第11話 演劇部にて
「このごろ全部足しても20分だよ。ありえなくない!?」
渚の耳がピクリと動いたのを目にした。昼の休み時間、騒がしい中、先程から笹島たち三人組がどう聞いても猥談にしか聞こえない会話をしている。教室に残ってるクラスメイトの三分の一くらいは気にしていない様子でその多くが彼氏彼女持ちを公言している。そして残りのうちの半分も気にはしていない様子だが耳をそばだてている。
「俺ならひと晩中だって頑張れるんだが?」
そう小声で俺に言ってくるのは前の席の田代。ちなみにこいつに彼女は居ない。
「……無理でしょ」
「俺の底力を見せてやれないのが残念だ」
「見せなくていいよ、んなもん……」
「お前だって鈴代ちゃん相手考えてみ? 行けるって思わん?」
「ん……いや……それでも……無理じゃない?」
「俺なら鈴代ちゃん相手ならひと晩いけるわ」
「やめろ…………てか声抑えろ」
「わーったわーった」
「
「30分くらいかなあ。実働15分くらい?」
笹島の問いに答えたのは
「そんなもんかあ。姉ちゃん先輩、手が早いっていうのに」
「先輩、食い散らかすだけでフォローが無いんだよね」
「カナエ、よくそんなのと付き合うよね」――萌木が言う。
「積極的な相手って楽だし、付き合ってるわけでもないんだよね」
あの三人の話は聞いてると頭が痛くなる。が――。
「鈴代ちゃんとこはどうなの?」
選りによってそんな話題を渚に振る笹島。
鈴音ちゃんに追い払ってもらいたい所だ。
けど、先に口を開いたのは鈴音ちゃんじゃなく渚だった。
「そんなじゃないから」
そんなじゃないから? ――そんな
「そかそか。鈴代ちゃんピュアだもんね」
前回、結局のところ渚から詳しい情報を引き出せなかった彼女らは、渚は恋人とは深い関係に無いと判断しているような部分があった。そして身元を特定できなかった渚の恋人は大学生ではないかと勝手に結論付けていた。
ただ、鈴音ちゃんの方を向いた渚。斜め後ろからでは完全に表情を読み取れないけれど、少し微笑んでいるように見えた。鈴音ちゃんも訝し気に渚を見ていた。
関係――ではないように思えた。
◇◇◇◇◇
放課後、僕は皆川さんに頼んで演劇部を覗かせて貰うことになっていた。渚の様子を伺いたかったのもあるし、シナリオの話を振ってもらったこともあって興味もあった。一緒にやってきた渚は普通の声で部員さんたちに挨拶していた。彼女も馴染んだと言うことだろうか。
「部員、ほんとに多いんだな」
放課後の講堂――体育館より少し小さい――は演劇部に貸し切り状態だった。
「今居るのうちの派閥だけだけどね。空き教室と体育館も時期ごとにローテーション組んで使ってるし、野外ステージも使うかなあ」
皆川さんが答える。
「野外ステージって文化祭で軽音とかが使ってた?」
「そうそ。派閥外でちょっと何かやりたい時とか」
「ほんとに派閥とかあるんだ」
「まあ、劇団所属の人以外はそんながっちり決まった面子じゃないけどね。テーマ的に合う人で集まるみたいな。――あ、部長、おつかれさまですー」
「あ、鈴代さんいらっしゃい。――皆川さんもおつかれさま。――そちらは?」
皆川が声を掛けた部長さんと言うのは、渚と同じくらいの背格好で黒髪を上げてちょうど渚がお母さんのような髪型にしたような人物だった。ただ、化粧なのか自前なのか眼力が違った。眉目りりしいその目で僕を見据えてくる。口元のほくろも印象的だった。
「この前、話をしてた瀬川くんです。うちのクラスの劇の」
「ども」
「ああ! あ、でもごめんなさいね。鈴代さんがもう手伝ってくれてるから……」
そう言った部長さんには、あまりいい顔をされていないような気がした。
「部長、鈴代ちゃんを後押しして文芸部から貸してくれたの瀬川ですよ?」
「そうなのね。鈴代さんのことは助かったわ。ありがとう。――それで?」
「ああ、ええっと、鈴代さんがどんな様子か見学させてもらいに来ました……」
◇◇◇◇◇
僕は講堂の椅子のひとつに座らせてもらい、舞台でのやりとりを観させてもらうことになった。皆川さんの様子からもう少しくらいは歓迎されるかと思っていたけれど、肩透かしもいい所だった。皆川さんも部長さんの反応が思ったより芳しくなかったため、彼女にしては珍しく申し訳なさそうな顔を向けていた。
「ちょっと期待し過ぎだな……」
「何を期待してたんだい?」
独り言に返され、驚いて振り返るとアッシュに髪を染めた中性的な顔のイケメンが居た。
「ああいや、ちょっと文芸部で様子を見に来ました」
慌ててよくわからないことを言ってしまう。
「文芸部? 鈴代さんの友達? 彼女いいよね。シナリオだけじゃなく文化祭での演技も見どころあったし部員になってくれないかな」
「は?」
「ああ、いやごめんごめん。文芸部の大事な部員だよね」
「鈴代はやれません。悪いですけど」
「でも、彼女は才能あると思うよ。普段と舞台との切り替えがすごいからね」
「普段を知ってるんですか?」
「勧誘に行ったときは別人かと思ったよ」
「勝手に鈴代を勧誘しないでください」
「わかったわかった。今度から文芸部を通させてもらうよ。じゃあね」
そう言ってイケメンは去って行った。
◇◇◇◇◇
渚はときどき僕の方に視線をくれた。気づけたときにはちょっとだけ微笑みを返した。あまり恋人同士みたいな雰囲気を作っていると、表情を読み取るのが得意そうな部員たちに察せられてしまうと思ったからだ。ただ、察してくれてもいいと思うような事が起こった。
「渚ちゃん、よかったら後で俺らの練習も見てってよ」
そう言ってどこからか現れ、渚に近づいて行ったのはあの姉崎だった。こいつには敬称は不要だ。未だに渚を名前で呼んでいる。渚も無視していた。
「ちょっと渚ちゃん、聞いてる?」
「名前で呼ぶのやめてくださいって言いましたよね?」
教室では姉崎に小声でしか返事できなかった彼女が、はっきりとした声で拒絶していた。
僕は立ち上がって渚の所へ行こうとしたが――。
「先輩、鈴代ちゃんに拒否られてんのにいい加減、頭冷やしてくんないかなー」
いつの間にか傍に来ていた女の子の声に足を止めた。
三村だった。彼女は渚と姉崎を見て呆れた様子で言う。
「鈴代ちゃんも鈴代ちゃん。さっさと先輩に女にしてもらえば大学生のカレシとも関係進むと思うんだけどな」
「は?? 三村お前頭おかしいの? 鈴代をお前らと一緒にすんな」
こいつの貞操観念どうなってんの? 三村が男ならぶん殴ってやりたいところだった。三村はさらに続ける。
「瀬川、あんただってその方がお零れに
「はあ???」
「三村さん、バカにしないでもらえますか?」
いつの間にか渚が舞台から降りてきていて、僕の横に並び立った。
「鈴代ちゃんもさあ、先輩に相手して貰ったら世界変わるって」
「15分で終わるような人に何も変えられませんから」
「なっ、なんだとっ!?」
渚の言葉には僕も驚いたがそれ以上に驚いていたのは姉崎だった。
姉ちゃん先輩って姉崎のことか。渚は姉崎を無視して僕のところまでやってきていた様子。
僕は渚と姉崎の間に割って入る。
姉崎は顔を赤くし、今にも渚に掴みかからん勢いだった。
「はいはい、そこまで。女の子の会話じゃないから。講堂に男子が少なくてよかったよ」
さらに間に割り込んできたのはさっきのイケメン。
「言っときますけど15分とか言いふらしてたのそっちの三村ですからね。鈴代は関係ないし」
僕も渚が姉崎に恨まれたりしたら堪らないので告げ口しておく。
三村もさすがに本人の前では気まずいのか目を逸らしている。
「姉崎ィ! あんたまた来てたの!? 来るなっつってるのに」
皆川さんが部長さんを連れてやってきた。部長さんが離れている隙を狙ったのだろうか、部長さんを始めとした女子部員たちの非難めいた視線を浴びて姉崎はすごすごと退散していく。三村もいつの間にか居なくなってる。
その後、部長さんも部員を散らせて部活動に戻らせた。
「あなたも副部長なんだからアレ止めてよね」
「いやあ、ボクもここの派閥では余所者だしさ?」
イケメンはどうやら演劇部の副部長らしい。
「てか、三村のやつ貞操観念どうなってんの?」
そう聞いたら副部長さんが答えてくれる。
「ああー、あれはねえ、劇団のノリを持ち込んでるんだよ。正直、とても褒められたものではないし、その点はボクらも反省しないといけない。部長もね」
どこかで聞いたような話だった……。
「私は女子部員を姉崎みたいなのから守ってるだけだから」
「でも女の子、狙ってるでしょ?」
「ちょっ、ちょっと親密になるだけじゃない」
「あのすみません! 私、付き合ってる人が居るので部長さんのお誘いには応えられません! さっきの先輩から守ってくれてたのは嬉しかったですけど……」
渚が部長さんに対してそう言った。部長さんはしゅんとしている。
「うん、そのくらい言っておいた方がいいよ、ハッキリとね」
「――君も、こういうのが心配だったんだよね? 同じ
副部長さんが僕に問いかける。
文芸部員という言葉を強調したような気がしたのは何か引っかかったけれど――。
「あー、えー、いや……想像以上に酷いなと」
「そうだね。そういう訳だからそろそろ鈴代さんを彼に返してあげない?」
「ハァ……わかった。でもリハーサルも本番も一度くらいは観に来てね」
「はい、ぜひ」
「皆川さんに連絡してから鈴代と一緒に来ます」
そういう訳で渚は演劇部から解放されることになった。
◇◇◇◇◇
「副部長さんには感謝しないとね」
渚にそう言う。演劇部からの帰り、人のいない廊下で渚と話していた。
「うん、えっと……ごめんね。喧嘩腰で変なこと口走っちゃって」
「あれは驚いた。驚いたけどちゃんとあの三人の話、聞いてたんだなって」
僕が笑うと渚が口を尖らせていた。
「でもよかったあ。充実してたのは本当だったけど、さすがにもう充分過ぎるくらいかなって思ったから」
「そっか」
「苗字呼び捨てもいいよね」
「何の話?」
「鈴代って」
「えっ、僕? 呼び捨てにしてた? ごめ――」
「謝らないで。――ちょっと嬉しかった」
「――でも苗字だとうちに居るとき困るよね」
「確かに」
あ――と、渚は何を思い出したのか再び口を尖らせる。
「太一くん、お母さんのうなじばっか見てたし……」
「べ、別に変な理由で見てたわけじゃないよ」
「お母さん私が見ても美人だもん。ずるい」
「まあ、うーん……」
「背もまだちょっと届かないし……あ、でも私の方が大きいんだよ?」
渚はいつか舞台の上で見たように、両手を後ろに回し胸を張った。
数瞬、目が釘付けになってしまったけれど、恥ずかしさに顔を逸らす。
「渚もあんな髪型、似合うかなってちょっと思っただけ」
「伸ばした方がいい? みちかちゃんは伸ばした方がいいって言うんだけど」
「どっちも似合うと思うよ。でも今は最初の頃の髪型が好きかな」
「鈴音ちゃんとお揃いなのがいいの?」
「鈴音ちゃんは関係ないかなあ」
「――今はまだ変わって欲しくない、出会った頃の渚を楽しみたい……みたいな」
「そっか」
「でも、長いのも可愛いと思うから、また気が変わったら変えてくれる?」
「どうしよっかなあ?」
はぁ――僕は溜息をつき、息をゆっくり吸い込むと――。
「僕の好みに変わってくれ」
「はい♪」
後ろ手に腕を組んだままの彼女は華やかな笑顔で微笑んだ。
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ご感想とかいただけると調子に乗って頑張ります!
あと、姉崎・三村みたいなおかしなキャラも出ますので、もうちょっと平和なお話を期待してた方、ごめんなさい! 満夏の時点でちょっとアレなんですけどね。
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