幽霊の少女と線香花火

入江 涼子

  俺は昔から、霊感があった。


 そのせいでよく道路端にいる幽霊が見えて心臓に悪い思いをしたものだ。まあ、小3の頃の話だが。それ以降はさすがに慣れて驚かなくなった。

 さて、今は俺も中年になり早くも36歳になっている。3年前にバイト先の飲食店が閉店し、職を無くした。それ以来、プー太郎の生活だ。仕方ないから、20歳の時から貯めていた貯金を切り崩しながら何とかしのいでいる。

 そんな俺が暮らしているのは家賃が1カ月で1万円の安アパートだ。ちなみに、1階に面した1LDKの部屋だった。風呂場や洗面所にトイレも付いている。てまあ、私事はこれくらいにしておく。では、俺の部屋は何故に安いのか?

 いわゆる問題物件だからとだけは言っておこう。


 そう、この部屋には幽霊がいるのだ!しかも、まだ若い美少女のだが。俺にしてみたら、幽霊とはいえどぴっちぴちの美人な女の子(古いだろ)が同居しているからウハウハではある。

 今日も今日とて、幽霊もとい壱葉いちばちゃんが話しかけてきた。


『柊真さん、今日は夕飯は何にするん?』


「……今日はカップ麺だよ」


『ええー、たまには自炊せえへんの?』


「うっさい、俺はインスタントが好きなんだよ。自炊なんか、かったりーことができるか!」


『……早死したって知らんからな、あたしは』


 軽口を叩きあう。壱葉ちゃんは関西弁を使う美少女だ。確か、以前に聞いたら。元の出身地が奈良だとか言っていたか。橿原市の生まれだとも聞いた。

 背中の真ん中まで伸ばした真っ直ぐな黒髪を後ろで束ねて、淡い藍色の半袖のワンピース姿をしている。顔立ちは涼しげな凛とした感じでかなり綺麗な子だ。スタイルも良くてスラリとしている。肌は日に焼けていなくて白い。元は死人だから当たり前か。


『柊真さん、今は夏やろ?』


「……ああ、そうだな」


『あたしな、1つやりたいことがあんねん。訊いてもらえへんかな?』


「内容によるが、言ってみろよ」


『……うん、花火を見たいんよ。打ち上げ花火でも何でもええんやけど』


 俺は意外な彼女の言葉に目を開いた。カップ麺を啜っていたのが一時的に止まる。 


「花火か、確かにもうそんな季節だな。わかった、打ち上げ花火はまだやってないだろうから。線香花火とかでもいいか?」


『うん、ええよ。やった、楽しみやわ〜』


「すまねえな、もっと豪華なのにしてやりてえんだけど」


『あたしは気にせえへんよ、線香花火も綺麗やんか』


「ま、それもそうだな」


 俺は頷いてから、食べるのを再開する。壱葉ちゃんはほくほく顔で嬉しそうにしていた。


 翌日、スーパーに行った。もちろん、線香花火を買うためだ。ついでに食料の調達もしておく。壱葉ちゃんに言われたように、自炊も兼ねてだが。早死にはやはり嫌だと思ったのもある。

 入口からカートや買い物カゴを取りながら、中に入った。各コーナーを見て回り、目当ての線香花火のパッケージをカゴに放り込む。食料品やスポーツドリンク、缶ビールなども入れた。


「……これくらいか、ちょっと買い過ぎたかな」


 独りごちながらもレジに向かう。精算を済ませて、台の上にカゴを置く。同じく買ったナイロン袋に商品を詰め込んだ。気がついたら、大きめサイズが3袋分になっていた。よしっと気合いを入れてカゴを回収置き場へと置いたら、スーパーを出たのだった。


 地味にナイロン袋は重たい。腕にじわじわと来る。それでも、テクテクと帰路を目指す。十分後にやっとアパートにたどり着く。ドアの前に一旦、ナイロン袋を仮置した。肩からさげていたショルダーバッグから、鍵を取り出す。ドアノブに差し込み、右向きに回した。カチャリと鳴り、鍵が開く。ドアも開けた。再び、ナイロン袋を持って中に入る。


「たっだいま〜」


『おかえり、柊真さん!』


 1人だから本来は返事がないはずだが。壱葉ちゃんが声を掛けてくる。サンダルを脱いでナイロン袋を持ち、冷蔵庫の前に降ろす。ドアを閉めに玄関に向かった。


『あ、これ。線香花火?』


「……ああ、壱葉ちゃんが昨日に言っていただろ。買ってきたんだ」


『わざわざ、ごめんな。あたしが頼んだばっかりに』


 そう言って壱葉ちゃんはへニョリと眉を下げた。ちょっと、哀しげな表情だ。


「んな顔すんなよ、夕飯を食ったら。ちょっと、外に出るか」


『……うん!』


 気を取り直すように言ったら、壱葉ちゃんはにっこりと笑った。


 買ってきた商品を冷蔵庫や棚などにしまい込む。一通り終わったら、軽く夕飯作りだ。炊飯器で米を炊き、お味噌汁を作る。おかずは安売りしていた豚ロース薄切り肉で生姜焼きにした。キャベツも千切りにして、お皿に盛りつける。お茶碗にご飯、お椀にお味噌汁ときたら。テーブルに持っていく。お箸や缶ビールもだ。全部を置いたら、夕飯を食べ始めた。


「いっただきま~す!」


 ガツガツとありつく。うん、久しぶりにちゃんとした食事だ!やはり、美味いな!舌鼓を打ちながら、平らげた。


 夕飯が終わったら、軽く食器洗いを済ませる。食器類をフキンで拭いてカゴの中に入れながら、壱葉ちゃんに話し掛けた。


「んじゃ、後で。花火を始めるぞ」


『ほんまに?!』


「ああ、約束したからな」


 頷くと、壱葉ちゃんは嬉しそうにはしゃぐ。こうして見たら、幽霊っぽくないんだよな。まあ、本人も悪霊ではなくて浮遊霊みたいなもんだと言っていたし。

 食器を全部拭き終えた。俺はテーブルの上にあった線香花火のパッケージを取りに行った。


 アパートを出て、近場の公園に向かう。あそこはロケット花火などでなかったら、基本的に自由にしていい。線香花火であっても水の入ったバケツを持って行き、後片付けもちゃんとしていたら文句も言われないだろうな。そう壱葉ちゃんにも説明してから、夜道を懐中電灯で照らしながら歩く。壱葉ちゃんがフヨフヨと浮きながら、付いてくる。無言でいたら、いつの間にかたどり着いていた。

 俺は適当な場所を探す。公園の奥まった所でしゃがみ込み、パッケージから一本の線香花火を取り出した。ライターをポケットから出してカチカチッと火を先端につける。

 パチパチッと小さな火花が散り始めた。


『……あ、綺麗やね!』


「……そうだな」


 しばらくは弾ける火花を見つめた。

 パチパチとなっていた火玉が不意に地面にポトリと落ちていく。そのまま、消えて終わってしまう。あっけないなと思った。


『終わってもたね』


「ああ、2本目もつけるか?」


『ええよ、もったいないから』


 少し寂しげに壱葉ちゃんは笑いながら、ゆるゆると首を横に振った。さあと雲が風に流されて晴れてくる。月が顔を出す。それに照らされた壱葉ちゃんは、何故か普段より透き通るような姿になっていた。


『……あ、もう。タイムリミットやね』


「壱葉ちゃん?!」


『ごめんな、柊真さん。今まで色々とほんまにありがとう。一緒に過ごせて楽しかったわあ』


 壱葉ちゃんはふんわりとした笑顔で段々と空気に透けていく。俺は気がついたら、彼女に駆け寄っていた。手に持っていたものはかなぐり捨てていた。


「……壱葉ちゃん、成仏しちまうのか?」


『うん、そうなるみたいやね』


「俺も楽しかったよ、壱葉ちゃん。ありがとうな、さようなら」


 そう言って俺は手を差し出した。壱葉ちゃんは意味がわかったらしく、同じようにしてくれる。透けているはずの彼女の手が俺のに乗った。意外と柔らかくてほっそりとした手だ。けど、ひんやり冷たくて。俺は堪らなくなってキュッと握りしめる。


『……柊真さん、ほんまにさよならや。何度も言うけどな、ありがとう』


「ああ、またな」


『うん!』


 壱葉ちゃんの瞳から涙が滴り落ちた。それは月光に照らされてキラキラと光る。儚げで目を奪われる光景だ。泣き笑いの表情で彼女は天に舞い上がった。そのまま、すうと空気に溶けて完全に消えてしまう。俺は無言で壱葉ちゃんがいた辺りを見上げながら、ため息をついた。


 その後、後片付けを丁寧に済ませて帰路に着いた。両手には余った線香花火のパッケージと水の入ったバケツがある。ポチャポチャとバケツの中の水が揺れる音を立てながら歩く。


「……今頃はあの世で花火でも楽しんでいるかな?」


 そう、独り言を呟いた。月明かりに照らされながらも俺は清々しい気持ちだった。また、壱葉ちゃんに会える日が来るかな。そう思ったら、口角が上がった。ような気がしたが。

 俺は煌々と照る満月を見上げたのだった。


 ――The End――




 

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幽霊の少女と線香花火 入江 涼子 @irie05

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