第51話 僕の彼女が6人斬り
結局、昨日は新田さんからも連絡はなく、芦野についての情報は得られなかった。
他に新崎さんや宮地さんのところに渚のファンクラブに入っている子が居たのは居たのだけれど、新田さんからの情報以上のものは得られなかった。
「いやあ、あたしらじゃないよ? たぶん」
業間に渚と一緒に皆川さんに話を聞いてみた。
「――そりゃあ噂の方は演劇部かもしんないけど、
皆川の言う北川先輩ってのはあの演劇部の元部長だ。
ただ、やり口がそのままだったので、もしやと思って声をかけた訳だ。
「あの塩路って先輩はまだ居るんだよね」
「塩路先輩、あれでめっちゃ怒られてたし、カメラ借りたマルチメディア部の女子とかにもドン引きされて、今でも噂されてるくらいだからさすがにねえ。北川先輩も居ないのにやんないと思うよ」
「一年でも?」
「うち、新入部員には厳しいよ? 基礎体力付けるのに必死だし連休の合宿も運動部並みだから、そんなファンクラブで盗撮したりして遊んでる余裕ないと思うけどな」
確かに一年の時は皆川や他の演劇部所属のクラスメイトは忙しそうだった。
◇◇◇◇◇
「う~ん、戻りづらい……」
僕の席の傍で渚が戸惑っていた。彼女の席を見ると滝川さんが座っている。
皆川さんと話してる間に座ったんだろう。
「最近仲いいみたいだね。滝川さんと鈴木」
渚の席の周りで鈴木と滝川さん、それから曽我さんがきゃいきゃいと黄色い声で楽しそうに話し込んでいる。鈴木も声変わりしていないみたいな声だからか女子の会話のようだ。
「チャイム鳴るまでここに居る?」
僕は席を半分ずらして半ケツで座る。
「うんっ」
渚が冗談めかしたように勢いよく椅子に座ってくる。
渚のお尻はパッと見小さいけれど、さすがにそこは女の子らしく、座るとそれなりに幅があるのがかわいい。椅子に貼りついたみたいにペタっとなるのも好き。おまけに最近、走ってるせいか腰に筋肉が付いてボリュームが出てきた気もする。
「ぶっぶー! 禁止! 禁止です! 教室でイチャつかないでくださいそこのカップル!」
少し前の席の長瀬さんが文句を言ってくる。
斜め前の席の相馬も苦笑い。
◇◇◇◇◇
昼の休み時間、弁当を食べていると渚のスマホが鳴った。
「太一くん、これ見て」
『先輩すみません。芦野に睨まれてコミュから蹴られました』
新田さんからのメッセージだった。
『芦野さんってどういう子なの? そもそもどうして管理権渡しちゃったの?』
『芦野が更衣室の盗撮画像送ってきたんです』
渚と顔を見合わせる。
『――あと、図書館に入るところの画像とかも。私がどこに居るかとかも言い当ててきたり。誰の仕業かもわかんないからちょっと怖くて』
『そんなに盗撮されてるの?』
『そんなにって二枚だけですけど。あでも十川も更衣室の写真が送られてたな』
『鹿住さんも盗撮画像送られてたんだよ?』
『鹿住もそうだけど、十川とも体育の授業が一緒だから一緒に撮られたのかも……』
『クラスの誰かとか?』
『クラスの女子を疑ったこともあるんですけど、体育の授業中にメッセ送られたりもするので』
鹿住さんと同じことを言っている。
ただ、盗撮したのが彼女らのクラスの女子という可能性は非常に高い。
そのことを話すと渚は――。
『大橋さんと湯浅さんだっけ。会いに行くから伝えておいてくれる?』
『今からですか?』
『今から』
『わかりました』
そう、メッセージを送り終えた渚は顔色を変える。
「どうしよう!?」――僕を見て慌てふためく渚。
「いや、自分で言ったんでしょ。これから行くって」
困り顔の彼女だけど、僕も後輩の女子とか苦手。
「仕方が無いわね。私が一緒に行ってあげる」
傍で見ていた奥村さんが溜息をついてそう言った。
奥村さんってことでちょっと心配ではあったが。
◇◇◇◇◇
さて、いざ一年生の西棟に行くと、我らが奥村さんは堂々としたものだった。
僕と渚は腰巾着A・Bとなっていた。
奥村さんは1-Eの教室の前側の入り口に立つと――大橋さんと湯浅さんはいらっしゃる?――と。普段、親しい人たちに見せるあの戸惑いがちな彼女の姿は微塵も感じさせない。
奥村先輩だ!――と囁かれる彼女は、二年ではもちろん、一年生の間でも当然のように有名だった。応対した女子生徒なんか憧れのような眼差しを向けていた。目的の二人が顔を出すと、――ちょっとお時間頂けるかしら――と近くの渡り廊下まで連れていく。
「私の大事な渚と瀬川くんに別れろなんて言ったのはあなた方?」
くるっと振り向き、腕を組む奥村さんに大橋と湯浅はさっと顔を青くする。
奥村さんは背が高い。女子相手なら大抵見下ろすような視線になる。
「そそそそれは、あの、ココココミュで……」
「私、脅されたんです。告白するところを撮れって」
撮影を指示されたという湯浅をギロリと睨む奥村さん。
「ひっ……本当です、こっこれ……」
湯浅はカタカタと震える手でスマホを取り出し、メッセージのやり取りを見せる。
『鹿住が瀬川に告白して抱き着くところを撮れ。渚先輩と別れさせろ』
『Little Sisters are watching you!』
それには更衣室の画像らしきものが添付されていた。
――――『何言ってんの? 盗撮してんのチクるわよ』
『渚先輩にバレたら画像をばらまくぞ』
『Little Sisters are watching you!』
こんどは鹿住さんと同様に、トイレに入ってくるところの画像が添付されていた。
「こんなの怖いし、気持ち悪いから……」
「その割にはノリノリだったよな、ふたりとも」
僕の問いかけに大橋が答える。
「へぅ…………そ、その、コミュで瀬川先輩は渚先輩に似合わないぃなんて言い出したやつがいちゃいまして……なんというか、ノリで皆、そうそうって雰囲気になっちゃって……マジすみません」
「十川とか新田とか、あと宮島もか?」
「は、はい、そうですね……」
「あいつら……」
「芦野さんも?」――と渚。
「ええ、芦野は熱狂的な渚先輩のファンですね。言うこと過激だけどあいつに同調するやつ多くって。瀬川先輩が渚先輩の家から出てこないってコミュに流れたときにはめっちゃキレてて」
「えっ、ちょっと待って、なにそれっ」
慌てて問いただす渚。そして――。
「十川たちが渚先輩のあとをつけてってコミュに実況してたんです」
「そうそう、私も見ました。皆一緒になって怒ってました」
「いや、他人事みたいに言ってるけど君らもだよねそれ」
「ちょっと! どっちか新田さん呼んできてくれない!?」
怒りを隠さない渚に――私が私が――と、先を争うように二人が新田を呼びに行った。
てか、あいつらこそストーカーじゃないか。新田も都合の悪いことは喋らなかったってわけだ。
現れた新田は土下座する勢いで謝ってきた。さすがに絵面に問題があるのでそこまではさせなかったけれど、渚はご立腹だったし、奥村さんは言うまでも無かった。
その後、改めて三人に問いただしてみたけれど芦野が何者かは彼女らも知らなかった。三人とも同様の手口で脅されていた。更衣室で撮られた画像、それからまた別のどこかで待ち伏せされて撮られた画像、居場所の特定など。
芦野というやつは渚と僕を別れさせるためにいろいろと工作をしているが、相手が面識のない一年生ばかりなため、掴みようが無かった。おまけに神出鬼没。クラスの見当もつかないくせに、どこからでも彼女たちを監視しているように見える。
その後、二人にはイジメをやめるように渚が脅していた。ただ正直、それでイジメが収まるようなら僕だってこれまで苦労はしていない。人間関係を上手く築けるかは相性もあるし、鹿住さん本人の気持ちの問題も大きい。
◇◇◇◇◇
昼休みを終えて戻ってくると、鈴木が居なかった。代わりに滝川さんが先生に――鈴木君は保健室に行ってます――と伝えていた。
◇◇◇◇◇
文芸部では十川と宮島が渚と僕に謝ってきた。渚は滅茶苦茶怒っていて、三人に渚先輩呼ばわりを禁止させた。あの弱気な彼女はどこへやら。しばらくは三人とは口も利かなかった。
その日はストーカーが他にもいないか警戒して渚を家まで送り届け、そのまま帰ってきた。渚は文句を言っていたが、誰につけられてるかわからないのに部屋に入るところを見られたくない。
そういえばあの日、向かいのカフェチェーンからうちの高校の女子が出て来てたな。あれ新田たちだったのか。マンションの通路からカフェを見下ろしながら思った。
◇◇◇◇◇
翌日の昼休み。結局あれから芦野の情報は途絶えたままだった。十川や宮島は昨日謝ってきた時点でコミュを抜けていたらしく、余計に情報が入ってこない。
さて、弁当を食べ終わってのんびりしていると奴が現れた。
現状、一年で怪しいと言うとこいつだったけれど、コミュニティが女子の集まりだったから、こいつでは潜り込むのは難しいのではないかとも思っていた。
「鈴代先輩、お願いします。お話があります」
教室の入り口で声をかけてくる奴。
「あのさ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……えっと、名前何だっけ」
「太一くん、私に話しさせてもらえる?」
渚が立ち上がって奴に面と向かう。
「岸本君、私、あのときあなたを素敵だって言ったけれど、今はもうぜんぜん素敵なんて思ってないから」
「えっ……」
「だってそうでしょ。瀬川くんがいなかったら付き合ってたなんて嘘を言いふらして。あなたに自信を持ってくれるようにああ言ったけど、嘘ついて増長するなんて思わなかった」
「そんな……」
「わかった?」
「は、はい……」
渚は振り返ると、噂を振り払うかのようにクラスの皆に聞こえるように言う。
「そういうわけだから! 私、瀬川くん以外の人を恋人にだなんて考えたことなんて無いから!」
新崎さんとか奥村さんとか、いつもの面々は当然わかってるというような顔をしていた。
ただ、その他のみんなも別にどうという顔をしていない。
「鈴木くんから聞いてたから知ってるけど?」
「鈴木が言ってたよな」
「鈴代さんが同情して声をかけたって話でしょ? 聞いてたよ」
今更何を言っているんだというような声ばかり。
鈴木、いつの間にか僕の知り合い以外のほぼ全員に情報を回してやがった。
当の鈴木はどこへやら、姿が見えない。
「あっ、ちょっと待て。芦野って知ってるか?」
帰りかけた岸本に声をかける。
「えっ? いえ、知りません……けど」
「ほんとに?」
しばらく問いただしてみるも、そもそも渚のファンクラブ自体よく知らないという。
「じゃあ渚と別れさせようとしてたのはお前じゃないのか?」
「えっ、そりゃ……別れてくれたら嬉しいですけど……」
「はぁ!? 一年の女子に告白させようとしたりしたんじゃないのか」
「……そもそも女子に話しかけるの……苦手で……」
「マジかよ……」
「す、すみません……」
「いや、そういう意味じゃないんだが。――どうしよ?」
事情を知ってる面々と顔を見合わせるが皆困った様子だった。
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