第48話 姦しさ再び
「うう~ん、マジかあ……」
最初は眉を顰めていた
「おいしいでしょっ?」
「ああ、うん。おいしい」
僕は渚が持ち帰った春キャベツの入ったアーリオ・オーリオとにらめっこしていた。みじん切りに近い状態に刻まれた春キャベツは硬く巻いてはいなかったけれど、その分柔らかくて香りもニンニクやオリーブオイルと意外と合っていた。スーパーで売ってるキャベツが時々発する独特の臭いも無い。
「これならペペロンチーノでもよかったかも。甘いって言うから」
「そうだね」
まあ、何を難しい顔をしているかと言うと、僕はキャベツの入ったパスタがあまり好きではなかったからだ。どうしても焼きそばを思い出してしまうから。ただ、目の前のそれは全くそんなことが無く、ちゃんとしたパスタだった。
「――足りないから自分でも作ってみる。唐辛子入れよっか」
「そんなにおいしかったんだ? 鶴田さんが来月末くらいにはニンニクも採れるよって」
渚はふふと笑いながら楽しそうにそう言った。
お裾分けが貰えるのは、彼女は園芸部の救世主だからだそうだ。
◇◇◇◇◇
さて、我らが文芸部にも広い教室が与えられ、今までの部屋は文芸部の資料室として残されることになった。空き教室は多いのでここが教室として使われることはほとんど無いけれど、占有してしまう訳にもいかないと言うことらしい。尤も、普通の教室に本棚は置きづらいと言うのもあったし、地震対策で壁に固定してある本棚はそう動かせるものでもなかった。
そして新入部員の6人。相馬は既に全員と会っていたそうだけど、僕と渚は雫ちゃん以外とはまだ顔を合わせていない。なんでかって? それはだいたい渚が悪い。見学の生徒が訪れたり、部室が狭いので全員と顔を合わせる機会が無かったりしたのもあるけれど、鈴木の騒動の余波でしばらく渚が離してくれなかったのが大きい。
後輩の新入部員は女子が五人、男子が一人と、相変わらずバランスは悪かった。まあ、何のバランスを取ろうと言うわけでもないのだが。
「本物すご~い」
「めっちゃ美人!」
「でっか!」
文芸部に集まってくる女子は小岩さんや坂浪さんのような物静かな女子ばかりだと思っていた。実際、ここでいちばんコミュ力の高そうな成見さんでさえ、クラスでは比較的地味だと言う。ただ、雫ちゃんも割とそうだが、新しく入った女子のうち、この三人は先輩相手でも物怖じしない。
「鈴代先輩、告白百人斬りしたって本当ですか!」
「女子の先輩から告白されたこともあるんですよね!」
「横から見てもでっか!」
いや、渚の胸をまじまじと見ないで欲しいんだけど……。
三人は僕と渚が部室にやってくるなり――鈴代先輩だ!――と駆け寄ったのだ。
「え、ええっ、どこでそんな話?」
「一年の女子で噂です!」
「えっと、部活してる子とかかな。服飾とかー、あと演劇とかしてる子!」
「先輩、こんな体に合うアンダーとカップのブラどこで売ってるんですか!?」
宮地さんとか皆川さんに聞けばわかるだろうか……。変な噂は止めておいて欲しい。
「ええー……」
「そんな噂、出鱈目だから。信用したらダメだよ」
「あなた何者ですか」
「鈴代先輩に馴れ馴れしいです」
「ストーカーだ!」
渚に助け舟を出したら酷い言われようだった……。
「たっ、瀬川くんは私の恋人です!」
「ええっ」
「うっそ」
「相馬先輩の方が似合ってますよ絶対」
相馬の前にノノちゃんが立ちはだかる。
レッサーパンダかな。
「嘘ではないです! 太一くんを馬鹿にすると怒ります!」
「はいぃ!」
「了です!」
「りゃした!」
「ほら、みんな席について。紹介していくから」
樋口先輩の一声で皆席に着く。
僕も樋口先輩の指示にはきっちり従っていこうと思っている。何しろ独りで部を支えてきてくれてるんだから。一年生にもちゃんと伝わるようにしないと。
相馬が取り仕切って全員の自己紹介をしていく。
相馬はその中でちゃんとノノちゃんが彼女だということを話していた。ノノちゃん指導の賜物だな。僕たちはと言うと、渚が僕のことを彼氏だと改めて話していた。わざわざそんなことを話すものだから成見さんに常に一緒だとか揶揄われてはいたけれど。
雫ちゃんは意外にも――いや、それは失礼か――進学コースだった。他はみんな一般コース。ただ、あの三人の女子は同じクラスかと言うとそうでもない。それぞれバラバラだったけれど、渚の話で意気投合して
雫ちゃんの友達は覗きに来たものの、入部には至らなかった。
雫ちゃんがまだ誘ってると言ってはいたので望みが断たれたわけではないが。
そして渚のできるだけ近くに座った一年の三人はニッコニコだった。
「鈴代先輩っ、渚先輩って呼んでいいですか!?」
「えっ、う~ん、それはちょっと……」
相手が女子でもグイグイ来られるものだから、渚も引いている。
「えっ、いいじゃないですかー」
「素敵なお名前ですぅ」
あとの二人も追い立てるようにそう言った。
結局、渚は変なところで押しに弱いのか、渚先輩と呼ばれるように。
他の新入生は小岩さんや坂浪さん、それから西野と好きな小説談義をしていたけれど、渚はこの三人に離してもらえないでいた。渚個人の事や短編の話なんかを聞いてきていたが、彼女はあまりプライベートなことを話したがらなかった。
◇◇◇◇◇
「どうしたの? 初対面は下級生でも苦手だった?」
部活が終わって学校からの帰り道、渚に部室での話を聞いてみた。
「う~ん、後輩に話しかけられるのって小学校低学年以来かも……」
渚が珍しく苦笑する。
「部活とかしてないと後輩なんて話しかけてこないもんね。どう扱っていいかわからないってのはわかるかも」
「そうなんだよね……」
僕も渚も、一年の夏までは同級生でさえ話しかけられることはそう多くなかった。後輩なんてなおさらだ。
「そのうち慣れるかな」
僕はいつものように渚の家に向かった。日が伸びても、やっぱり少し遅くまで居ると暗い夜道を渚ひとりで帰らせるのは心配だった。渚のお母さんの方がうちの両親より帰宅が早く、うちの両親と違って夕食はほぼ家でとるため渚の家で二人で夕食を作る方が都合がよかった。
まあ、うちの両親も時々二人で外食しているみたいだから、二人にとっても都合が良さそうだったけど……。
で、最近、毎日のようにというか毎日求められて渚との愛情を確かめ合っていたわけだけど、普通の高校生ってこんなに頻繁にしないよね? 笹島とか笑えない頻度になってなくない?――って思ったり。そして夕食で渚のお母さんと顔を合わせるのが気まずくないかと言えば正直滅茶苦茶気まずい。
渚なんてまるで平気な顔をしているから女の子って怖いなって思う。シャワー浴びるのに髪だけ縛ってさっと汗を流してるけど、ドライヤーで乾かすわけでもないから、お母さんが帰って来てからもまだうなじの髪が湿ってたりすることもあるし。
お母さんはお母さんで夕飯のお礼を言ってくれるけど、気にした様子は見せない。だが、当然バレているし今日もしたんだなって思われてそう。渚によく似ている上に汐莉さんは言葉にできない鋭さがあるから何もかも見透かされてるように思える。
「どうしたの? まだおばさんの前だと緊張する?」
「いえ、そう言うわけではないんですけど」
「また太一くんお母さんのこと見てたでしょ」
「だから違うって……」
渚は母親に対抗意識を持ちすぎる。何故か僕がお母さんに惹かれてると思ってる。
まあそりゃあちょっとドキッとすることはあるんだけど、仕方ないだろ。渚によく似た美人のお母さんなんだから……。
「うちのお婿さんみたいなものなんだから我が家と思って寛いでね。お母さんにもそう言ってあるから」
ふふと笑うお母さん。
別に渚以外の誰かを好きになるつもりはないけれど、両家して外堀を埋められるのはあまり気が休まる物でもなかった。
◇◇◇◇◇
夕食後、渚に別れを告げ、駅へと向かう。
マンションを出ると、ちょうど向かいのカフェチェーンからブレザー姿の女の子が何人か出てくる。
辺りは暗くなっていて店内の灯りで見る限りではうちの高校の制服にも見えたけど、こんな遅くまで遊んでるのはちょっと心配だなって思った。笹島とかも夜遊びするって言ってたけどあいつも大丈夫なんだろうか。
『夜遊びしてないで早く帰れよ』
何となく心配になって笹島にメッセージを送る。
『えっ、何? 太一もしかして誘ってんの? 太一のお家に帰ればいい!?』
『違う。よく夜遊びするって聞いたから心配になっただけだ。親戚として』
『太一、あたしのこと想ってくれてるんだ。幸せ』
『想ってねえ!』
『渚に自慢しちゃお』
『やめろ!』
すぐに――太一くん!?――とメッセージが飛んできたので、慌てて渚に弁明しておいた。まあ、いちから説明して納得してくれたけど、その頃には電車は駅に着いていた。笹島に関わるとロクなことにならないな……。
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文芸部にて 9にしようか迷ったんですけど、同じようなタイトルだらけになるのでやめました。ちょっと脳味噌寝てるので設定忘れ多いかも。
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