第6話 文化祭 後半

 文化祭二日目。文芸部の店番の予定が無くなった僕は一緒に回る約束をしていた友達が居るでもなく、教室に居た。田代たちについて行こうかと思っていたのに、やつらは全力でメイド喫茶に向かったため、つい行きそびれてしまっていた。こんな時、恋人宣言していないのは寂しい。


 内向的――まあそうなのだろうな。独りでうろうろすることもできないし、気軽にどこかのグループに紛れ込むこともできない。もういっそ図書館かどこかで過ごそうか――そう思っていた。



 机の前に立つ女子生徒。


 すらと細い印象の彼女。


 渚、どうしたの? ――と声を掛けようとして、彼女とよく似た髪型の、別のその子に驚いた。


「せーがわ。あんた暇でしょ? 一緒に回らない?」


 そう声を掛けてきたのは鈴代さんのちっさい版――もとい鈴代さんの2Pカラー――いや、そうではない。友達の鈴音ちゃんだった。


「鈴音ちゃん? どうしてまた僕と」


「何言ってんの。あんたがいちばん親しい女子ってあたしでしょ?」


「え……。え……?」


「瀬川が名前呼びする女子ってあたしだけじゃない。だから一緒に回ってあげる」


「鈴代さんは?」


「渚ならさっき相馬くんが誘ってたよ。だから気を利かせてきたの」


「ええ!?」


 余計なことを! って渚は??


「鈴音ちゃぁん、置いてかないでよぉ」


 教室に入ってくる渚。


「あれ? た……瀬川くん……ど、どうしたの?」


 鈴音ちゃんが僕の机へ寄りかかるようにして居たことに渚が気付く。


「ほら、瀬川ってあたしに気があるでしょ? だから一緒に回ってあげ――」

「ええーーーっ!?!?」


「どしたの? 渚」

「ええ? 瀬川くんがそう言ったの!?」


 ぷるぷると震える口元、微妙にひそめた眉はぴくぴくと動き、渚がこちらを見据える。


「だって瀬川が名前で呼ぶ女子ってあたしくらいでしょ?」


 渚、これもう言っちゃった方がいいよ――と声に出しかけたところで面倒なのがまたひとり。


「鈴代さん、逃げないでよ。一生のお願い! 文化祭一緒に回ろ?」

「えっ、それは断りましたよね」


 渚は鈴音ちゃんと相馬と僕、それぞれに違う反応を示そうとして困っていた。

 そして一生のお願いを断られる相馬。

 てか、お前なら他の女子からでも誘われてるんじゃないの?


「とりあえず四人で回ろうか……」


 僕のその言葉にムスっとした渚。

 でもさ、よく考えてみなよ。恋人宣言していない僕たちは、二人で一緒に文化祭を回ろうと思ったらこのくらいしか方法は無いんだって。



 ◇◇◇◇◇



「よーし、じゃあ水泳部行こうか!」


 鈴音ちゃんの鶴の一声でいきなりプールまで遠出することになった。しかも何故この時期にプールなの? プールで何をするの?


「えっ、ビート板投げだよ?」


 なんでも今では使われなくなった古いビート板が結構あるらしい。まあ高校じゃ使わないよね。そしてプールにはペットボトルを組み合わせて作られたブイのような的がいくつかある。


「手前のに当てたらドリンクの共通券、奥のに当てたらデザートの共通券ね」


「あのいちばん奥のは?」


「なんと! 水泳部の副部長とツーショット写真が撮れます!」


「それって……いろいろ大丈夫なの?」


「ネタ枠だから! だれもあんなところ当てられないって。最初は競泳水着でって提案したんだけどダメって言われちゃった」


「……」

「……」

「そりゃそうでしょ……」


 1ゲームで2回投げられるという。そして両方とも外れてしまったらもう1回だけオマケで投げられる親切設計。なるほどと、投げようと思ってビート板を受け取ったら、いちばん後ろに居る渚から凄い睨まれてた。


 なるほどこれが相馬の感じた眼力かなどと今更ながら納得してしまった僕は、その意味を考える。当然、いちばん奥の的には間違っても当てるなよと言う意味だろう。もう一度見る。――やっぱり凄い睨まれてる。渚はかわいいななんて思ってちょっと微笑んでしまうと、眉がぴくりと動いた。恐いね。でもちょっと嬉しかった僕は、力を入れ過ぎないようにドリンクを狙う。


 ――ハズレ。


 あれ? 意外と飛ばしにくい? 結構厚みがあるから?

 もう一度ドリンクを狙う。


 ――ハズレ。


「はい、オマケでもう1回ね」


 もう、普通に投げてしまおうかと思った。思ったけれど、渚はやっぱり睨んでいる。


 ――ハズレ。


「なんてこった……」


「アッハッハ、瀬川下手すぎない? 手本みせてあげるよ」


 そう言った鈴音ちゃんはビート板二枚をどちらもドリンク券の的に易々と当ててしまう。


「はい、ドリンク券が欲しかったんでしょ? あたしの分けてあげるね」


「あ、ども……」


 それはそれで渚が口を尖らせてた。

 相馬は二投目で上手に投げてデザート券を、渚も同じく二投目でデザート券を貰っていた。相馬は渚に話しかけていたが、渚の機嫌が悪くてつれない返事を返していた。



 ◇◇◇◇◇



 その後、ストラックアウトをやって景品を貰ったり、園芸部の販売スペースなんかを眺めたあと、外でやってる飲食店――主にガスコンロを使うお店やオープンカフェスペース――に寄った。それぞれに軽食や飲み物を買ったり交換したりし、オープンカフェで席を確保した。とりあえず僕はスマホを取り出し――。


『そろそろ二人に打ち明けた方がいいんじゃない?』


 そう渚に送った。すぐに渚のスマホの通知音が鳴るが、僕は知らんぷり。

 渚はスマホを見ると、すぐに返事が。

 こちらは予めマナーモードに切り替えてある。


『やだ』


 やだって言われてもな……。


『渚が嫌な思いするでしょ?』


『でもやだ』


「あのー。スマホ弄ってたらダブルデートになんないよ?」

「ちっ、違うよ! そんなんじゃない!」


 鈴音ちゃんの言葉を渚が慌てて否定する。


「渚もいい加減さ、彼氏とか作ったら? 仁科さんとのこととか忘れてさ。相馬とかちょうどいいと思ったんだけど」


「仁科さんって?」――食いついてきたのは相馬。


「鈴音ちゃん! そのことはダメ。言わないで。それに私、付き合ってる人居るから」


「仁科さんじゃなくて?」

「うん」


「それならいいけどさ。紹介はしてくれないの?」

「それは……今度教えるから」


「ま、いいか。じゃ、私と瀬川のデートってことで――」

「あ、あの、鈴音ちゃん? 僕もその付き……好きな人が居るからさ」


 付き合っている――なんて今言ったらすぐに渚と勘繰られそうだったから言えなかった。


「あたしでしょ?」

「いやその、ごめん。違うんだ」


「うそ……え、だってあたしのこと名前で呼ぶでしょ? いつも見てるし」

「いやそのそれは……」


「なんでよ。思わせぶりな態度取んないでよ!」

「あ、あの……」


 鈴音ちゃんは立ち上がり、食べかけのクレープを置いて行ってしまう。

 渚も慌てて後を追う。


「追いかけなくていいの? 瀬川」

「ああうん、僕は追いかけない方がいいと思う。責任取れないし」


 ハァ――と残された二人の男の溜息が重なってしまった。



 ◇◇◇◇◇



 その後、僕は相馬と渚たちを探しながらその辺を歩いていた。メッセージを送っても良かったけど、取込み中だったら困るしな。そうして中庭を歩いていると――。


「あっ、相馬くん居たー」


 クラスの女子、長瀬さんが声を掛けてきた。


「どこに居たのよ、探したんだから。瀬川くん、ちょっと相馬くん借りるね?」


 そう言って相馬を連れて行った長瀬さん。しばらくその場で待たされた。

 五分くらいして帰ってくる相馬。


「どうした?」


「あ、えっと告られた」


「は?」


 そういえば長瀬さんは演劇でヒロイン志望だったな。落ちてたけど。

 文化祭で告るってやっぱ実際あるんだ……。などと思っていたら――。


「相馬くん、ちょっといい?」


 今度は滝川さんが相馬を連れて行く。

 今度は十分ほど待たされ、涙目の滝川さんと共に相馬が戻ってくる。


「滝川さん、大丈夫? ごめんね」

「謝んなくていい!」


 涙声の滝川さんは去っていった。


「相馬お前……」


 渚のことはもう諦めろよ――とは言えなかった。

 逆の立場だったらとても諦められない。


「鈴代さんには付き合ってる人が居るって言いたいんだろ? わかってるよ」


 もういっそ打ち明けてしまおうか。前に確認は取ってあるし。


「相馬お前、今から話すこと、絶対誰にも言わないって約束できる?」


「何?」


「約束できるのかって。この前のカラオケだっけ? あの時みたいに振られた理由を誰かに話したりしないかってこと」


「……ああ、あれは鈴代さんに悪いことした」


「あの事があって相馬に話すか迷ってたんだ」


「……わかった。誰にも話さない」


 相馬の顔を見て、僕は一呼吸置いた。


「実は――」

「あら相馬くん、こんなところに居たのね。みんな探してたわよ」


 声を掛けてきたクラスの女子、今度は新崎さん。


「はぁ……先に話しておきたかったんだけど。――とりあえず行ってこいよ」


 そう言って新崎が袖を引っ張っていく――のは僕だった。


「ちょ、ちょっと、何で僕!?」


「瀬川くんに用があるからに決まってるじゃない。それから貴方、舞台の時みたいに『オレ』の方が似合ってるわよ」


「えっ、いや、新崎さんって相馬狙いだったよね、分かりやすいほど」


「そ……そんなこともあったけど、相馬くんはのらりくらりと女子の誘いを躱すだけでその、手玉に取られてるみたいだったし、それにそこまで好きではないってわかったの」


 新崎さんは髪を弄ったりしつつ、いつもの様子からは考えられないような控えめな物言いで言った。


「――まあ相馬くんが居てもいいわ。――昨日のあの舞台での瀬川くん、すごくドキドキした。それでひと晩考えたの。私と付き合わない? お試しでもいいから」


「だ、ダメだよ!」


 そう言って声を荒げたのは――渚だった。


「あら、鈴代さん、どうして貴女がそんな口出しをするの?」

「えっ……えっとその……」


「新崎さん、僕の昨日のあれは演技だから。普段はあんなじゃないし、『オレ』なんてちょっと合わないから」


「でも、慣れたら意外と合うかもしれないでしょ?」


「あとそれに、僕はその、好きな人がいるので……」


「付き合ってるわけでは無いのよね?」


「あ、ええと……誰かに言い触らされたりしたら相手の子が困るので……」


「見くびらないでよ。そんなに口は軽くないわ」


 いや、そもそも新崎さんの企画で情報が漏れたんだから……。


、いいよ」


 渚のその言葉に相馬がハッと息を飲む。


「そか……。相馬も新崎さんもゴメン。――実はその、渚と……鈴代と付き合ってるんだ」


 僕の言葉を最後まで聞き終えた二人は――。

 はぁ――とその場にへたり込む相馬。

 両の手をギュッと握って唇を噛む新崎さん。


「渚はその、ちょっと昔いろいろあったみたいで恋人のことで揶揄われるの苦手なんだ。だから黙ってた。ごめん」

「太一くんは悪くないから。私が頼んだの。ごめんなさい。鈴音ちゃんもごめん」


「ハァ、やっと付き合ってくれそうな相手を好きになったのにもう失恋しちゃった」

「怪しいとは思ってたんだよ。二人とも文芸部に来なくなるしさ。でも教室ではそんな素振りは見せなかったし」



 新崎さんはふぅとひとつため息をつく。


「相馬くん、よかったらこのあと一緒にカラオケでも行かない? 腹が立つから愚痴聞いてよ」

「わかった。俺もこの二人のことで愚痴りたいこといっぱいある」

「あら、相馬くんの愚痴なんて珍しい。いいわ聞いてあげる」


 そう言いながら二人は僕たちから去っていった。


「で、いつからなの? どこまで行ってるの? 詳しく教えてよね」


 そう言ってきたのは鈴音ちゃん。

 文化祭が終わったあと僕たちは打ち上げにも参加せず、渚の家で鈴音ちゃんに洗いざらい白状させられた。ついでに言うと相馬・新崎さんの二人も打ち上げに出られないと言ったため、打ち上げそのものが翌日になってしまった。


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