幕間 後編 ~遊園地にて~
「で? なんだこれ」
疑問を感じたのは僕だけではない。渚だってそうだ。文芸部の皆だって。
というのも、遊園地前には30人近い高校生――おそらく高校生――が集まっていたからだ。
「――やーだー。あたしこれでもカレシに一途だしぃ」
――なんて言って他の高校生のグループと喋っている笹島。どこが一途なんだ。
そして姫野も三村と一緒にまた別の高校生のグループと話をしている。
「姫野も三村も知り合い?」
「ううん。話しかけられたから話してただけ」
「七虹香の知り合いだろ」
それにしては二人とも話が弾んでたな。初めてでそんなに話せるとか陽キャ怖い。
「笹島、これ一体どういうこと?」
「太一! あたしの知り合い呼んだの。賑やかしに!」
「賑やかしとかひどくない? で、これ七虹香の今の彼ピ?」
「そうそう、あたしのだから手を――」
「勝手に彼氏にすんな!」
「いいじゃん、シェアシェア」
「お前、彼氏連れてくって言ったろ」
「だぁて、仲直りックスも勝手に自分だけイって終わったから捨てたし!」
「こんなとこでそんな話すんな!」
「なぁんだ、ただのピッピか。――あーしサヤカ。よろしくね」
「ぇえ、なんだよピッピて……」
「さぁや、太一に手を出しちゃダメだかんね!」
パンパン――と笹島が手を叩く。
「はーい、じゃあみんな集まったみたいだし、ワンデイパスのお金集めてくね。団体割引で3,300円ねー」
笹島にはワンデイパスを推されていた。ちまちまチケット買うより遊びに集中できていいから、すぐ元なんて取れるからと。小岩さんや坂浪さんは引いてたけどね。ただ、団体割引なんて今知ったし、聞いていたより2割くらい安くなってる。
「凄いですね、笹島さん、あれ全員の顔覚えてるんですかね」
見ると、笹島はちゃんと全員からお金を集めていた。名前を呼びかけながら。
本人に聞いてみたら、やっぱり全員覚えてるんだと。それもう特技だろ。みんな驚いてた。そして30人近く集めたのはフリーパスの団体割引のためだったらしい。
「はいはい、じゃあ合同コンパの団体のみなさーん、団体出入り口からねー。あと、うちら文芸部の集まりは別口だからちょっかいかけちゃダメよ」
「はーい」
「りょー」
「ナジカあんた文芸部とかウケるー」
わいわい言いながら他の二つのグループが入場していった。
「はーい、みんなも行こっか!」
◇◇◇◇◇
笹島は僕らを先導してどんどん進んでいった。
そして着いたのは観覧車前。
笹島が先導してみんな並ぶ。
「いや、いきなり観覧車かよ」
観覧車というとだいたい最後の締めで乗ってカップルの愛情を確かめたり深め合う重要スポットだと思っていた僕は、笹島に半ば文句のような言葉を投げる。
「甘い! 乗りたい物はさっさと乗る――は基本! 締めで乗ろうとしたらみんな同じ考えで人がいっぱいとか普通! 最後に乗りたかったらもう1回乗ればいい!」
うぐ――その考え方はちょっとわかってしまう。
「――ここの遊園地って早い時間は観覧車が空いてるし、アプリでも確認済み。それに初めてなんだから観覧車から全景を見て乗りたい物を話すのも良きよ」
「な、なるほど」
「あと、付き合う前のカップルは居ないんだから、告白のタイミングとか計んなくていいし、最初からイチャイチャしてればいいの。あと、エッチは早めに済ませないとすぐに降りてくるから――」
ぐえ――笹島の脳天に僕のチョップが炸裂する。
「ま、まあ観覧車に乗るのは七虹香ちゃんから説明受けてたから……」
渚がフォローに入る。女子部員はみんな話を聞いてたらしい。
「じゃあカップルはカップルで乗ってね。あ、最初から並んで座んなよ」
待つことも無くすぐに順番が回ってくる。
相馬とノノちゃんが最初に乗り、その後に成見さんと祐希くんとかいう彼氏が並ぶ。
祐希くんはちょこっと挨拶しただけで成見さん以外とは会話していない。
「いや、お前は一緒に乗るなよ」
「ええっ、ひどい」
笹島が僕の腕を取ってくるので振り払った。
「七虹香ちゃん、ごめんね」
「ほら、七虹香ちゃんはこっち」
姫野に腕を取られて三村と三人のグループに。
「オ、オレは一人ッスか……」
「えっ……」
西野の言葉に姫野がちょっと引いてる。
「しょうがないですね。西野君はこっち乗りなさい」
――と、小岩さんが助け舟を出し、坂浪さんと同じグループに。よかったな西野。
◇◇◇◇◇
思ったより速く回る観覧車だと思っていたけれど、それも地面が近いうちだけ。徐々にスピードが落ちていくような錯覚と共に遊園地を見渡せるようになる。
「全部は見えないけど確かに乗り物はよく見えるなあ」
「七虹香ちゃん、やっぱり遊び慣れてるから私たちにはありがたいね」
「あれでもうちょっと彼氏を大事にしてくれたらいいのに」
「ふふっ、そうだね」
ゴンドラに乗せられて吊り上げられていくわけだけど、まあ僕としては外の景色よりも、ここから脱出しないといけなくなったらどうやって降りようなんて想像して支柱ばかり眺めていたら、渚に何を考えているのかと問い詰められ、正直に白状したら笑われたり、まあそれなりに楽しんでいたわけだ。
「ん…………」
――それは不意打ちだった。観覧車がいちばん高くなる12時の位置で。
「……隣から見えるかもしれないよ?」
「いいよ。七虹香ちゃんが勧めてくれたんだもん。いちばんドキドキしてるときにキスすると恋に落ちるよって」
確かにゴンドラが天辺に居ると空の上に二人だけになったようでドキドキする。
「もう十分落ちてるけどね」
「ジェットコースターじゃキスできないから」
「なるほどね」
ゆっくりと降りながら、次に乗るジェットコースターを確認したり、フリーフォールの高さにビビったりしてた。
観覧車を降りると成見さんたちが待っていた。
「あれっ? 相馬は?」
「相馬くん、向こうに居るんだけど……」
成見さんの見た方を渚と二人で覗いてみると、相馬がベンチで横になっていた。そしてノノちゃんが膝枕をしている、いつかどこかで見たような光景、いや、見られたような光景。
「相馬くん、どうしたのかな?」
「放っておくわけにもいかないから様子を見に行こう。たぶん、いちゃついてる訳じゃないと思う」
「私が見てこようか? 相馬くんの体調が悪いようなら皆で行くと気を使うし」
「そうだね、お願いできる?」
渚が相馬の様子を伺いに行くと、後ろからキャッキャキャッキャとうるさい集団がやってくる。笹島たちと目が合うと、三人ともニヤついて僕を見てくる。
「なんだよ」
「なんにも?」
「ああ? 詮索されるようなことがあったのか?」
「佳苗ちゃん、本人に悪いよ」
三人も含み笑いを隠しもしない。
「何かあったんですか?」――と小岩さん。
「実はね――」――と笹島が小岩さんと坂浪さんに内緒話を始める。
なるほど――と小岩さんはメモを取り始め、坂浪さんは両手で口を隠し目を丸くして僕を見ている。まあ、話している内容は何となく分かる。仕掛けたのが笹島だしな。
「太一くん」――と渚が声を掛けてくる。
「――相馬くん、ちょっと高い所が苦手だったみたい。遊園地とか久しぶりらしいけど、ゴンドラの足元の不安定なのがちょっとって……」
「まあそんなこともあるね。ノノちゃんに合流場所だけ話しとくね」
そう言って笹島は相馬たちに駆け寄り、ノノちゃんと少し話をすると――相馬は羨ましいわね。ごゆっくり~――なんて声を掛けて戻ってきた。まあ、あれはあれで笹島の優しさなんだろう。
ただ何というか、成見さんの彼氏が笑みを見せたのだけはちょっとだけ気に食わなかった。
◇◇◇◇◇
ジェットコースターはさすがに待ち時間が必要だった。ただ、それでもこんなアトラクションに並ぶのは久しぶりだったし、童心に返ったようで楽しかった。
「あー居た居た」
「おっ、ジェットコースター乗るの? ナジカちゃん」
やってきた男子二人組はさっき見かけた顔。
「あれ、ショーセーにハルト? そっちのコンパは?」
「えっ、だってこっちにめっちゃイイ子いるってショーセーが」
「この子この子」
――って指さしてきたのは渚。
「あー、人の彼女、指差さないでもらえますか?」
「えっ、君カレシ? なんかさ、君じゃ釣りあってなくない?」
は?――って思ったのも束の間――。
「人の彼氏に釣り合わないとは一体どういう了見ですか!?」
タン――と一歩前に出る渚。凛々しい横顔がお母さんそっくりだななんて思う。
男子二人は渚の言動にバツが悪くなった様子で、笹島に促されて立ち去った。
「お前ら二人見てると飽きないわ」
なんて三村は言うが、あの二人がやってきたときにさりげなく三村が渚の前に立ち位置を変えたのを僕は知っている。笹島を相手にしていると三村の言動なんてかわいいもんだった。最近は余裕さえあるので、三村が渚や姫野をこっそり気遣ってるのもわかるようになった。
「――なんだよ、ニヤニヤすんな瀬川。キモち悪りぃ」
「三村は意外といいやつなんだなって」
「い、意外は余計だっての!」
「はいはい、カップルは前に乗んなねー。ドキドキできるから」
「観察するにも助かりますしね」
「美澄はバラさないの!」
美澄は
さて、いちばん前の席は成見さんたちに譲って、僕と渚は2番目の席に。安全バーが下ろされると、なるほどこれでは不意打ちでキスはできないななんて思った。
ゴトゴトと長い坂道を登っていくと渚が手を繋いでくる。
「太一くん、何考えてるか当ててあげよっか?」
「えっ、突然なに?」
「ジェットコースターが止まったらどうやって脱出しようか――でしょ?」
僕はプッっと吹き出した。
「そうだね。レールの上を歩くのはさすがに怖いかも」
「ちゃんと待って職員さんの指示に従うのがいいと思うな」
「そうだね――」
渚の言う通りだ――なんて言おうとしたら、不意に落下の浮遊感に襲われる。
コースターが走り出すと、僕も渚もお互いにギュッと力いっぱい手を握って、渚なんかは大声で叫んでいた。怖がってるのかと思ったら、いつかの海浜公園のような笑顔だったので安心する。
勢いのままに上り下り、1回転2回転としていくうちに、何故か物理の問題を解いているような気分になり、いや遊びに来たんだろと持ち直すも、今度は空戦ゲームの気分になり、やっぱり物理の問題じゃないかってどうでもいいことばかり考えていた。
乗車口へと戻ってくると、下のフェンス際に相馬とノノちゃんの姿が見えた。元気そうに手を振っているのでひと安心。
コースターを降りても渚は手をギュッと握ったまま――だけでなく、その手を彼女の胸にやって両手で抑える。
「はぁあ、ドキドキしたぁ」
渚は自身を落ち着かせるように僕の手を胸に押し付けていたが、人の目につく所で彼女の胸に手をやっていることの方が僕にはドキドキして落ち着けなかった。渚は体が細いのに胸が大きいものだから、以前のようにブレザーを着て猫背で居れば目立たなくとも、今日のように春先のちょっと暖かい日向けの薄い服なんて着たらそれこそ目立って仕方がない。そんな場所に僕の手はあった。
「次! フリーフォール行こ!」
「七虹香ちゃん、ちょっと落ち着かせて……」
「じゃ、飲み物でも飲もうか」
「俺たちはさっき飲んだから、もうちょっと平和なアトラクションに行ってくるよ」
「あはは、了解~」
相馬はノノちゃんと別行動。僕たちはフードコートへ向かった。
◇◇◇◇◇
「う~ん、ちょっと微妙かなあ」
「そうだね。こっちも味みてみる?」
「こっちの方がまだおいしいかもしれない」
「太一くんのは生クリームをもうちょっとさっぱりさせるとおいしくなるかも」
「クレープはフライパンの裏側で作ると薄く作りやすいらしいから今度やってみようか」
「フライパンの裏側擦り洗いしとかないといけないなあ」
「あんたたち食べ物の話になると二人の世界に入っちゃうのね」
えっ――っと笹島の声に振り返ると、みんなこっちを見ていた。二人を除いて。
皆はソフトドリンクを飲んでいたけど僕と渚はクレープに興味が湧いて二人で食べてた。
「……わたしもこっちの世界に浸っていたいです」
坂浪さんがそう言うけれど、他の皆も気まずそうだった。
何がそんなに気まずいかと言うと、奥の二人だった。
「(何よ、相馬相馬って! 私の事、もっと見てくれたっていいじゃない)」
「(お前が相馬の事、追いかけまわしてたのが悪いんだろ……)」
なんだか囁くような声で成見さんと祐希くんが言い争っていた。
「(それもう去年の話でしょ! かわいい恰好がんばったのに服くらい褒めてくれたっていいじゃない……)」
「(誰のためなんだかね……)」
あーあー、それはさすがにダメだろ。
ちなみに僕は渚の事を誉めまくっている。ただ、あまり褒め過ぎないようにしないといけない。以前、渚を迎えに行った時に褒め過ぎたせいで彼女がすっかり
「(――観覧車でビビってたろ、あいつ)」
「(だから何? 相馬くんが悪い訳じゃないでしょ)」
「(そうやってすぐ相馬の肩を持つ)」
「(それとこれとは関係ない! 祐希が捻くれてるだけじゃない。また殴るわよ)」
「(あぁあ、暴力女はこれだから)」
「私もう帰る!」
そう言って立ち上がった成見さん。
「みんなごめんね。ちょっと体調が悪いからこれで帰らせてもらうね、じゃあ」
成見さんの言葉に皆、気を使って――お大事にね――なんて言って送り出した。
ひとり残された祐希くんに、みんな気まずそうにしている。
「成見さんが今日のためにかわいい格好してたのは君のためなんだからさ、もうちょっとこう彼女のために盛り上げてあげた方がいいかもよ……」
さすがに誰も声を掛けないので、らしくないが僕が切り出した。ただ――。
「女の子に囲まれてる陽キャのリア充にはわかんないですよ……」
なんて言って祐希くんは立ち上がると、何も言わずに去っていった。
「何だあいつは。感じ悪りぃ」――辛辣な三村。
「いや彼の気持ちもわからなくはないけど、それよりさ、僕って陽キャのリア充なの??」
「逆にお前のどこに陰キャでリアル充実してない要素があるっての」
馬鹿な……。確かにかわいい彼女は居るけどお出かけデートもままならないインドア派だし、思考は完全に陰キャだろ……。
「瀬川クンは間違いなくリア充だと思うけど? 鈴代サンに悪いよ」
「た、確かにそうだな。西野の言う通りだったわ」
「陽キャとかはわかんないけど、太一くんは自信が持てるようになってきたと思う」
「そうか。ありがとう渚」
「んじゃ次行こっか!」
◇◇◇◇◇
フリーフォールへとやってきた僕たちだけど、坂浪さんが――ちょっと私はパスで……――と下で待ってると言う。
「オレも――」
「西野君は平気ですよね。付き合いなさい」
「あっ、ハイ……」
小岩さんが助け舟を出したようだけれど、西野については正直なところ僕も素直に応援できるかというと難しい。西野が僕をそれなりに重きを置いて扱ってくれている感がある分、心苦しい所がある。渚にも相談したことがあるが、少々僕が悪く思われても、女子部員に任せた方がいいと判断した。
「何だか処刑台に吊り上げられてる気分だね」
「僕もそう思った」
「気が合うね」
うふっ――と渚が笑う。
「何言ってんだお前ら……」
隣で僕らと同様、安全バーに磔にされている三村が言う。
「隣の囚人が何か言ってますぜ」――冗談めかして渚に話しかける。
「へっへっへ。今際の際に言の葉選ぶ要のあらむや~」――渚も冗談で応える。
「私! 生まれ変わってもちゃんと渚の友達で居るからねー!」
四人掛けの椅子、渚の向こう側で姫野がよくわからん事を何故か涙声で叫んでる。
「あたし、死に際に太一の顔見られないんだけどー!?」
僕の前に並んでいた笹島は乗る際に振り分けられて別の座席の見えない所に居た。
「いや知らんしー」
「ひどっ!」
「いやぁあ、恐いぃ、渚助けてぇええ」
姫野が助けを求めているがもう遅い。やがて頂上まで登り切った座席は、ふわりとした浮遊感と共に支えを無くした。
「「「ぎゃあぁぁぁぁああああ!」」」
キャーともギャーともつかない声と共に自由落下を始める僕ら。ジェットコースターの比じゃないくらいギュッと握りしめられた渚の手は痛いくらいに恐怖を感じ取れた。いや、実際痛かった。
そしてこれ夢に出たことあるわ。高い所から飛ぶしかないんだけど、夢だから飛んでも平気なのはわかってるんだけど、めっちゃ恐いやつ。何故かわからないんだけど助かるやつ。
地上に近づくにつれスピードを落とした座席は、地に着いた瞬間、深いため息を僕たちに齎した。
「はぁぁぁぁあああ、恐かったぁ」
立ち上がるとふらついて僕に寄りかかってくる渚。
「大丈夫? ベンチ座る?」
「ううん。ちょっとだけ寄りかからせてください……」
渚は僕の首に腕を回してぶら下がるように体を預けてきた。
「あたしもぉ……」
背中側に笹島がぶら下がってくる。
「や、やめろ……笹島はなんか重い……」
バチーン!――言うが早いか背中がはたかれる。
「ひっどい! 太一、重いとか! 渚ばっかり甘やかして!」
「当たり前だろ、彼女だもん」
「もっと親戚甘やかして!」
「仮に親戚だとしても遠い親戚過ぎるわ!」
◇◇◇◇◇
その後しばらく休憩した僕たちは昼食を取ることに。
合流してきた相馬は平和な方のウォーターライドに乗ってきたらしい。平和じゃないほうのウォーターライドもあったけれど、まだちょっと寒そうだったので僕たちはパスした。
「太一たちがフリーフォールに乗ってたの見たけど、見てるこっちが怖かったよ」
「下から見てても脚が震えるくらいでした……」
「あれでもちょっと癖になっちゃうかも。太一くん、後でもう一度乗らない?」
「ぇえ……まあ、いいけどさ」
渚のもう一度乗りたいと言う言葉に、相馬が苦笑していた。
「でも西野君の叫び声には驚きました」――と西野の傍に居たであろう小岩さん。
「野太い叫び声が聞こえたのは西野だったのか」
「恥ずかしいから言わないでくれって……」
「別に恥ずかしくはないですよ。そういうアトラクションですし」
「そうそう。叫んで元を取るくらいじゃないと!」
そう言ったのは山盛りのトレーを運んできた笹島。いや、どんだけ食うんだよ。
トレーの上にはチキンだのポテトだのバーガーだのが二人前くらい載っていた。
一緒に戻ってきた三村と姫野も苦笑いしている。
「七虹香はいっつもこのくらい食うからなあ」
「あ、このポテト食べてもいいからね。渚はそんなにお昼買ってないでしょ?」
僕たちはさっきクレープを食べたので二人でたこ焼きをひと舟買って食べてた。
「私はそんなに入んないけど、ちょっとだけ貰うね」
ペコ――そうして食べていると僕も含め、何人かのスマホが同時に音を立てる。
「あっ、成見さんからです」――スマホを確認した坂浪さん。
「――仲直りしたそうです。さっきは空気悪くしちゃってごめんね、てへぺろ――と……」
「ぇえ……あの状況からどうやって……」
「ああ、ええっと――成見さんが男に絡まれてたところを彼氏が救ったそうです。――幼馴染力……」
うん、意味が分からない。
みんなも困り顔。
「ああ! それショーセーかもしんない。さぁやがさっきメッセージくれてたの」
「笹島も付き合う相手考えろよ……」
「あれはあれでいいトコもあんのよ。まあ女癖は悪いんだけど」
「笹島と同類だな」
「なんでよ! あたし一途じゃん!」
「ぇえ……」
◇◇◇◇◇
その後、僕たちは休憩がてら中世の街並みを模した施設をのんびり眺めて回ったあと、それぞれの希望に分かれて行動した。僕と渚は二度目のフリーフォールに並び、他の皆はお化け屋敷に行った。客がたくさん並んでいたけれど、春休みでどこも一杯なのは変わらなかった。
そしてさすがに二度目のフリーフォールは堪えたのか、渚はちょっと疲れた様子だった。渚が無口になってしまったので皆と合流しようとするも、お化け屋敷がまだ終わってなかったらしく、仕方なくアトラクションの前で待つことに。
「なんかコレ大丈夫かなあ。ノノちゃんとか坂浪さんとか……」
ブレインデッドマンションと書かれたお化け屋敷というかホラーハウスはいろいろ赤かった。
出てきた文芸部の皆は蒼い顔をしていた。
「めっちゃ怖かったー!」
元気いっぱいにそう言うのは笹島。三村と姫野もわいわいと騒いでいる。
「和美はよく平気だったね……」
コクコクと頷くノノちゃん。文芸部の中では唯一ノノちゃんだけは平気そうだった。
なんだか今日は、ノノちゃんが相馬を支えてばかりに見えたけど、それはそれで微笑ましいかも。
「す、すみません、私もうこの辺でリタイアさせてください……」
そう言ってきた坂浪さん。
「私もいいですか。すみません、遊び慣れてないもので」
小岩さんはもうメモも取っていない。すっかり疲れ果てていた。
「僕らはまだ居るけど、もうアトラクションはいいかな。のんびり眺めて回るよ」
相馬もそう言ってアトラクションは脱落する。
「あっ、ごめんね私も……」
えっ――僕や笹島が驚いて渚を見る。
「え、渚? さっきまでノリノリだったじゃん、どうしたん?」
「ちょっと電池切れちゃったかも……」
いつもの渚にしては意外だった。
「まあ仕方ないか。悪いけどあとは笹島たちで楽しんで」
「わかった。んじゃお大事にねみんな」
「渚、ゆっくり休んでね。また遊ぼ」
「瀬川、渚を頼むぞ。ちゃんと送ってってやれよ」
結局、一日遊びきれるほどの体力が無かった僕たち文芸部の皆は、午後のまだ明るい時間に帰宅することとなった。なお、西野は坂浪さんを送ろうとしたところを笹島に捕まって――あんたまだ元気でしょ!――とアトラクションを連れ回されたそうだ。
◇◇◇◇◇
さて、結論から言うと渚の体力は尽きてなどいなかった。
何故なら僕たち二人は今、僕の家のセミダブルのベッドの上に居るからだ。
あらましから言うとこうだ。
吊り橋効果を過剰に受けた渚は僕のことが愛しくてたまらなくなった上、フリーフォールの浮遊感で変なスイッチも入ってしまったようだ。体調を崩してたように見えたのはあくまで演技で、早く僕と家に帰りたくてしょうがなかったらしい。――今日、太一くんのおうち誰もいないよね?――との言葉と共に、僕にその秘密が明かされたのだ。
だが、残念ながら渚の犯行は完全ではなかった。
一回戦を終えた頃に渚のスマホにメッセージが入った。
いつもなら無視する渚も罪悪感からかスマホを手に取る。
途端に渚の顔は真っ赤になり、両手で顔を覆う。
落としたスマホを覗いてみると、笹島からのメッセージ。
『天に登れた?』
――と。
--
ヤマもオチも無い幕間に一万字近く書くバカ作者でした!
ほんとこんなオチですみません。
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