第4話 美しさと正しさ
私の幼少期は、周りからまともに見られる為に、どう振る舞えば良いかという課題を抱えて生きていた。家族とあまり対話をしなかったので、年齢相応の自己形成に自信が持てなかったのだろう。まともな感覚があれば適切な言動ができると考え至り、整った美しい絵を描くことでその感覚を育てていった。振る舞いをしくじったら、描きながら反省した。私にとって絵を描くことは、趣味というよりも実社会でうまく立ち回るための、生きる手段であった。
絵を描いていて、美しさと正しさは密接な関わりがあるといつも思う。歪みのない正円、まっすぐな直線、シンメトリーや放射状、黄金比…人間は自然の中から数学的に理にかなった美の法則を見出だしてきた。地球上のすべての種は、厳しい生存競争を生き抜くために無駄なく洗練されたデザインをしている。野生生物はそのままの姿で十分に美しく感じられるし、人間以外の動物でも、見た目がより綺麗な個体を繁殖相手として選ぶ種も少なくない。
美しさというのは正しさである。正しさは良さでもある。
美しさが分かるということは、正しい(良い)選択ができるということでもある。美は衣食住とは違い、つとめて摂取しなくても生きられる要素である。しかし人を良い生き方に導く非常に強い力がある。
人間社会を生きる以上、他人と関わらないといけない。関わるならば良好な人間関係を築いた方が望ましい。何者かに苛まれたり脅かされる人生は誰だって嫌だろうし、良い生き方とは言えないはずだ。
良い人生を送るには、まず自身が人としての美意識を持つことが大切だと私は思う。美しい心がけや言葉遣い、行儀を重んじていると、自然と良い縁に恵まれる。良い縁は良い仕事にもつながるから、環境面や経済面で煩わされることも減ってくる。
逆に、醜い心がけで汚い言葉を使っていると、まともな感覚が欠落し、人間関係や社会生活も相応のものになってくるだろう。またそのような人が身近にいたら、極力避けるべきである。人が皆、年齢相応に成熟していくとは限らない。人付き合いの重要な目安として、若者たちには伝えたい。
美は色んな形で存在するし、誰にだって平等に享受できる。私は美しい物を作ったり愛でたりすることで、随分救われてきた。心の栄養として楽しむためだけでなく、より良い人生を選び取る手段としても嗜んでほしいと、加えて伝えておきたい。
沖縄タイムス「唐獅子」2023年8月16日掲載
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