第49話 悪い話と悪い話

「よう太一、今月のいい話と悪い話、どちらから聞きたい?」


 また田代のネタがやってきた。僕が渚と――表向き――付き合いだしてからというもの、きっかけを作った田代はこうやって、毎月心底どうでもいい情報を持ってやってくる。先月なんか、いい方の話がナントカいう先輩のカップがGだったという物で、悪い方の話がシリコンで上げるブラだったとか、明らかに僕がいい話から選ぶのを見越してネタを持ってきていた。


「はぁ…………いい話で」


 しかし僕はいい話を選ぶ。選ばざるを得ない。何も選ばなかったとしても田代はしつこい。


「ふふ、そう来るだろうと思ったぜ。実は山崎とたくさん見て回ったんだが……なんと、今年の一年は平均的にレベルが高い!」


「あ、ふ~ん……」


「お↑前は! 鈴代ちゃんと付き合い始めてから冷めちまったな!」


「いや……その前からずっとだと思うよ……」


「いいや! そんなことは無い。少し前までの太一なら興味は無いと言いつつ押し黙ってマジに考え込んで脳内補完していたはずだ!」


「それ多分、別のこと考えてたやつだと思う……」


「まあとにかく、鈴代ちゃんや新崎みたいな滅茶苦茶目立つ女子は居ない代わり、平均的にレベル高い。多分ファッションやメイクのセンスがいいか、高校デビュー狙ってた女子が多かったんだろうな」


 なるほど、確かに文芸部の新入部員も陽キャ的な印象の女子が多かった。つまり高校デビューでファッションやメイクなんかに興味のある女子が多いってことか。それなら素でスタイルのいい渚に興味が湧くのも納得かもしれない。


「――おっ? やっと興味が湧いた来たようだな」


「いや、なんでだよ」


「そういう顔してたぞ。――じゃあ悪い話な。これは太一、お前にとってとても大事な話だ。正直、これは一概に悪い話と言うわけでもないんだが……」


「勿体ぶらずに早く言えよ」


「一年の間で鈴代ちゃんファンクラブが結成されてる」


「は!?!?」


「だから鈴代ちゃんの――」


「いやそうじゃなくてファンクラブって何!?」


「ファンの集いだろ」


「じゃなくて何でそんなものが勝手に結成されてるんだ? 本人に断りもなく」


「非公式の隠れファンクラブなんじゃね?」


「はぁ、やめて欲しいな……」


「じゃあもうひとつの悪い話な!」


 サプラーイズ! とでも言いたげな田代は楽し気に話し始める。


「まだあるのかよ……」


「いや、どちらかと言えばこっちが太一にとっては悪い話な気がする」


「で? なんだよ」


「少し前に鈴代ちゃん、告白されてたろ。ビラ配りかなんかしてて」


「ああ、一年か。振られてたやつな、ちょっと心配だったけど」


「そう、振られてた。けど俺みたいな不意打ち以外で告白まで持っていけたのそいつだけだとかって、直後に二年や三年の男子から持てはやされたらしくて調子に乗ってるらしいぞ」


「はあ!?」


「何でもそいつが言うには、――自分は鈴代先輩にとって素敵な男だから、今の恋人が居なかったら付き合ってたって言われた――ってな」


「違うだろ、渚はそう言う意味で言ったわけじゃない」


 渚から聞いた限りでは、――私は恋人が居るから他の人との恋愛なんて考えられないけど、あなたはちゃんと素敵だから――と、他の人に聞かれたらそう言われたと言うようにと、自信を持つように言っただけのはずだ。


「どうする? 〆てくるのか? 一年じゃそこそこ有名になってるらしいぞ」


「そんなことするわけないだろ。だいたいその一年がイジメられてたみたいだったから渚は優しくしたんだよ」


「なるほどなあ。鈴代ちゃんらしいけど裏目に出たな」


「イジメられてないならいいけどさ……」


「ふふっ、太一は優しいね」


 いつの間にか鈴木がやってきていた。


「別にそう言うわけじゃないし。実害無いなら放っておけばいいよ」


「そうかい?」


 鈴木はいつものさわやかな笑顔を崩さなかったが、こいつは何を考えてるか分からないからな。一年を煽ったりしなきゃいいけど。



 ◇◇◇◇◇



 昼の休み時間、いつものように奥村さんの横で渚と弁当を食べ、楽しそうに話す二人の会話を聞いていた。相変わらず渚は奥村さんへの警戒が少ないし、お互い名前呼びになっちゃってる。会話も最近コロンをあまり付けなくなったとか、使うならどんなの使ってるかとか。


 確かに渚はその辺繊細だった。ときどき聞かれる。これと前のとだとどっちがいい?――とか、――今日のはどんな感じ?――とか、――太一くんは匂いが少ない方が好みだね――とか。


 お出かけデートでなんかでは、多少の匂いは気分を変える意味もあって新鮮だけど、普段二人で居るときは渚の匂いを感じる邪魔になることもあって控えめの方が好きだった。



 そんな話を聞いていると、あの例の一年がやってきた。

 開け放されたままの入口のところで渚に呼び掛ける。

 僕らの席は入口に近いからすぐに渚も気づく。


「あっ、えっと、いいけどどうしたの?」


「その……ちょっと鈴代先輩に相談事が……」


 その一年は例の噂なんてまるで感じさせないような弱気な態度でそう言った。


「えっ……と、ここじゃダメなんだよね? 太一くん、来てくれる?」


「ああ――」

「いやっ、二人だけじゃダメですか?」


 僕の返事に食い気味でそう言ってくる一年。


「それはダメだよ。私たち二人で相談に乗るって言ったよね?」


「どうしてもですか?」


「どうしても」


 そう言うと、一年はすごすごと帰っていった。


「渚、あの子どうしたの?」――と奥村さんが心配する。


「ううん、ちょっとね。イジメられてたみたいな感じだったから助けたんだ。岸本君って言うんだけど」


 ああそうそう、そんな名前だった。


「そう、でもさっきのは渚に用があるみたいだったわね」


「うん、そうかも」


「イジメの方は心配しないでいいと思うよ。田代が言ってたけど――」


 僕は念のため田代に聞いた話を話しておいた。すると当然のように――。


「そんなこと言ってないのに!」


 だよなあ。

 ついでに渚のファンクラブのことも話した。


「ええっ!? ファンクラブって何!?」


「まあそう来るよね。僕もよく分からない」


 奥村さんも心配そうに渚を見ていた。



 ◇◇◇◇◇



 翌日、渚と連休の予定の話をしながら登校していた。春休みのことがあったので、できるだけお金のかからないお出かけを考えていたけど、渚のお母さんの耳に入った結果、助力してもらえることになったのだ。僕らにはありがたかったわけだけど、帰って母に話したところ、どうも既に話が通ってるような雰囲気だったんだよな……。


 まあ、そんな浮かれた気分で昇降口までやってくると、下駄箱の中、上履きの上に何か入っている。取り出してみると可愛らしい封筒。


「う~ん。渚、これはどうしたらいいと思う?」


「えっ、それラブレター?」


「開けてみた方がいい?」


「うん」


 僕たちは昇降口から少し離れ、階段傍で封筒を開ける。


 お昼休み、体育館裏まで来てください――女の子っぽい文字でそう書かれていた。


「捨てた方がいい?」


「ダメだよ! 私なら捨てちゃうけど、太一くんの場合は相手が女の子なんだから。ちゃんと行ってあげて」


「そういうもの?」


「太一くんの評判が下がるのは嫌だもん。でも、抱きつかれたりはしないでね」


「あの部長さんで懲りてるよ。渚も来る?」


「ううん。私は行かない。太一くんを信用してるから」


「わかった」



 ◇◇◇◇◇



 昼の休み時間、体育館裏へ向かう。更衣室の奥の体育教員室の奥がいちばん人目に付かない場所ではある。三村の事件があってからというもの、あまりこの辺は好きじゃなかったが、体育館の反対側はテニスコートで開けてるし待ち合わせならこっちだろう。


 教員室の奥の陰に隠れるように、屋根付きの用具置き場に女の子が居た。


「あれ? 鹿住かすみさん?」


 文芸部の新入部員のあの大人しい女の子が居た。


「……あのっ、わたし………………」


 か細い、消えてしまうような声で彼女は囁いた。


「えっと、ごめん。ちゃんと聞くから、落ち着いてもう少し大きな声で喋ってもらえる?」


 鹿住さんは深呼吸をし、一度ぎゅっと口を結ぶと――。


「……あの、わたし……先輩のことが好きです……付き合ってください」


 振り絞るような声で彼女はそう言った。


「そっか、ありがとう。でもごめんね。僕には恋人が居るから君の想いは受け取れないんだ」


 俯きがちに、僕の言葉ひとつひとつにコクコクと頷く彼女。

 最後まで聞き終えると少し落ち着きが無くなる。


 えいっ――っと小さな掛け声とともに僕に抱きついてこようとする彼女。

 ただ、何というか演劇部の元部長さんだとかで慣れたのもあって、緩慢な彼女の動きは躱すことができた。たたらを踏む鹿住さん。


「何やってんの、トロいなあ鹿住は」

「撮れなかったじゃない」


 更衣室の方からちょっと派手めな女子が二人出てきた。一人はスマホを構えている。


「瀬川先輩、渚先輩と別れてその子に乗り換えてくんないかなァ?」

「そうそう、鹿住は男誘惑すんの得意だからエッチもさせてくれるよ」


「ハァ!? 何言ってんだお前ら。この子イジメてんのか」


 僕が何歩か詰め寄るも二人はさして怯えた様子はない。


「そんなわけないじゃん」

「渚先輩に似合わないから代わりの子あげるって言ってんのに」


「ふざけんなよ!」


 さらに詰め寄ると、さすがに向こうも後退る。


「女子に手を上げていいと思ってんの? 撮ってるからね」

「鹿住、余計なこと喋んなよ!」


 そう言うと二人は逃げ出した。

 さすがに後輩の女子相手にブチ切れて追いかけまわすわけにもいかなかったし、ああいう手合いをどう対処すればいいかなんて僕にはわからなかったものだから、追おうと二三歩踏み出したことろで途方に暮れる。


 はぁ――と溜息をつく。が――。


 ドン――と後ろから衝撃があり、今度は僕がたたらを踏む。


 背中に抱きついてきたその子は――うわぁぁん――と声を出して泣き始めた。


「まいったな……」


 どうにかしようにも扱いが分からなくて手詰まりだった僕は、背中から抱きつかれたままで渚に助けを求めてメッセージを送信したのだった。







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 今度の刺客は年下です!


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