第39話 渚と二人で
「おはよ! 太一!」
は?――久しぶりに渚と登校し、教室に入ってきた途端、ピンクの差し色くるくる巻き髪のツーテールに言われた。
「さ、笹島、おはよう……」
「七虹香ちゃん!?」
「渚、あれ何なの?」
フリーズする僕らに即、入り口の傍の席の鈴音ちゃんが聞いてくる。
渚は鈴音ちゃんに対して首を横に振っている。
そしてクラスメイトをかき分け詰め寄ってくる三人の女子。
新崎さん、宮地さん、そして三村。
「ちょっと瀬川くん、説明しなさい。何があったの?」
「鈴代さんを裏切ってないよね?」
「瀬川あんた、ヤったの?」
最後にそう言った三村の方へ、新崎さんと宮地さんが揃って振り返り目を見開く。
そしてゆっくりと僕の方に顔を戻すと、責めるように眉を顰める三人。
「いや、よくわからない。なんでああなってるのか」
横で渚がうんうんと頷いてくれる。
「七虹香さん、ずっと瀬川くんの話ばかりしてるのよ」
「口を開けば太一太一って、同じ話を皆にしてるよ」
「絶対なにかヤったろ、瀬川」
「でねでね、渚のお母さんが運転で疲れてるだろうからってぇ――外食寄らなくていいから僕が何か作りますよぉ――なんて太一が言ってトマト缶とニンニクだけ渚んちの台所から出して来たら、ささーとパスタなんか作っちゃうんだけど、それがまたゲロウマ!」
「いや表現!」――が、ツッコむも笹島聞く耳なし。
「エッ、トマト缶だけでこのウマさ何!? って、あたしもうコレ感動ものよ!」
「瀬川、オマエ料理できるのマジ?」
「料理上手な男子とかいいよね!」
「鈴代ちゃんちの台所把握してるってそれ……」
「いやそれ笹島が大げさなだけ! 渚のお父さんのレシピを応用しただけで、凄いのはお父さんだから」
渚の特製ボロネーゼから豚肉ミンチとブイヨン抜いただけの話だ。
「あれお母さんも褒めてたよ。太一くん、お父さんによく似てるのかもって。すっごくおいしかった」
そしてコートで隠しながら指を絡めてくる渚。
「えっ、渚?」
渚が皆の前ではっきり僕のことを話したことに驚きを隠せなかった。
いつもなら恥ずかしがってこんなに喋ることはない。ましてやスキンシップなんて。
「瀬川くん、なんかちょっと雰囲気変わった?」
「せ、瀬川、お前いつの間に鈴代ちゃん名前呼び捨てに……」
「七虹香もそもそもなんで呼び捨て?」
「太一とは家族になったの」
「笹島ァ! 嘘つけ!」
「七虹香ちゃん、家族じゃなくて親戚!」
「えっ、ちょっと待って。鈴代さんじゃなくて瀬川くんと親戚なの?」――と、新崎さん。
「渚の旦那が太一なら親戚だし家族みたいなもんでしょ?」
「色々違う!」
「いや瀬川、鈴代さんの旦那ってどういうこと?」
「太一お前結婚したのか!?」
「してねえ! 相馬も山崎も騙されんな!」
「何言ってんの太一。渚のお母さんが当主のお爺ちゃんに渚の婿だって紹介したっしょ!」
「「「ええええええ!」」」
「冗談じゃなくてマジなのか!」
「鈴代さん、おめでとう!」
「おめでとう!」
「よかったね! 先に話は聞いてたけど心配したよ」
「いやちょっと待て! それは誤解だって!」
「ホントの事じゃん、太一!」
「そもそも何でお前は名前で呼んでんだ」
「だぁて、七虹香って呼べって言っても呼ばないんだもん」
「お前、その仕返しか! ちょっと渚も何とか言って!」
「わ、私は構わないかな……」
「ほら、名前呼びでいいって!」
「ん、ん? んん?」
「渚、あんた話聞いてなかったでしょ……」――鈴音ちゃんが呆れる。
「ほらほら、大騒ぎしてないで席に着け。階段まで聞こえてきてたぞ」
担任がやってきて、教室の入口近くに集まってるクラスメイトを追い払う。
「鈴代、休日に誤解だったと連絡があって、今朝はわざわざ弁護士の代理人が詫びに来ていて驚いたぞ」
「
「まあ、良かったな。転校せずに済んで」
結局、あれは鈴代の叔従父の誤解だったという話になっていた。
ただ、クラスのコミュニティで渚が事件のあらましを話してしまっていたため、クラス内では公然の秘密のようになっていた。詳しいことは伏せられているけれど、ヤバイ叔従父とその倅が居ると言うのは伝わっていた。
◇◇◇◇◇
「せ、瀬川先輩? 最強の乳と最強の尻を手に入れた感想を述べろください……」
「やべえ、田代が壊れた……」
1時間目の業間、次の体育へ向かう途中、田代と山崎に更衣室で引き止められる。
そして田代の目がヤバいんだが、山崎も目がマジだった。
「太一お前……渡辺さんも狙ってるのか!?」
「山崎お前もなんでだよ!」
「渡辺さんが料理上手な男子いいねって……」
ああ、さっきの渡辺さんか。
「何でそうなる。てか、山崎が料理頑張ればいいだけの話だろ」
「ん? ……なるほど。名案だな!」
「田代も! 笹島とはそう言う関係じゃないからな」
田代は放心していた……。
「いやだってさ、七虹香ちゃんのあの距離感、普通じゃないよ?」
「てかみんな名前で呼んでるんだ……」
「だってあいつ、いちいち訂正して周るんだよ」
「とにかく、あいつは彼氏がちゃんと居るから。僕は関係ない」
「それならいいけどさ。――ほら、田代行こう。西園寺先生が待ってる」
「……そうだ。俺にはまだ清子先生が!」
いや、そっちの方が無理あるだろ……。
体育の授業は西園寺先生が男女両方見ていた。そしてそれまで男女別の授業だったのが、臨時に男女でまとまることとなった。おかげで渚がバレーボールをプレイする姿も拝むことができていたが、もちろん僕の運動音痴っぷりも見られたわけだ。
「太一は背が高いからバレーボールは割とイケるよなあ」
――などと言うのはゲームが終わって一緒にコートから外れてきた山崎。
「僕より背が高いやつなんてたくさん居るでしょ」
「言うてクラスで一人? 二人?」
「ん? 相馬とかも僕より高いから。あと……」
「いや、俺の目からすると変わらん」
「そんな馬鹿な……」――本人に確認してみたらほぼ同じかむしろ僕がコンマいくらで高かった。
「瀬川、それたぶん自分の目線の高さで相手の頭の天辺の高さを比べるからだよ」――と相馬。
「そうなんだろうか……」
「俺も前はそうだったけど、背が高めだと同じ高さの相手が少なくて、たまに近い背丈の相手と話をすると実際以上に高いなって思うことがある。だから目の高さで比べるようにしてる」
「なるほど……てか、相手の目線を避けるから目の高さとか見てない……」
山崎と相馬には残念そうな顔をされた。
まあでも、レシーブが下手なだけでバレーボールはまだ楽しめる方だったし、山崎の言う通り背が高くて利点になっているのかもしれない。
女子の方を見ると渚がコートに入っていた。
以前より活発になったとは言え、やっぱり渚らしく、いくらかおっとりした動きで後ろ寄りに居た。運動部の子なんかは半袖でプレイしてるし、渡辺さんなんかは確かに僕には目の毒だ。
「やめろ太一、俺の渡辺さんを見るんじゃない」
「す、すまん、なんか目に入って……」
「マジで見てたのか……鈴代ちゃんという嫁が居ながら……」
「嫁とか言うな。でもマジですまん」
「渡辺さんが運動部のみんなから人気あるのわかるよ」
「相馬まで! お前、ちっちゃい子が好きなんじゃなかったのか!」
「別にそういう訳じゃ。――あっ、鈴代さん、手を振ってるぞ瀬川」
見るとサーブに向かう渚がこちらに小さく手を振ってた。
エンドライン際に立つ渚。少し固まっていたが、何を思ったのか渚はその場から後ろに下がり、ボールを放り投げると助走をつけてジャンプした。
「えっ」
渚の放ったサーブは上手く芯を捕らえられなかったのか、少し緩めの弧を描いてネットに向かう。残念ながらネット上を掠ったボールは相手コートに落ちる。
「おお」
6人制なら悪くない所だけど、女子は人数が多めなこともあって9人制でプレイしていた。
渚は僕をちらりと見て、唇を噛みながらちょっと悔しそう。
ただ、渚はなにを思ったのか壁際に長袖を脱ぎ棄てると、半袖になって再びエンドラインへ向かう。
「「「おおお!」」」
――という、男子の謎の低い歓声と共に渚は助走をつけて再びジャンプサーブ。
綺麗に相手コートに入ったボールは、向こうもそれほど上手いわけじゃないのかレシーブミスしてサービスエースに。
「鈴代ちゃんすげえ……」
「やめて、渚、上着着て……」
得意満面な顔の渚。そこへ渡辺さんが――鈴代さんすごーい!――と抱き着いてきて、何だかこう……すごい絵面になっていた。ただ、次のサーブは勢いこそよかったものの、どちらもコート内に入らなかった。それでも、渚本人としては割と満足げだった。
渚のチームは渡辺さんの活躍もあって勝利した。ゲームが終わると渚と渡辺さんが、男子のコート側にそそくさとやって来て壁際で座っていた僕たちの前へ。
「私が育てました!」――と胸を張って……いや、目のやり場に困るんだけど渡辺さん。
「前から演劇の時のお礼にってちょっと教えて貰ってたんだけど、男子と一緒にやるっていうからがんばったの」
「うん、いや、ほんと凄い。ちゃんとジャンプで合わせられてる時点で凄すぎる」
「まだ自信なかったんだけど、太一くんがバレーボール上手だから頑張ろって」
「僕は別に上手くはないよ」
「太一くんはかっこよかったよ」
「あはは、ありがとう」
その後、回転の速い男子の6人制のゲームに再び参加し、近くから渚の応援を貰った僕は柄にもなく張り切っていた。まあ、意気込みだけだけどさ。
渚の隣では一緒になって渡辺さんが僕らのチームを応援してくれていたから、山崎も超やる気になってボールを拾いまくっていた。他のチームメイトも俄然やる気を出していたため何とか僕らは勝って渚たちの応援に応えることができた。
◇◇◇◇◇
4時間目、視聴覚室からの帰りに渚と自販機に向かう。
「ごめん、ちょっと今朝は母さんが寝坊したらしくって、総菜パン買ってくる」
そう渚に言って列に並ぼうとすると、袖を引っ張られる。
「……渚?」
「お弁当……作りすぎちゃったんだけど一緒に食べない?」
「えっ? えっ、そうなの? 嬉しいよ、ありがと」
何やら企てのようなものを感じだが、嬉しくてつい顔が綻んでしまう。
「今日、暖かいから五階の渡り廊下とかどう?」
「じゃ、じゃあ相馬や鈴音ちゃんに言っておかないとね」
「鈴音ちゃんには言ってある。相馬君は、今日はノノちゃんに誘われてると思う」
――なるほど。なるほど? これは計画的犯行だな。
教室に戻り、荷物だけ置きに来た。
僕の机には当然、笹島が座っている。
「あるぇ? 太一、今日は弁当忘れたのかなぁ?」
荷物を仕舞って手ぶらで席を離れようとした僕に、笹島が声をかけてくる。
なんかこいつも知ってそうな顔だな……。三村や萌木もニヤついている。
「そうだよ、ほっとけ」
◇◇◇◇◇
「太一くん、はい」
外食の時に慣れてしまっているせいか、あ~んとまではわざわざ言わないけれど、渚が自分の箸でミートボールを口に運んでくれる。
うん、肉の味がしっかりしていておいしい。これはあれだな。渚のお父さんがやってたっていうミンチの炒め方の応用だろう。歯ごたえにそれから肉を食べていると言う感じのする旨味がある。見た目はいびつだけど、彼女が僕のために作ってくれる料理はどれも食欲をそそる。
「肉の味がしっかり出てておいしい。鈴代家のこだわりだね」
五階の吹きさらしの渡り廊下には何故かベンチが少しずつ離されて、いくつも置かれていた。外なのでベンチは汚れやすいのか、渚は大判のハンカチを予め用意していた。別のベンチではノノちゃんと相馬が弁当を食べている。他にも何組か。なるほど、もしかすると渚はノノちゃんと示し合わせた時に、この場所の情報を仕入れたのかもしれない。
「私とお母さんはそんなに食べないけど、お父さんは拘ってたから」
ふふ――と渚は笑う。もちろんお弁当は余りなんかじゃなく、ちゃんと僕の分を別に用意してくれていた。
渚がせっかくたくさん作ってくれた弁当を残すのは勿体ないと、お腹いっぱいになるまで食べた。外の空気は冷たいけれど、陽光は眩しいくらいで暖かい。眠くなってきた僕は、渚と肩を寄せ合ってうつらうつらとしていた。笹島にあれだけ色々バラされたんだ。今更もう恥ずかしいことなんてなかった。
「……太一くん、私ね、七虹香ちゃんにちょっとだけ嫉妬してたんだ」
まどろみの中、渚の優しく呟く声が聞こえてくる。
「ん……春休みどこか出かけよ」
「ふふっ、それもあるけど……七虹香ちゃんは太一くんを変えてくれたの」
「ん…………」
「わかってない? わかんないか」
「――私には変えられなかったと思うんだ。だからちょっと悔しい」
「そんなこt……」
「でも七虹香ちゃんは優しいから太一くんを取ったりしないの」
「………………」
「悔しいけど嬉しいんだ――」
いつの間にか眠ってしまっていた僕は、渚の膝枕の上で目を覚ました。
いや、もう恥ずかしいことなんて無いと思っていたけど、そんなことなかった。
他の生徒は居なくなっていた。相馬を始め、ここにいた皆に見られたはず。
それなのに、何事もなかったかのような顔をして僕を起こした渚。
二学期の最初のころの臆病さなんて欠片も見せず、二人の時間を大事にしてくれる。
「行こっか!」
ハンカチを畳み終え、僕の手を引く彼女は春の日差しと共にキラキラと輝いて見えた。
第六章 完
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六章完結となります! たくさんの応援・コメントありがとうございました!
応援コメントは執筆始めて以来、最多の作品となっています。
やっぱり気の合う方に読んで頂けるとやる気が違いますね。
そして本章は本来五章のいちエピソードだったのですが、どう考えても収まり切りそうになかったので分けました。おかげで七虹香という想定外のキャラクターが太一に大きな変化を齎してくれました。
というわけで、次章が当初の予定の六章となります。
幕間を挟んでのんびり開始予定となりますので、次章も応援よろしくお願いいたします!
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