第8話 客観性というスキル
私にとって絵を描くという行為は、他人の感覚を探り知る訓練でもある。自身の好みや感性の赴くままに表現した作品は、いわゆる独りよがりになりやすい。創作活動に「作品の意図を他者に的確に伝えたい」という意志があるならば、客観性を十分に把握せねばならない。他者とひとことで言っても、性別、年代、地域、嗜好等様々であるから、客観性を持った表現を習得するには根気強く模索する必要がある。習得は困難ではあるが、それは「ただ描いただけ」の作品とは違う強い説得力を持つから、作家にとって大きな強みとなるはずである。
趣味で描く分には、どのようなスタンスで描いても良いだろうが、仕事で描くとなると勝手が違ってくる。商業向けならば、どのジャンルか、どのターゲット層か、どんなテイストか等、クライアントからの詳細な発注指示に従って描くのが必須である。つまり「客観性のある表現ができる」という前提で仕事を任されるのだ。
また、創作物はひとたび発信されると、全世界の人から評価される対象になってしまう。だからトラブルの元凶になりうる要素を徹底的に排除した上で、世に出される。人種や身分、信教の差別は無いか、性的または暴力的な表現は適切な範囲か等、注意事項にも沿いながら制作しなければならない。私は以前、北米版のカードゲーム案件でミニスカート姿の少女を描いたら「未成年女子にはタイツを履かせてほしい」という修正指示を受けた。日本では問題なかった表現が海外では問題視されるという事を、この時痛感した。
誰にだって言われたくない事やされたくない事はある。それを知ってさえいればトラブルは避けられる。客観性とは、人間社会をスムーズに泳ぎ回るためのスキルであり、他者への配慮に必要な感覚であるともいえる。私自身、客観性を突き詰めた表現に拘ったり、規定の細かい案件をこなしているうちに、実生活で人と衝突する機会が減り、生きること自体が随分楽になったという実感がある。
時々著名人の言動がひんしゅくを買ったり、広告が批判炎上したりするのは、客観性が今一つ足りていなかったという場合も実際多いのではないだろうか。
若いうちは経験不足から、失言や失態をしてしまう機会もそれなりにあると思う。もしもそれが多いと感じたときは、今一度自身の客観能力を顧みるのも有効だろう。
沖縄タイムス「唐獅子」2023年10月11日掲載
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