第34話 文芸部にて 6
「何だっけ、ザマーくんだっけ、セガーくんだっけ」
放課後、文芸部に向かおうとしたところを二年生の上履きを履いた男に呼び止められた。加えて一年の……なんだっけ、どこかで見たことのあるやつ、それから他に男子が何人か。彼らが東棟の一階でわざわざ僕を待っていたようだ。
「座間じゃなくて瀬川だったと思います」
見覚えのある一年の彼がそう言った。
彼は僕のことをあまりよく思っていないことだけは表情から窺えた。
「セガワくん、ちょっと顔貸してもらえる?」
幸いなことに今日は渚と一緒ではなかった。
彼女は曾祖父が危篤とのことで昨日、母親と一緒に母方の実家に帰っていた。
「えっと、僕、これから部活なんですよ」
そう言うと彼らは馬鹿にしたように笑う。
「ボクくんはさ、一年のめっちゃエロい彼女が居るって聞いたけどホント?」
「清楚可憐な文学少女の彼女なら居ますよ?」
渚がエロいかどうかなんてわかるわけないだろ。エロいけど。
それを知っているのは僕だけだ。
だから彼女はあくまで清楚可憐な文学少女だ。そこは譲れない。
「鈴代ってエロい――」
「清楚可憐な文学少女――」
「ぁあ?」
「は?」
譲れない部分を訂正しないこの二年の先輩。
背は僕より少し高いくらいだけど、運動部なのか体はしっかりしていた。特に足とか太いし喧嘩したら絶対に負けるが、ボロボロに負けようと引けない一線だった。
「瀬川クン、揉めてる?」
通りがかり、声を掛けてきたのは西野。西野は僕と同じくらいの背丈だが、目の前の二年の先輩より筋肉質で何よりちょっとガラが悪いというか、遊んでそうに見えるので眼鏡でちょっと真面目に見えるよう奴なりに誤魔化している。
「いや、渚の問題だからいいよ」
「ホントに? 手が要るなら言ってよ」
そう言って文芸部の部室に向かう西野。
「誰アレ?」
「平岡って一年で幅利かせてたやつをタイマンでボコって退学させたやつです。名前は……」
「西野だっけ」
「そうそれ」
何だか無茶苦茶な伝わり方してるなあ。
負けたら退学ってどんな世紀末高校だよ。
「鈴代は清楚可憐な文学少女なので」
「まだ言ってんのか」
「先輩、喧嘩しに来たんじゃないんで」
「わかった。――その鈴代の彼氏がお前なんだろ」
「清楚可憐な文学少女なので」
「わかったっつの! その鈴代のことでちょっとオレたちと話をしよう」
「えっ、嫌ですよ」
「いいから来いよ」
「あの、文芸部に顔出さないといけないんで、今要件を言ってもらえますか?」
ハァ――と溜息をついた二年の先輩。
「ボクくんには鈴代って子はちょっと勿体ないから、諦めて別れてくれる?」
はぁ――なるほど、渚が聞く耳を持たないから狙いを僕に変えてきたのか。
そして思い出した。この一年はあれだ。ヒロ君だ。苗字は忘れたけど。
「すみません、意味が分かりませんし、そこのヒロ君は渚にフラれましたよね」
「なっ、名前で呼ぶな!」
「いやごめん、苗字知らないし。――とにかく、付き合ってるのに別れろって何ですか? そんなに偉いんですか? 国王陛下か何かですか?」
「ハァ? 何言ってんだ。その舐めた態度でこれからまともに高校生活送れると思うなよ?」
二年の先輩が詰め寄ってくる。
理不尽極まりないな。次の小説、国王に別れさせられる恋人の話でも書いてやろうか。この先輩の名前をモジって――。
そんなことを考えていたら、いつの間にかノノちゃんが彼らのすぐ傍に居た。
――なんで?
ノノちゃんは耳にイヤホンをしてスマホを弄っている。
ノノちゃんに気付いている奴はいない。
やがてノノちゃんは僕の傍までトコトコやって来るとスマホをかざし――。
『何言ってんだ。その舐めた態度でこれからまともに高校生活送れると思うなよ?』
と、二年の先輩のさっきの言葉を再生させてみせた。
「おまっ――」
先輩が何か言いかけるがノノちゃんは平然と彼らの後ろを指さす。
そこには相馬がスマホを構えて立っていた。
「言っときますけどそこの瀬川、少なくともうちの高校から三人は追放してますから」
なんて相馬が言ったものだから、ブッっと吹き出した声がした。
相馬の後ろには小岩さんが居た。
ざまぁとは言われたことあるけど、追放役とは言われたことないなあ……。
結局、二年の先輩とヒロ君たちはすごすごと引き返していった。
僕はノノちゃんと相馬にお礼を言っておいた。
◇◇◇◇◇
文芸部にやってくるころにはコミュニティ:Himenoはまた大騒ぎになっていた。
相馬が警戒してコミュニティにライブ映像を送っていたからだ。
『まい:今度は何!?』
『としかず:瀬川が二年の先輩に鈴代さんと別れろって絡まれてた』
『すみか:ノノちゃんが危ないことしてるように見えるんだけど!?』
『ノノ:人の恋路を邪魔するものは馬に蹴られて死んじまえ』
『としかず:和美が怒って自分で行くって言って』
『ともみ:えっ、ヒロ君?』
『すみか:ノノちゃん歌劇!』
『すみか:過激!』
『ゆり:なに?』
『まい:危ないことはやめてねノノちゃん』
『すみか:ヒロ君ってあのヒロ君?』
『まい:二年の先輩は誰なの?』
「樋口先輩、この先輩って誰かわかります?」
僕は相馬の映像のスチルを先輩に見せる。
「塚本くんかしら。サッカー部の」
『たいち:サッカー部の塚本先輩じゃないかと』
『まい:サッカー部の二年の塚本って塚本鮮魚店の息子かしら』
『すみか:わかるんだ』
『ともみ:ヒロ君がここまで馬鹿だと思わなかったよ』
『ノノ:どんまい』
『すみか:朋美ちゃんかわいいからもっといい彼氏できるよ』
『たいち:とりあえず先生には言わなくていいから』
『たいち:またお前かとか曽根先生に言われそうだし』
『すみか:曽根先生と言えば三年の先輩と付き合ってるって噂あるの知ってる?』
『ゆり:えっなにそる』
『たいち:マジで!?』
『としかず:マジ!?』
『すみか:なぜそこだけ反応速い』
『すみか:しかもフリックミス』
『すみか:割とマジかも』
『たいち:あの先生、揉める度にまた女がらみかみたいに言うのに!』
『まい:やっぱり鮮魚店の息子だった。塚本のお父さんに叱っておいて貰う』
『すみか:大地主こわい!』
『まい:やめてよ。たまたま近所だっただけよ』
とりあえずはあの塚本とか言う先輩の心配はしなくて良さそうだ。
渚が一緒じゃなくてよかった。
いや、渚が居なかったから絡まれたのか?
渚に守って貰ってるみたいでコレ情けなくない?
◇◇◇◇◇
さて、僕らがいつも使ってる机には製本テープを貼り終えた部誌が積まれていた。先週、ようやく作業し終えたものだ。僕もすでに一部受け取って読んだけれど、ちゃんと本になるってのはいい。DTPは一応、将来役に立つかもしれないと全員が先輩に教わった。
「部員も増えたから来年はなんとか印刷会社に回せる予算をもぎ取りたいわね」
――と、部長の樋口先輩。
「やっぱり三人だけじゃ予算も少なかったんですか」
――現、副部長の相馬。
「DTPソフトのサブスク代と資料代くらいしか出して貰えてなかったかな。プリンターやコピー機は使わせてもらえるけど、後は雑費」
確かに、部室の本棚を見ると古い部誌は印刷会社で製本された物が多い。
演劇部の影響がこんな所にも表れていた。
「あっ、はいはい、そういえば!」――成見さんが手を上げてくる。
「――幼馴染の妹の雫ちゃんが、来年うちの高校に入ってくるんですけど、文芸部に入るそうです!」
「えっ、年子?」
「そうだよ」
「これが幼馴染力……」――などと坂浪さんがよく分からないことを言う。
「人が増えるのは嬉しいわね。でも、演劇部に盗られないようにしないと」
「あっ、それは大丈夫です。演劇部にはえっちな先輩が居て危険だから近づかないようにって話してあります」
「あはは。でも、新入生にあまり変なこと言ったら困るんじゃない? 不祥事あったのに存続させてるくらい学校側が演劇部推してるわけだし」
一応、皆川さんたちは真面目にやってるっぽいしフォローしておく。
「寄付とかあるから大丈夫でしょ。うちの高校の同窓会の
「あれ演劇部OBの寄付なんですね。だから演劇部が占有してるみたいになってるんだ」
「予算も桁違いだし、最初から演劇部目的の新入生も多いから気にしなくていいよ」
「あーでも、今年は少なかったみたいで……」
「鈴代さんを盗られなくてよかった。瀬川くんのおかげね」
「ははは……」
割と辛辣な樋口先輩。
先輩の世代は演劇部からの引き抜きが酷かったから恨んでるんだろうな。
「むふ……」
ちょうど会話が途切れたタイミングで漏れ出た声に顔を向けると坂浪さんが部誌を読んでいた。皆の注目を浴びた彼女は慌てて口を押えて身を縮こまらせる。
ペコ――と僕の隣で通知音が鳴る。
ノノちゃんはスマホを取り出し、画面上に指を滑らせ始める。
すると坂浪さんの方で通知音が。
前に見た、渚と坂浪さんを思い起こさせるやり取りが始まった。
相馬も何のことか理解しているのだろう。気まずそうな顔をしている。
「あ、そういえば坂浪さんの幼馴染の話はどうなったの?」
僕が聞いた途端、ピクリとして坂浪さんの動きが止まる。
「あえっと……結局何もしませんでした……」
「そうだっんだ」
「そこまで情熱がありませんでしたすみません……」
「いや、別に謝るようなことじゃ無いんだけどさ。うちのクラスとか凄かったから」
「あ、そういえば14日のお昼休み、1-Aの女の子がうちのクラスにも来ましたよ。相手の男子も付き合うことになったとか言ってましたし」
「小岩さんのとこにも行ったんだ。何かうちのクラス、そういう雰囲気になってるみたいで何人か他のクラスに行ってたから。まあ、あの日のきっかけはノノちゃんだったけど」
「あの時は和美に教室で待っててって言われたけど、正直びっくりした」
「相馬は平然としてただろ」
「いや、内心ドキドキだったよ。焦って弁当忘れてたから取りに戻ったし」
「相変わらず取り繕うのは上手いのな」
「それを言ったら瀬川だって鈴代さんのことずっと隠してたんだから人のことは言えないだろ」
「まあ、そうか」
渚のことを隠していた時はあまり気にならなかった。
二学期の初めはどちらかというと、一学期とそう変わらなかったからだ。
この想いを隠していればいい。片思いの時のようにと。
はぁ――と溜め息が聞こえた。
「瀬川、溜め息なんかついてどうした? 一日鈴代さんと会えないだけで憂鬱なのか?」
「えっ、僕? 溜め息なんかついた?」
「ついたついた」――正面に座る成見さんが言う。
「鈴代さんの曾お爺さんだっけ? しばらく戻れないよな」
「うん、いやそれが危篤って言ってたの、ただ風邪だったらしくて。まあでも結構な年らしいから曾孫の顔を見せてるんじゃないかな」
「そういやさ、笹島のお父さんだかの再婚相手のお爺さん? そこも危篤とかで笹島も来てないらしいよ」
「え、マジで。全然気づかなかった」
いや本当に。
「瀬川は鈴代さんが居なくて昨日からぼーっとしてるからな」
「意外とそのお爺さん同一人物だったりして。事実は小説より奇なりといいますし」
なんて言ったのは小岩さんだった。
◇◇◇◇◇
その夜、渚に電話した。彼女の話では明日には帰れるそうで喜んでいた。
彼女の曽祖父も容体は安定してるとかで実家の方で様子を見ているらしい。
そういえば――と、笹島のことを聞いてみたところ――。
『あっ、あれやっぱり笹島さんだったんだ。似てるなって思ったけど、すっごく大人しい格好してたし喋らなかったからわからなかった』
遠目で見た程度だったらしいけれど、やっぱり笹島だったっぽい。
小岩さんが喜びそうな偶然だな。
そして――明日の夜には渚に会える――と僕はなによりホッとしていた。
--
スナック小説は事実より奇をてらい過ぎてるナリ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます