第10話 自信を持って

 プロは「自信を持って自分を売り込む」ことが必要不可欠である。画家が「自分の絵はまだまだだ」などと及び腰では、絵の注文なんて貰えないだろう。教育者が「私は未熟者ですが」などと言い訳してしまっては、生徒や保護者から不信を買ってしまう。受け取る側にとっては、サービスの良さが最重要であって、キャリアの長短は関係ないのだ。

 私自身もともと自己評価が低く自信が無いタイプだったので、それで随分損をした。自身の性分を即座に変えることは難しいので、プロとして振舞う時は「自信がある私」を演じる事から始めた。演じ続けているうちに、徐々にもともとの性分に馴染ませることができた。多くの同業者との交流を通じて、振舞い方や気構えを参考にしたりもした。

 日本人の多くは謙虚さを美徳としている。そして若い頃の私は、自信に満ちた人を見ては、自惚れているだの謙虚じゃないだのといった好ましくない印象を抱きがちだった。自信は「自分を信じる」と書くが、それは果たして好ましくない事だろうか?そんなことはない。むしろ今は、より良く生きるための必須の感覚だと信じてやまない。昔の私が自信家に対して良くない印象を持っていたのは、自信と傲慢を混同させていたからだった。それに気づいた時から自信を抵抗なく身にまとえるようになった。

 一流のアスリート等のインタビューを見ていると、強固な自信を持ちながらも謙虚な態度を取っており、自信と謙虚さは一揃いだというのが伺える。しっかり努力した上で現状の自己を認めるのが自信であり、これからの課題に真摯に向き合う姿勢が謙虚であるといえる。そのような心持ちの人はとても清々しく見えるし、そうありたいと常々思う。対して、根拠のない自信は傲慢となり、妥協の為に自分を下げる姿勢は卑屈となる。傲慢と卑屈も一揃いで、私はこの性質の人に良い印象を持ったことがない。

 若い創作家は未熟さゆえに、他人に作品を見せる際には委縮しがちである。私の若い頃もそうだった。現在の私は仕事柄、作品を見る専門家でもあるから、それなりに目が肥えている自信はある。そんなプロ目線で若者の作品を見ると、未熟さゆえの拙さを感じる所はあるものの、若者らしいみずみずしい感性や将来性は、とても眩しく魅力的だと感じている。なので若者たちは自信を持って、しっかり努力をしながら、堂々と自分を売り込んでほしい。


沖縄タイムス「唐獅子」2023年11月8日掲載

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る