第5話:HB
「真宮さん、どういうこと?」
放課後私は「話がある」と彼女に伝えると部室に来るように伝えた。その日は部活も休みだったので誰も居ないところで彼女の“真意”を聞きたかったのだ。
西陽に照らされたせいか、夕方近くになってもまだモワッとした熱気が溢れてくる部室に二人で入ると不愉快な空気を逃さないように直ぐに戸を閉める。
「どうして”白紙”なの?」
人混みのをさけて確認した作品群の中で異彩を放っていたのは真宮さんが私をモデルに描いた白紙の作品だった。
夏休みにも関わらず暑い中登校して、冷房のない部屋で扇風機の風だけを頼りに手を真っ黒にしてまで互いの指先まで再現しあったのに。
ちょっと不機嫌な私を、風鈴の音が聞こえてくるような清涼感に仕上げてくれたのに。
あれだけ互いに表現しあったのにどうして? なんで?
その感情をさすがに隠し切るなんて出来なかった。
「私、何か真宮さんの気に障ることでもした?」
声を荒らげて責めていることは当然自覚できていたし、もう少し平和的に話を進めることも出来たかも知れない。
いつもは柔和な表情を浮かべている彼女もこれには少しだけ目を見開いて唇を少しだけ震わせると視線を逸し、
「やっぱり怒るよね、ごめん」
「そうじゃなくて理由――」
「顔がいいから」
何?
私の顔がなんなのよ?
「真宮さん、いつもそうじゃない。顔がいい、うなじが綺麗、肌がサラサラとかそんなのばっかりじゃない」
「うん。だから描けなかった」
「なに? 意味わかんないんだけど!」
「だって私が描きたかったのは――久保さんだから。整った顔でも、触りたくなるようなうなじでも、触れたくなるような肌でもないから。それで本当に描きたいものだけ残そうって思ったら描くものなくなっちゃった」
……。
なに、それ?
え?
「……なにいってる、の?」
「ほんとなに言ってるんだろうね、私」
そうして笑った真宮さんはいつもどおりの誰にでも向ける笑顔になると、
「私さ、親の都合で転勤が多いから友達あんまり出来なかったんだよね。その上ちょっと顔がいいでしょ? だから小学校のころは男子にからかわれるし、中学の時は女子からやっかまれるし。だから次に転校することがあったら編入試験があるとこに行こうって思ってたんだ」
いつもはコミュニケーションの優等生のような振る舞いと言葉選びで、だれからも嫌われないように立ち回っているように見えた真宮さんが、このときばかりはいたずらっ子が本性を表したとでも言うように饒舌に秘密を暴露したのだ。
だけど不思議とその言葉には嫌味がなくて、なんならそれすら彼女の魅力となって私に大きな諦めのため息を吐かせたのだ。
「ごめんね。でもここに来て正解だった。久保さんはこんな私にも優しくしてくれて本当に良かった。やっぱり心がいい人だったんだね」
もう。
なんなのこの子は。
そんな不器用な友情表現ある?
「いや、その真宮さんさ。白紙でデッサン提出したらみんなから嫌われるって思わなかったの?」
「うーん。大丈夫かなって思った」
いや、そこは思えよ!
「だってそんな人たちだったらとっくに私はまた行き場を失ってるし、ここでは受け入れられてるなーって思ったから。でもちょっと騒動になっちゃったね」
そう言いながら部室の奥に立てかけてあったイーゼルを持ってくると、
「久保さん、モデルお願いできる?」
「今?」
「そう。今」
「下校時間になっちゃうよ?」
「大丈夫。超特急で仕上げれる。――久保さんのいいところ全部知ってるから」
なにそれ。
白紙で出したくせによく言うなー。
「わかったわよ。そのかわりびっくりさせた罰として完成したらちょうだいね?」
椅子に座って両手を膝におく。
西陽に焼かれた空気がまだちょっとだけジメッと残っていて私の頬や額を濡らしてくる。
「あのさ、一つだけ聞いていい?」
「なに?」
鞄から鉛筆を選んで彼女も汗を拭うと視線が合う。
「入部する時に私になんで相談しなかったのって聞いたら真宮さん『顔がいいから』って言ったじゃん」
「そうね」
「あれどういう意味?」
「ああ、あれはね――本当に顔が目当てって思われたら嫌だったから」
なにそれ。
ほんと、気を使うところ間違ってるんだよなぁ。
「真宮さん」
「なに?」
「今度はしっかり描いてよね。私、こう見えても顔がいい美少女なんだから」
ほんと、最高だな。
PENCIL あお @Thanatos_ao
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