幕間 前編 ~文芸部にて~

 三月の始め、三年の先輩方が卒業していった。


 文芸部の二人の先輩も大学の合否がまだなので後期試験の勉強の真っ最中ではあった。ただ本命の手応えがあったのか、一ヵ月振りに顔を見せた二人は卒業式当日も余裕が見て取れた。部誌も手渡すことができた。そして数日後には無事、同じ大学への合格の連絡があり――お付き合いすることになりました――などと――。


「えっ!? 樋口先輩、あのお二人って付き合ってなかったんですよね!?」


「みたいね」


「合格を待って付き合うことにしたんですか?」


「遠距離は無理って判断したみたい」


「そんな付き合い方もあるんですね」


「社会人になってからの付き合いも考えてるんじゃないかしら、あのお二人なら」


「へぇえ、凄いですね。お二人とも」


 僕と違って堅実で現実的な付き合い方に驚いた。ともすればお互い他の誰かに気が移ってしまうかもしれない。目の前の彼女を失いたくなくてあがく僕にはとても真似のできない付き合い方だった。隣に居る相馬も感心した様子だった。


 ガラッ――と勢いよく戸が開かれる。


 入ってきたのは渚。


「だいたい決まったよ。――遊園地になりましたー!」


 渚は実家から返ってきてからこっち、吹っ切れたように元気になっていた。

 そして文芸部の一年の女子部員の四人が続く。

 坂浪さんとかはちょっと疲れた様子。


「はぁ、この年で遊園地へ行くことになるとは思いませんでした……」

「普通にデートスポットだから!」

「私は資料集めになるのでありがたいです」

「……」


 渚の出かけたがりは文芸部にまで及んでいた。


 最初は恋愛物の小説の資料が欲しいと言う小岩さんに、渚がいろいろ聞かれていたわけだ。ただ、当然のように渚は僕と二人きりで所謂デートスポットらしきものにほとんど行っていない。いまようやく少しずつ、お出かけデートを始めたばかりなのだ。そして時期が悪いこともあり、海浜公園みたいな――楽しかったけれどデートと言うにはどうなの――ってお出かけも多かった。


 そう言うわけで渚から――文芸部のみんなで春休みに遊ばない?――って話になったわけだ。それぞれのデートも兼ねて。


 ただ、遊ぶにも文芸部の皆はそこまでアクティブではない。相馬や成見さんは同性同士で遊ぶならともかく、男女で遊ぶとなるとまだ初心者。せいぜいクラスの幹事に任せてついていく程度だった。


「お邪魔しまぁす!」

「お邪魔します」

「こんにちは。お邪魔しますね」


 そう言って入ってきたのは笹島。そして三村と姫野だった。

 渚は笹島に相談したのだ。すると話は三村へ、そして三村から姫野へと。

 彼女たちも一緒に参加することになった。


 笹島はさすが遊び慣れているので、すぐに面子に合わせて色々と提案してくれたらしい。結局、無難なところで遊園地に決まったようだ。無難と言えば無難だが、何を隠そう、僕も渚も大きくなってから遊園地になど行ったことがない。


 笹島は西野を気にすることもなく、西野の隣に座った。姫野は西野の存在に一瞬ぎょっとするが、西野の向かいの坂浪さんの隣に、三村はその姫野の隣に座った。


「遊園地に誰もデートに行っていないのが驚きでした」


 小岩さんがそう言った。


 それもそうだ。web小説なんかでは定番も定番。適当にジェットコースターなりお化け屋敷なりでドキドキしてして、フードコートでクレープでもアイスクリームでも食べて、最後に観覧車でちょっといい雰囲気になればいい。いや、読んだから知っているが、実際どんなかはよく分からない。


「相馬や成見さんは何で行ってなかったの?」


「和美が寒がりだから家や図書館が多かったからかな。暖かくなってから行こうと思った」


「私は彼氏の家でゲームしてることが多かったからかなあ。お金もかかるしね」


「みんなお家デートとかお盛んすぎ!」――揶揄う笹島。


「そう言うわけじゃないんだけどさ……」

「そういう雰囲気にはならないかなあ」

「みんながみんな、笹島と同じと思うなよ……」


「太一がそれを言う!? 言っちゃうの!」

「黙れ笹島……」


 文芸部でいつものノリのままで喋るなよ笹島。みんな困ってるだろ、坂浪さんとか特に……いや、こっち見てる……めっちゃ見てる。目を合わせたら伏せてしまうだろうけれど、視界の端でめっちゃこっちを見てる。


「あっ、オレもほんと参加していいんスか?」


「あんた、いい体してなに遠慮してんの。ここの部員っしょ?」


 笹島が西野の顔を覗き込んでいる。


「お、おう。そうっス」


「そんなヘタレじゃ太一みたいにベッドテクでいい女捕まえられないわよ!」


 ブーッ!――思わず吹き出してしまった僕に皆がぎょっとした顔を向ける中、ゆらりと立ち上がる。


「さーさーじーまー……」


「太一、落ち着こ……」


 ぎゃー!――僕は両の拳で笹島の頭を挟み込み、グリグリとネジってやった。


「太一ひどい! DV! これDVよ! 渚、あんたの旦那どうにかして!」


「う、うらやm…………今のは七虹香ちゃんが悪いと思う……」


 そんな感じで大騒ぎして、坂浪さんとか開いた口が塞がってなかったけれど、休みに入ったらすぐ、遊園地へお出かけとなった。もちろん樋口先輩は彼氏を誘えないのでパス。







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 幕間なのに長すぎたので分けます、すみません。

 定番ネタ、遊園地です。

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