第10話 文芸部にて 2
翌日、登校した僕はさっそく皆川さんに渚のことを話した。善は急げ――というより皆川さんたちにも予定があるだろう。早めに言っておくに越したことは無い。皆川さんも、部長に伝えておくと了承してくれた。
「鈴代さん……えっと、部活のこと、皆川さんに伝えておいたから」
「ほんとっ? ……ありがと」
渚は弾んだ声を抑えるように小さく言った。
「ぁ……」
そしてまだ何か言いたそうにもじもじとしている。
その様子を見ていた前の席の鈴音ちゃんが僕たちを呆れた顔で見ていた。
「二人ともいい加減、話しちゃえば?」
「待って、まだ心の準備が……」
「話すつもりはあるんだ?」
「その話は、鈴代さんの準備ができたら僕から話すよ」
「しっかりなさいよ、色男」
鈴音ちゃんがしかめっ面でそう言う。
文化祭以降、鈴音ちゃんからの当たりは強い。仕方ないと言えば仕方ないのだけれど。
◇◇◇◇◇
放課後、文芸部に顔を出しに行く。
文化系の部室は点在している空き教室や準備室なんかを使っているが、文芸部のある北校舎の東棟の一階の部屋は人も少ないし廊下の人通りも少なめ。
東棟の一階に入ると、急に渚が手に触れてきた。
「えっ、ちょっ……」
きょろきょろと周りを確認してしまった。廊下に人は居なかった。
渚は素知らぬ顔をしていたけれど、指先は感情を隠しきれないでいた。
僕たちの関係を秘密にしている学校でということもあってか、お互いの指の第二関節くらいまでを擦り付け、軽く絡め合うだけで変な気分になってしまった。
「この辺ずっと空き教室だね」
渚が不意にそんなことを聞いてくる。
「写真部の部室はあったよ。人が居るのか知らないけど、今はマルチメディア部が――」
「そうじゃなくて、こっそり入っててもわからないよね」
「学校でしちゃダメだよ?」
「――太一くんはそんなことばかり考えてるんだね。ふふっ」
僕をからかうように指先を躱した渚は、早足でペタペタと文芸部の部室前まで行ってしまう。戸を開けて入っていった彼女。
「こんにちは。あっ、また部員さん増えたんですね。初めまして、鈴代です」
渚は慣れ親しんだ場所や知り合いが多い場所ではよく喋るようになった。
成見さんや野々村さんは初対面だろうけれどあれなら仲良くやっていけそうだ。
僕が部室へ入ると見慣れない人物が居た。
ツーブロックの上の髪を撫でつけ黒縁の眼鏡をかけ、雑に着こなしていたブレザーもシャツもボタンを留め、ネクタイを締めた西野だった。何より前回纏っていたあの整髪料か何かのキツイ匂いがしない。
部室には会議テーブルを手前から奥に向けて2つずつ平行にくっつけて4つ置いてある。それとは別に奥にもう1つを横向きに置いてあって、そちらには部長さんの席があり、部室用のノートPCも置いてある。他にも教室で使うような机を、適当に部室に持ち込んで使ったりしていた。
西野はテーブルの左側の手前で他の部員とは少し離れて座っていた。その斜め向かい、テーブルの右側には新入部員の坂浪さん、小岩さんが居て、いつもならその奥に成見さん、野々村さんと並ぶ。ちなみに坂浪さんが最初に入り、小岩さん、あとの二人と続くが、何故か手前から陣取っていき、そしてまた何故かいつも大体同じ場所に居る。
相馬がよく居るのはテーブルの左側の奥寄り。以前は部長と副部長が最奥のテーブルに二人仲良く居ることが多かったが、部長となった樋口先輩に遠慮してか、副部長になったのに相馬は以前からの位置に居ることが多い。その手前に居ることが多いのが僕。渚がよく居た場所は以前なら僕の対面。最近で言うと成見さんたちが要る辺りに樋口先輩と一緒に居ることが多かった。
相馬はまだ来ていない。部長の樋口先輩と坂浪さん、小岩さん、そして西野が居た。
「初めまして! 西野っ……でス」
どういうこと? ――と、部長や坂浪さんたちの顔を見回すが、彼女らも困った顔をしていた。僕は挨拶をしてテーブルの左側の椅子のひとつに座る。渚は僕の右側、いつもなら相馬とは反対側に座ることが多いけれど、渚は僕の後ろを通り過ぎ、いつも相馬が要る側に座った。
「どうしたの?」
渚が聞いてくる。たぶん、僕や皆の反応に違和感を感じたのだろう。
「う~ん、いや、何でもない」
西野が文芸部に合わせてくれるならそれでいいかなと思った。
「そう? ――あ、坂浪さん、文芸部のコミュニティに回してくれたお話、昨日やっと読めたよ。ごめんね、遅くなって。それで――」
「鈴代さん、部誌の小説読みました! その、あー、よかったです!」
話に割り込んできた西野だったが、エロいとは言わなかった。
「あ、そうなんだ。ありがとう」
「特に主人公が過去の自分と別れて新しい世界へ踏み出すというのが」
「えっ、わかるんだ」
どこかで聞いたような話を西野がする。渚の嬉しそうな反応にちょっと腹が立つが、僕を挟んで会話する二人のどちらに不満の目線を送ればいいか逡巡していた。ただ――。
「……と、瀬川クンが教えてくれて」
机の向こう側を見ると坂浪さんと小岩さんが西野を見ていた。二人とも目が座っている。
「そっか」
渚の顔色を伺うことはできなかった。がっかりしてたら可哀そうだし、何となく僕に腹を立ててるかもしれないなんて思ってもいた。
その後、渚は小岩さんも交えて坂浪さんと彼女の書いた小説について話し始めた。こういう話になると渚は熱心によく喋るし、坂浪さんたちも渚と話したがっていたから楽しそうだった。
渚が坂浪さんや小岩さんと感想を話し終える頃、西野がすっと席を立って渚の向こう側のパイプ椅子に座りなおした。
「鈴代さん! オレもちょっと書いてみたんで読んで欲しいでス!」
「……あ、うん、えーっと、わかった。――えっと……」
俺に助けを求めるように振り返る渚。
まあ、部員だし、そう邪険にすることも無いか……。
「西野、こっちと連絡先交換しよう。そしたら部のコミュに招待するよ」
西野はちょっと不満気だったが、承諾してコミュニティに入ってきた。
すぐに西野は書いた物をコミュニティに投下してきたが――。
「あっ、ごめんね。私、男の人とは連絡先交換してないの」
渚が言った。コミュニティ経由で連絡先交換しようとしたなコイツ……。
「……あ、私もです」
「……私も」
坂浪さんと小岩さんも断ってくる。
「僕も坂浪さんたちの連絡先は知らないからさ、コミュニティ経由で話してる」
何か可哀そうでもあったので一応、そう言っておいた。
もちろん渚のは知ってるし、部長の連絡先も一応知ってはいるけど。
「了っス」
西野の小説? を読んでみたが、どうも読み辛い。僕は、合わないときは合わないと言うこともあるけれど、それ以前に話が頭に入ってこなかった。
「これはたぶん、視点がバラバラだからかな。誰の視点か分かりづらかったり、いつの間にか切り替わってたりするから読み辛くなってるんだと思う」
「読み辛いスか……」
なるほど。渚の言う通りだ。視点があっちに行ったりこっちに行ったりしているから読み辛い。その上、心の声まで混ざってくるから読んでいると混乱してしまう。
指摘された西野は難しい顔をしていた。
まあ、後から考えると大したことじゃなくても、最初の内は指摘とか素直に受け入れられないよな。
「慣れないうちは視点を固定しておいた方がいいよ。何から何まで書かなくていいと思う」
渚はこういう話では割とグイグイ行くようだ。おそらく、教室とかで西野と会ったら声も小さくなってほとんど喋らないと思う。
「視点っつっても、よく分からないんだけど」
「そうだね……例えばここの部分だと、主人公の友人から見た考え方だけど、主人公視点だとわからないわけじゃない? だから切っちゃうか、別の機会に友人の視点で書くか、あとは三人称視点かな。神様の視点」
「神様の……」
「神様の視点は――」
渚は熱心に初歩的な部分を噛み砕いて説明していた。彼女は意外と面倒見がいい――というのはクラスの演劇のときにもわかっていた。余裕がありさえすれば彼女はよく周りを見ているし、積極的に気遣う。
ただ、思うところが無いわけではない。彼女が男と親しくしている姿を見るのは相変わらずモヤモヤするし、何より今回はその相手が西野だ。
西野が何を考えているかはわからない。ただ、部活初日のあの様子を見た限りでは、あまり渚には気を許してほしくなかった。さっきだって渚たちの連絡先を欲しがっていた。
しばらく渚は西野と話をしていたが――。
「じゃ、後は自分でやってみてね」
そう言うと荷物をまとめて立ち上がった。
「帰るんスか? この後よかったら――」
「
渚は食い気味に西野の誘いを断ると――お先に失礼します! ――と戸口へ向かう。
思いもよらなかった渚の行動に唖然としていると――。
「瀬川くん?」
その戸口で振り返った渚。
「あぁ、はいはい。――じゃあ僕も失礼します」
僕は荷物を持って部室を後にし、渚の家へ向かった。
◇◇◇◇◇
「ぁ……」
甘い吐息と共に漏れ出る彼女のこの声が堪らなく好きだった。
渚自身はおそらく意識していない声だと思う。自分でも気づいていないのかもしれない。でも、彼女にとっては――やっと来てくれた――という思いから漏れ出る声なのだろう。焦らされて張り詰め、息を吸い続けていた胸からようやく漏れる、安心と期待の両方を込めた吐息。
このまま感慨にふけっていたかったけれど、彼女が痺れを切らす前に僕は胸元からゆっくりと、ゆっくりとキスの歩みを進める。一歩一歩が新雪を踏み締めるかのような高揚を呼び、二人の感情を押し上げていく。
時間をかけて、やっと鎖骨を超えて首筋に到達する程度だったけれど、彼女もここで慌てはしない。次の一歩はまだ? 次の一歩は? ――そういった期待と共に僕を待っている。
さらに長い時間をかけ、ようやく耳たぶに到達する頃には彼女も満たされたのか、腕を回してぎゅっと抱きしめ溜め息をつく。ただ僕はまだ歩みを止めない。まだ先があるの? ――そう問いかけてくるように彼女は指先に力を込める。
耳の縁に沿って力を込めた歩みを押し進め、上端に達すると、彼女も身を
前菜も含めると既に結構な時間が経っていたけれど、僕たちはこのままの状態でまだ半時間は居ると思う。今でこそ渚は体力が付いたけれど、最初の頃はすぐに疲れ果てていた。だから無理をしないようにしていたら、夏休みが明ける頃には自然と僕たちに合った、そして最高の時間を過ごせる方法に辿り着いていた。
もちろん僕がうっかり早まってしまうことも多い。が、僕にとってはそこは大きな問題では無かった。
「文芸部、楽しかった?」
時にはキスしたり、時には何もせず、時にはこうやって語らうこともある。
「……う……ん」
ただ彼女には余裕が無い事がほとんど。
「
二人の名前以外は出さないのが暗黙のルール。
「ううん……始めたばかりで……楽しそうだったからっ……」
語尾が上擦る。
僕の感情からくる微動は全て神経に伝わり、電気信号になって彼女の筋肉を震わす。
「でもちょっと嫉妬した」
彼女がぎゅっとしてくる。
「私を…………取り返してくれるかなって」
渚はときどきこういう所がある。
強引に攫って欲しい――と。
でも小心者の僕は――。
「渚に呆れられる」
「呆れないよ……自信もって……」
余裕がないときでも渚は巧みに僕を掌握してくる。
仕方がないので別の方法で反撃する。
何度か耳の上端まで進んだり、
最初の頃、始めて
僕は――僕が初めてだよね? ――と焦った。
渚は――やだ、なんで!? ――と慌てふためいた。
女の子の体には生き物としてそういう動きが組み込まれてるのかもしれない。
僕も最初の頃は暴走してばかりだったから、同じような物だと思う。
抱き起した彼女の、目の前のそれにキスをすると、彼女の半分はまるで操り人形かのように。
さらに腋に手を差し入れて少し浮かせてあげると激しさを増す。
「もぉ!」
渚はちょっとだけ怒って、僕の顔を
彼女としてはこのままじっとしている方が好きらしい。
仕方がないので僕は彼女の腰に
普段なら彼女も、その辺は触られてもそんな気分にはならないと言う。
けれど、今の彼女にはスイッチのひとつになってしまう。
あまりやりすぎると渚が疲れてしまう。
だから彼女の余力を見極めないといけない。
完全に疲れ切った彼女はどう頑張っても反応が鈍くなるから。
ただ最近、渚は体力がついてきた。以前とは比べ物にならない。
だからどんどん時間が長くなっていく。
最近では、渚のお母さんが早めに帰ってくる日はその時間を見越してスマホのアラームまで掛けないといけなくなった。アラーム音で
最後は彼女の希望を聞いて僕が頑張る。
彼女はときどき後ろから抱きしめられるのを好むくらいで、基本的に顔が見えないとご不満なようだ。感情を通い合わせることがいちばんの僕たちにとっては、変わったエッチは不要だったし、あまり変なことはして貰っていないしさせてもいない。じゃあなぜ縛るなんて話をしたのだろう? その辺、ちょっと次の機会に聞いてみないと。
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嗜好の合う方が居てくださるか不安なので、応援とかコメントとかコメントとか宜しくお願いします! (応援じゃなくても内容に関する雑談とかツッコミでも大歓迎です)
合わない方はたくさん居らっしゃると思うので、まあ、そっちはごめんなさいとしか。
(『恋離』とかフォローされるだけで――すまぬ、すまぬな――って謝ってます)
わかる人にしかわからないように書いてるのは規制対策もありますが、主人公が渚のことを赤裸々に語りたくないと言う気持ちも汲み取ってあります。
あとどんな高校生だよ! ってのは私も思いますが話の上で重要な点なので!
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