白しろ』
『Little Sisters are watching you!』
『フラれたら抱きつけ』
『Little Sisters are watching you!』
こちらには画像が添えられている。
「怖いよ。どこのディストピアだよ」
「差出人の芦野 五十鈴って誰なの?」
「聞いたことないわね」
「――最初のメッセージにも画像があったんだって。更衣室のこの子の写真」
ふたつ目のメッセージはトイレの入り口に見える。鹿住さんが入ってきたところを撮られたみたい。待ち伏せされたのだろうか。見張られてるようにも見える。
「芦野って鹿住さんは知ってる? さっきの二人のどちらか?」
首を横に振る鹿住さん。
「仕方がない。知ってそうなやつに聞くか」
僕はスマホを取り出してメッセージを送る。
『なんだよ太一、かわいい女子でも見つけたのか。鈴代ちゃんに言っちゃうぞ~』
『いや渚は目の前に居るからさっさと教えてくれ』
渚は未だに僕に抱きついていた……。
仕方が無いので渚の背中に手を回してスマホを弄ってた。
『残念ながらその女子は知らん。山崎も知らないと言っているからうちの生徒じゃないな』
『上級生もか?』
『太一、俺たちの集めてる情報が下級生だけだと思うなよ?』
『わかった。信用するよ』
田代にはその辺、謎の信頼があった。
「田代も知らないらしいからうちの高校の生徒じゃないみたいだな」
とにかく鹿住さんには放課後、部室に来るように言い、怯えていたこともあって保健室まで送ることにした。渚は――奪い返したよ!――とか訳の分からないことを言って、ようやく離れてくれた。
そして僕は、一人だけこういうおかしなことをするやつに心当たりがあった。
◇◇◇◇◇
「ふふっ、それで太一、僕がその子を告白させた犯人だって?」
昼の休み時間が終わる直前、鈴木の前で鹿住さんのスマホの画像を見せた。
「お前しかいないだろ、こんなおかしなことをするのは」
「心外だなあ。僕は太一が傷つくようなことはしないよ」
「してきたから言ってるんだろ」
「まあまあ瀬川くん、鈴木くんが瀬川くんのこと、大事にしてるのは本当だって」
間に入ってきたのは鈴木の前の席の
鈴木は黒葛川とかに比べたら遥かにクラスのみんなに受け入れられている。特に僕が親しくないクラスメイトにはやたら積極的に友達関係を築いているように見えた。
「曽我さんの言う通りだよ。僕はこの件には関わっていない」
「じゃあ誰が……」
「ところで太一、この芦野五十鈴って誰か調べたのかい?」
「そりゃな。でも田代も知らないって」
「太一はさ、この
「僕が? 知らないけど……中学の時のクラスメイトか?」
「まさか。そうじゃない、この学校でだよ」
「いや…………無いと思う」
確かに僕は名前を覚えるのが苦手だ。だけどさすがに二度目聞いたら思い出すくらいはできる。鈴木は僕の返答を片眉を上げて返し、微笑みを崩すことも無かった。
そして今気づいた。渚があまり鈴木の事を見ていなかった。いつもなら僕が疑えば鈴木を責めるような目で見ていたかもしれない。何となく話題から目を逸らしているようにも見えた。
僕は席に戻って渚にメッセージを送る。
『鈴木と何かあった?』
『うん、ちょっと……後で話す』
◇◇◇◇◇
5時間目の業間、渚を屋上への階段の踊り場に誘った。
「お昼休みにね、また岸本くんが来たの」
「ああ、あの一年の?」
「そう、それで太一くん居なかったじゃない? そしたらどうしてもってしつこくて……」
「ごめん、独りにして」
鈴音ちゃんや姫野が居たから守ってくれてただろうとは思っていた。
けれど渚の答えは違った。
「ううん、それはいいの。滝川さんと曽我さんが追い返してくれたから」
「ん? 何でその二人?」
「それがね、二人とも事情を知ってたの。岸本くんがイジメられてると思って私が声を掛けたのを」
「田代が話したのかな」
田代はあまり女子とは話さない。あれはあれで妙に一途なところがある。まあ、女子と会話するのが苦手なだけってのもあるだろうけれど。
「私もそう思ったの。でも、聞いてみたらどうも鈴木君らしいの」
「んん、確かに田代とその話をしてた時に鈴木が居たけど」
「それでその……私も気になったから鈴木君に聞いたの。どうしてそんな話をしたの?――って。そしたら、――太一くんが困りそうだったから――って」
「鈴木が?」
「うん。だからその告白の方の犯人も違うんじゃないかなって」
「そうか……」
「あと……」
「何?」
「あっ、ううん。何でもない。私の問題だから私がちゃんとしないと」
「そういうの、ちゃんと頼ってくれた方が嬉しいんだけど……」
「鈴木君に言われたの。――自分で起こした問題なんだから、ちゃんと自分で清算しろ、太一を煩わせるな。じゃないと彼女とは認めないぞ――って」
「またそうやって鈴木の口車に乗って……」
「ううん。太一くんにはちゃんと見ていて欲しいから。それに鈴木君にそんなこと言われるのは癪だし……」
「まあ、そういうことなら」
僕の見ている前でならいいか。
◇◇◇◇◇
放課後、渚と保健室まで鹿住さんを迎えに行き、連れ立って部室に顔を出す。今日は特に用という用は無いので好きで集まってる部員だけだった。幸い、あの一年の三人組が来ていなかったので樋口先輩に断って旧部室の方を使わせてもらう。
僕と渚に続いて旧部室に入ってくる鹿住さん。
「やっぱりこっちの方が落ち着くね。文芸部って感じがする」
いつもの席に座る渚。僕もいつもの席に座り、鹿住さんは対面に座らせた。
鹿住さんも本棚を見回したりしてさっきよりもずいぶんと落ち着いた様子。
「そういえばいつもの彼は? えっと……」
「北尾君」
「そうそれ。北尾くんは?」
「……えっと、北尾くんには用があるからって言って先に帰ってもらいました」
「いいの? 北尾君に力になって貰わなくて」
「……北尾くんはちょっとその……心配しすぎるというかお節介と言うか……」
「心配して貰えてるのはいいことだと思うけどなあ」
「……中学で同じ文芸部だった友達なんですけど、私が頑張ってクラスの男の子と話そうとしてると邪魔してくるんです……」
「鹿住さん、かわいいもんね」
渚に言われて気付くが、確かに去年の渚だとかノノちゃんよりは見た目を意識してるように見える。去年の渚は眉も整えてなかった。ただ、僕にとってはそんな渚がかわいかったんだけどね。そして田代が言っていた事はあながち間違いでもないのかもしれない。
「……そんな、鈴代先輩に……畏れ多いです……」
「そんな風に言われると困るんだけど……」
「そういえば渚のファンクラブって知ってる?」
「……入ってませんけど、鈴代先輩には憧れてます。本当です……」
「あの二人は?」
「……知りません……でもたぶん入ってます……」
渚のファンクラブについては疑ってはいた。コミュニティ:Himenoに投げてあったので、部活をしているメンバーが話を聞いてみると引き受けてくれていた。
ペコ――スマホの通知が鳴る。
『聞いてみたけどうちの部の子は知らないみたい』
そう言ってきたのは鈴音ちゃん。水泳部はときどき市の温水プールで活動している。
今日は市民プールの日だと言っていた。
続いてもう一件通知が。
『部の子に聞いたら一年生しか入れないんだって。私、入りたかったのに!』
別に潜入しろとは言ってないのに何考えてんだ姫野は。
「まあとにかくさ、さっきのあの二人については探せばわかるだろうね。で鹿住さん、君はあの二人にイジメられてるの?」
「……それは…………」
「助けてあげるにも、鹿住さんが助けを求めてくれないと僕らも動きようが無いんだ」
渚を見ると目が合って頷く。
「そうだよ。私も力になりたいけど鹿住さんがどういう状況か教えてくれないと」
「……イジメっていうかハブられてるみたいな……」
「――最初は自分を変えようって頑張って男の子に話しかけてたんです。そしたらみんな思ったよりたくさん話してくれるようになったんですけど、クラスで女の子の友達を作り損ねちゃって……中学の友達も別の階だし。なんか調子付いてるって陰口言われるようになってまた自信なくなっちゃって……」
最初は渚みたいに気弱な子がイジメられてるのかと考えていたけど、思ってたのと違った。
そしてやはり鹿住さんのような一見、内気そうに見える子でも高校デビュー勢だった。
鹿住さんなりには頑張っていたのだろう。
「――そんなところにあの変なメッセージが来て。更衣室の画像はびっくりして消しちゃったんですけど……」
去年の坂田の事件があってから、体育館裏の女子更衣室は西園寺先生とかが毎日チェックしてるという。カメラが仕掛けられたりしたらすぐ見つかるだろう。更衣室を盗撮するなら同じクラスか体育で一緒になる隣のクラスの生徒だろうけれど――。そのことを聞いてみた。
「メッセージも体育の時間に送られてきてたんです。他にも私の居場所を特定してきたりして、芦野って人にどこから見られてるかって思うと怖くって。泣いちゃってすみません」
仮に同じ授業を受けていたとして、メッセージ自体が体育の時間ってことは着替えたのに体育を休んでいたってこと? そんな目立つことする?
「あの二人は渚を知ってるみたいだったよね?」
「鈴代先輩は有名ですし。夏休みデビューで超美人になって男子からも女子からも告白されて百人斬りしたって――」
「いやいや、それデマだから」
「うん、告白はほとんどされてないよ。呼び出し断ってたから」
渚、それって百人くらい居たりしないよね……?
「……でもなんか急に渚先輩って呼び始めたから、先輩と親しくなったのかなって……」
「その二人って
「いやさすがにうちの部員の顔を見間違えたりはしないから」
十川さんはあの三人組の一人。あとの二人は
「……十川さんと宮島さんはクラスが違うのでよく知りません。新田さんは同じクラスです……」
「これ、あの三人にも聞いてみた方がよさそうだね」
頷いた渚は、スマホを取り出す。
文芸部のコミュニティに新入部員は登録済みだったから、リストから新田さんへ連絡先交換のメッセージを送った。返事は即返ってきた。
『渚先輩!!!!! ありがとうございます感謝です!!!!!』
『新田さん、聞きたいことがあるんだけどちょっといい?』
『はい! 何なりと!』
『なんか私のファンクラブ? みたいなものができてるらしいんだけど知ってるかな?』
渚がちょっと悪い顔をしている。渚はノノちゃんほどでは無いけれど筆の方がよく物を言うタイプで、おまけに小説を書くものだからか文体を変えると顔つきが変わる。
『――知ってること、教えて欲しいんだけど』
『はい! 私たちが渚先輩を讃えて結成しました!』
『勝手なことしないで欲しいんだけど?』
『えっ、怒っておられます?』
『わりとね』
『すみません、勝手をしました。でもちょっとコミュニティが大きくなっちゃって……』
『コミュニティ消す前にちょっと知りたいことがあるの』
『はい!』
渚は既にコミュニティを消す前提で話していた……。
『鹿住さん、イジメてる?』
しばらく返事が無い。
『その、イジメてるのは
『あなたは?』
『すみません、ちょっと気に入らなかったのでシカトしてました』
謝罪のスタンプをでかでかと送ってくる新田さん。
『鹿住さんに告白させたのはあなた?』
『えっ、告白ってまさか瀬川先輩ですか?』
『瀬川くんって知ってるのね』
『あの、私がコミュに流しました。あいつが先輩を好きって言ってたのを。すみません。でも告白させたりはしてません』
『もうひとつ、芦野五十鈴ってだれ?』
『私もよく知らなくて、クラスもわからないんです。いつの間にかコミュに居て仕切ってるので……』
『その子、誰なのか調べてくれないかな?』
『えっ、でも……』
『困ることでもあるの?』
『そいつちょっと怖くて。……コミュの管理権も渡しちゃったんです……』
渚は、芦野について調べるように新田さんに指示すると、僕にの胸におでこをつけて項垂れかかってくる。
「太一くぅん、疲れたよぉ……」
慣れない口調で文字を打ってたからだろう。
渚の頭を撫でてやると彼女は深呼吸をする。
「……鈴代先輩、本当に瀬川先輩の事、大好きなんですね……」
鹿住さんの前だったのを思い出したのか、渚は顔を見せないままプルプルと震えていた。
「お互いにね。そこだけは自信がある」
「……わかりました。先輩の事は諦めます……」
「えっ、あ、そういや好きって、嘘じゃなかったんだ」
「……経緯はともかく。瀬川先輩に告白できたのは、今から思えばよかったのかなと……」
鹿住さんは席を立つ。
「いろいろスッキリしました。ありがとうございます。クラスでももうちょっと頑張ってみます」
「芦野の事は何とかするから。また何か言ってきたらすぐ相談して」
最悪、新崎さんとか山咲さんが居るから何とかなるだろう。
監視されてると彼女は思ってるようだけれど、監視なんてそれほど現実的なものじゃないと思う。
鹿住さんは頷くと部屋から出て行った。
--
ややこしいので初めて話を整理しましたw
渚のアレはたぶん占領ゲージとかが出てるんです、太一に。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます