第7話 死にゆく少女の願い

「(んっ......眩しい)」

カーテンから光が差す。窓の外からは、ちゅんと鳥のさえずりが聞こてくる。

ベッドの中に入ったまま、私は目を開く。久々にあの日の夢を見た。あれは何年前になるだろうか。

サンドラが悪魔のような少女から、私を庇ってくれたあの日。その日を境にサンドラは、私に付きっきりなった。たしかに元々仲は悪くなかった。しかし今ほど常に一緒にいるようなことは無かったのだ。あの姉妹は付き合っているのでは無いか、そんな噂をされるまでになったきっかけは、間違いなくあの事件である。

「(もっと自分がしたいこともあっただろうに。)」

しっかり者のジェシカと甘えん坊のサンドラ。周囲のみんなは口を揃えて言う。友人や先生、ひいては親戚や家族まで。でも......

「(甘えさせて貰っているのは、私の方なんだよね。)」

大好きだと伝えてくれる姉。いつも隣に居てくれる姉。そんなサンドラに守られて、私は伸び伸びとやりたい事が出来ているのだ。この子が居なければ、私は勉強も何も出来ない。恐怖に1人で立ち向かうことも出来ない。

......脳裏にあの時の光景がまた浮かぶ。未だに思い出すのだ。自分に椅子が投げつけられるときの恐怖と、庇ってくれた姉の頼もしさを......

「ジェシカ、学校行くよー!」

そんな私の思考を遮るかのように、姉の声が聞こえてくる。この子が私より早く起きるのはかなり珍しい。何やら声も明るく感じる。それもそのはず、今日は学年中のみんなが楽しみにしている、あの日なのだから。


「私たちどんな役職貰えるかなー!」

サンドラが私に話しかけてくる。時刻は8:07、いつもより少し遅く家を出た私たちは、今日も揃って学校へと歩いている。ちなみに私は、貰える役職にあまり興味がない。

「(そんなことより....)」

私は今朝の考え事の続きをしていた。サンドラはそんな私の顔を、少し心配そうに覗く。

私はサンドラに守られて、伸び伸びと好きなことができている。しかしサンドラはどうなのだろうか。いつも私の為に一緒に行動して、私のしたいことに付き合ってくれる。私が甘えっぱなしでも許してくれる。

でもそれって......

「(サンドラは幸せになれないんじゃ....)」

「ジェシカ!ちょっと時間やばいかも、走ろ!」

急に姉に手を引っ張られる。しまった。今日は時間ギリギリなんだった。走りながらもあの事について考える。もしかしたら今日、その答えが分かるかもしれない。


「2人は本当に仲良しだよね!」

そう声を掛けてくれたのは、クラスメイトのソフィアさん。比較的大人しめの女の子だ。

「(すりすり)」

そして私のお腹に抱きついて来る。ここはバスの上、なぜなら今日は遠足なのだ。しかし車内は昨日頂いた役職の話で持ちきりだった。そうは言っても開示しているのは1部の子だけである。一般的にあまり自分の役職を話すのは良くないとされているらしい。あまり理由は分からないけど、危険があるとかないとか。先生もあまり詳しくは説明してくれなかった。

「(しかしなぁ....)」

私は膝の上のサンドラを眺めながら、自分の役職のことを考える。

「("殉教者"ってどういう事だろう。)」

自分の願いの為に、命を犠牲にすることになるかもしれない。神父様は確かにそう言っていた。意味がわからない。

「(命を捨てるほどの願いってなんだろう。)」

一番に思い浮かぶのは、一昨日の夜に見たあの夢の事だった。トラウマが払拭できるのは、確かにいい事かもしれない。或いはサンドラの事だろうか。彼女が幸せになってくれることは、私の願いと言えるだろう。

バスはそろそろ目的地に到着する。


隣でサンドラが怖がって震えている。こんな様子の姉は意外と珍しいかもしれない。この子が連れてきたくせにね。そう考えて少し笑みが零れる。

とは言え、姉が怖がるのも無理もない。なぜならこのアトラクションでは、直径40 cmくらいの大きさの石が、何個も襲いかかってくるのだ。あくまで遊具だから、ぶつかる事はない。そんな事はサンドラも分かっているはずだ。しかしこれは.....

「(さすがにサンドラでも怖いか、当たったら死ぬもん。)」


その時突然、警報が鳴り響いた。どうやら地震が起きたらしい。しかし何故だろうか、この宇宙船を模した乗り物は止まってくれない。故障でもしているのだろうか。

(ぷるぷる)

隣で震えるサンドラの手を握りながらにして、私はやけに冷静だった。なんだかこれから死ぬ事が分かる気がするのだ。

「(思ったより早かったな。)」

サンドラと繋いだ右手に力が入る。しかし神父様は言った。私は自身の望みの為に死ぬと....


その時サンドラが急に覆いかぶさってきた。まるで私を庇うかのように。

見ると1つの石が、物凄い勢いで私の方向へ向かってきている。このままだと姉が死んでしまう。

そして一昨日も見たあの夢の記憶が蘇る。あの日私に襲いかかった椅子と、目の前のそれが重なるようだった。

あの時私を庇ってくれたサンドラ。そしてその日以来、サンドラに守られて生きてきた私。もし今日もサンドラに守られてしまったら、私はいつまでも弱いままだ。


そんなのは......絶対に嫌だ!!


衝撃の直前、私は大好きな姉を、渾身の力で振り払う。姉が床に倒れ込む。しかし自身が逃げるには遅かった。お腹や胸が、鈍い痛みに襲われる。

「(あ、死ぬわこれ。)」

なんだか感覚でわかってしまった。痛くて痛くて仕方ない。今すぐにでも意識が飛びそうだ。

でも......

「(後悔は......ない。)」

ずっと守られて生きてきた。サンドラの庇護の元、好きなことが出来ていただけだった。しかし、最後の最後に私は、

「(自立.....出来たのかな。)」

私は確かにあの日のトラウマに打ち勝ったのだ。


「(思い残すことは....無いな)」

消えゆく意識の中で考える。

「(いやいや、一つだけあるじゃん。)」

それは大好きな姉のこと。私が死んだことについて、彼女はどう考えるだろうか。そしてこれからどのようにして生きていくのだろうか。サンドラには是が非でも、私がいなくても幸せになって欲しいのだ。

「(心配だなぁ。)」

それだけが心残りだ。せめてもう一度、サンドラと会話できたらいいのに。まぁ余程の奇跡でも起きない限り無理なんだけどさ。

幽霊になってからでもサンドラと話せるだなんて、そんな奇跡起きないよね。

あはは。




遊園地編 おわり。

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