第5話 旅行のすすめ
私は上京以来、20か国以上旅行した。スケジュールに融通の効くフリーランスなら格安なオフシーズンを狙えるので、低収入だった時期も頻繁に出かけていた。
旅の目的は主に美術品鑑賞と作画資料収集である。プロを目指すならば、価値のある絵を描かねばならない。だから常々良いもの・価値の高いものをたくさん見て、目を肥やす必要があるというのが私の信条だ。
現地へ行って美術品を鑑賞して、良さが分からないまま帰国したことも多々あった。ただ、蓄積された体験が頭の中で消化された結果なのか、数年後のある日突然良さに気づく場合もある。だから鑑賞した当時に理解できなかったから無駄足だった、というわけではないようだ。
初めての旅先であり、一番影響を受けた国はイタリアだった。彫刻や建造物の傑作を多く遺したミケランジェロ、ベルニーニ両巨匠の、偉大な作品の数々を目の当たりにした時の衝撃たるや。これほど超越的な芸術家がいたのだから、自分自身の才能の有無にくよくよ悩むのは無駄だと悟り、無心に画道を志す気になれたものだ。イタリアへ行かなかったら私は悩み疲れて、画道を諦めていたかもしれない。なお、この初めての旅行はそんな衝撃的な体験はあったものの、緊張しすぎたせいでそれ以外の記憶がさっぱり無い。やむなく5年後、再度イタリアに訪れる羽目になった。
旅行は見方や考え方が変わるような体験ができて良いものだ。だから、なるべく若いうちに行く事をお勧めしたい。旅は基本体力勝負で、普段と異なる食べ物はお腹にたまりがちだ。未舗装の地面は足に負担がかかる上に、ホテルの慣れないベッドで腰を痛める場合もある。ツアーで同行したお年寄りが日に日に衰弱していく姿を何度も見てきた。
ところで私は宮古島市(旧平良市)の久松で育った。小学生の頃、1時間1本のバスに乗って1人きり、家から2キロ先の市街地へ時折出かけた。文具店や本屋へ寄り、おやつを食べて帰るというものだったが、今振り返るとこんなささやかな外出でも、近年の海外旅行よりワクワクしていたような気がする。人は年を取るにつれてときめく気持ちが弱まるものかもしれない。この事も含めて、旅行の目的を思い出づくりだけにするのは勿体ない。将来に向けての糧にするためにも、若いうちにどんどん行ってほしいと思う。
沖縄タイムス「唐獅子」2023年8月30日掲載
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