六章 親戚

第33話 やらかし再び

「太一くん、おはよ」


 週末、二晩続けて渚の家に泊った。


 土曜日は朝から二人で屋内テーマパークへ出かけ、お互い初めてのことに戸惑いながらアトラクションを楽しんできた。


 いやもう駅の出口が逆だったり、人の流れに任せてついていったら全然違う列だったり、売店の軽食なんかも店員さんに忘れられてたりして落ち込んだりもした。そして予定よりもずっと遅い時間に渚の家に辿り着いたときは帰ったーって解放感でいっぱいだった。それでも楽しかったと思えるのは渚と一日中一緒だったからだし、帰ってからもずっと一緒だと思えたから。


 だってすごくない? 朝から晩までずっと好きな人が傍に居るんだよ?

 少々失敗しても時間がかかっても、もっと渚と過ごせるだけの話。

 いつでも触れられるし、いつでも好きだと声を掛けられる。

 いつでもキスしていつでも抱きしめ合える。


「えっ、何? どうしたの?」


 僕がクスクス笑いながら渚の胸に顔をうずめると、渚が首をかしげていた。


「なんだかさ、渚が一日中僕の傍に居ることが不思議で嬉しいんだ」


「何も不思議なことなんてないよ。私はあなたのものだから」


「そうやって僕を安心させてくれるところも嬉しい」


「じゃあ私も安心させて」


「渚は僕のものだから」


「もっと言って」


「この大きな胸も、指先も、唇も全部僕のもの」


「太一くんが好きなところばかりだね」


「小さなお尻もかわいいと思うし、細くて長い脚も好きだよ」


「お尻と脚は去年に比べて太くなったと思う……」


「綺麗に丸みが付いたと思うよ?」


「おかしくない?」


「文学少女がグラビアモデルになったくらいは見映えがする」


「それは言い過ぎ……」


 しっとりとした渚のお尻は、以前よりもずっと女性的になっていた。

 ただ丸くなっただけでなく、引き締まってるってわかる。


「――あっ、そうだ。シャワー浴びないと。朝はランニングしてからモーニング食べに行こって言ったでしょ」


 できるだけお出かけする計画のひとつに、朝いちばんに近くのカフェチェーンでトーストを食べようという話になっていた。朝からイチャイチャしてだらしなく過ごすのではなく、ちゃんと朝起きようってこと。そして夜は少しでも勉強の時間を取る。


 ずっとベタベタしてるのも悪くないけど、僕たちを信頼してくれている渚のお母さんや僕の両親にみっともない姿を晒したくはないし、ちゃんとしてるって自信も欲しかった。そして何より、渚にとって魅力的でありたかったし、渚も魅力的であってほしかった。


 その辺は僕らの遭遇した事件の――主に演劇部での――経験がそうさせた。とりあえずの目標としては、学年末試験に向けて一緒に勉強しようって話になってる。



 ◇◇◇◇◇



「ご一緒させていただき申し訳ありません……」


 学校図書館の学習ブースでそう言ったのは姫野。かつて中学で渚を――理由はどうあれ――イジメていた同級生の中の首謀者。にもかかわらず、渚は彼女と和解し友達関係を築いている。よくわからない。


「私も……邪魔じゃなかった? 家では二人で勉強してるんだよな」


 そしてもう一人は三村。こちらもかつては渚に――事情はどうあれ――暴言を吐いたクラスメイト。渚は彼女に寄り添ったばかりか危険を冒してまでクソ教師から救った。いくら僕の恩人とはいえそこまでするものなのか、こちらもよくわからない。


「朋美ちゃんもそんな緊張しないで。佳苗ちゃんも大丈夫だから。家で二人だけはまだちょっと……」


 渚は恥ずかしそうに言い淀む。

 ああ――と姫野と三村が納得したような顔をしているけれど、それは違うぞ。

 渚は家で二人っきりになるのが恥ずかしいんじゃないぞ。


 とにかく、二人は目的があって次の年度末試験を頑張りたいらしく、2週間以上前のこの時期から渚を頼ってきていた。姫野は進学コースへ入るのが目的、三村は進学コースへ残るのが目的。おそらくだが、一般コースから進学コースへの希望者が居て成績を示せば、進学コースの最下位から一般コースへ順に落とされてしまう。二人はライバルという関係にある。


「じゃ、じゃあ、はい。お願いします」


 姫野の態度が妙に硬いのは、三村が居るから。三村も整った顔立ちとは言えちょっと冷たい印象があるのも理由ではあったが、彼女は進学コースのハイカーストにありながら、かつては三年の先輩男子とも親しく、一年生の間では結構幅を利かせていたらしいのが原因。各クラスのやんちゃな連中からも一目置かれていた存在だったという。


 ――ぜんぜんそんな風には見えないんだけどな、今となっては。しかも時々デレるもんだから僕も扱いに困っている。


 姫野も可愛らしく、1-Cのハイカーストではあるのだけれど、彼女はどうも努力してかわいくなったタイプなのか、1-Aのハイカーストの女子を相手にすると臆病になる。そのせいで未だにSNSのコミュニティでも渚以外とはほとんど話せていない。



 ◇◇◇◇◇



 姫野は英語と数学を重点的に勉強したくて、三村はまず現国や英語の学習方法を教わりに来ていた。


 渚は英語の勉強方法を二人に説明していた。僕も英語は程々な部分もあって、聞いているとなるほどためになることばかりだ。今まで、その機会が無かったため気付かなかったけれど、彼女は人に教えるのが得意なように見えた。


「じゃあ、英語はこれで勉強してもらって、現国やろっか。太一くん、朋美ちゃんの数学見てあげて」


「えっ、僕が?」


 朋美ちゃん、つまり姫野は戸惑っている。おそらく、一緒に現国を教わりたいんじゃないだろうか。――姫野は仕方が無さそうに僕の隣に座ってくる。


「よろしく……」


 そう短く言ってきた姫野。これまでは距離を取っていたためわからなかったが、近くで見る姫野は仕草がいちいち可愛らしい。ふんわり纏った女の子らしい香りも僕の鼻をくすぐる。なんとなくだが、男子ウケがいい代わりに女子ウケが悪そうな子だ。


 姫野にこれまでの試験の答案を見せて貰い、弱点を重点的に復習していった。すぐに引っ掛かっている部分や苦手な部分が見つかったのでその辺をさらに教えていく。


 姫野もそんなに成績は悪くないようだったし、理解も早い。一般コースにも、希望しなかっただけで学年順位の高い生徒は居るのだと思う。姫野の目的もそこまで無謀なものではないのかもと思った。



 ――集中して姫野の様子ばかり見ていてうっかりしていた。渚をみやると、彼女も同じタイミングで僕を見てくる。他の女子と話していると渚はときどき嫉妬してくるのでマズいと思った。――が、何故か渚にその色はなく、普通に微笑んだだけだった。なんで? 例えば新崎さんとか皆川さんだとこうはいかないだろう。



 ◇◇◇◇◇



「いっぱい頭使ったし、何か甘いもの食べに行かない?」


 図書館を出たところで渚が言う。

 渚は普段、甘いものは控えるようにしているらしくて、何か機会が無いと食べない。


「いいよ、どこ行く?」――と三村。姫野も頷いている。


「その、フルーツパーラーとか行ったことないから行きたいなって……」


 隣駅の近くのビルの地下に女の子の客が多いお店があった。

 渚は外食をする場合、まず間違いなく通い慣れた店を選ぶ。

 人見知りが過ぎて僕とのデートでようやく新規開拓できたというレベルだ。


「え、渚、行ったこと無いの? 瀬川とは行かないの?」


「いや、僕は……女子が多い店は苦手で……」


「ぷっ、女子とか」――三村が笑いをこらえきれないで吹きだす。


「じゃあ渚、初体験だね。行こ」――姫野が楽しそうに渚の腕を取り歩き出す。


「えーっと、じゃあ三人で楽しんできて……」


「太一くん!」


「はい……」


 せっかく女友達三人水入らずで楽しんできて貰おうと思ったのに渚に呼び止められた。

 そして渚が注文した派手派手なパフェを半分くらい手伝わされることになった。

 彼女はデザート大好きだけれど少し食べたら満足するタイプだから。

 まあ、デート初期からいつもこんな感じだよね。



「渚、恥ずかしがってる割にはそういうことは普通にしちゃうんだね……」


 不意に姫野がそんなことを言った。彼女はほんのり頬を赤くしている。


「えっ?」

「ん?」


「普通にあ~んとか、間接キスとかしてるし……」――ちょっと気まずそうに言う三村。


 なんだって!?――いや、していたかもしれない。渚と外食すると普通になりすぎて気にもしていなかった。渚も気軽に僕のジンジャエールを同じストローで飲んでいたし、僕に至っては普通に渚の苦手なブルーベリーをあ~んさせられた上、パフェの残りを同じスプーンで食べていた。


「渚はなんだか距離感がおかしいよね、彼氏に対して……」


「瀬川もクラスでは陰キャムーブしてる癖に渚には自然体なんだよな」


「絶対怪しいよね」


「な」


 んー――と、姫野は訝しむような目つきで渚を見据えると――。


「わかった! 初めてはイブの日でしょ?」


「ち、違うよ!」


「へえ、違うんだぁ。いつなんだろぉ?」


「そ、それは……」


 あーあー、また引っ掛かった。


「渚? それ以上は喋らないでね?」


 とりあえず、新崎さんの時の二の舞にならないよう釘を刺しておく。

 三村に詳しく知られたらロクなことにならない気がする。


「うわぁ、瀬川キモ。カマトトぶってやることやってるとかキモいし」


「やめろ、こんなトコで喋るな」


「男の居ないトコでは別にこんな話題、日常だし。お前がこんなトコにいる時点でキモい」


「ひでえ!」


 その後、三村にはキモいキモいとさんざん罵られ、それは翌日からもしばらく続いた。

 いや、そもそも体で払えみたいな発言してたの三村だよね? どういうことだよ。


 ともかく、姫野と三村はこのあと普通に仲良くなっていたので渚もご機嫌だった。



 ◇◇◇◇◇



 その後、渚を家まで送ってから、渚のお母さんが少し遅くなるというので夕飯を一緒に作った。姫野や三村とたくさん話したから渚に求められるかとも思ったけれど、普通に機嫌は良さそうだった。あの文化祭以降、鈴音ちゃんだけは二人だけで話をしても機嫌が悪くなることはない。あの二人も同じ扱いなのだろうか。







--

 六章開始です!

 いつもながらぼんやりしたスタートです。

 これ面白いのだろうか? まあ自分が面白いからいっか――みたいな導入回です。

 続きはすぐに投稿しないと思いますので、のんびりお待ちください。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る