落日の縁側にて、真実を僕は知る。

シンカー・ワン

秘密

が逝って一年が過ぎた。オメも十五で昔なら大人だ。じゃけぇ、もう話してもええと思う」

 母の一回忌を終えた後、大事な話があるからと祖母に呼び止められ、仏間にふたりきりになった途端、こう切り出された。

「オメはの子やない。オメの本当のかかは――」

 続く祖母の言葉は、僕にとって人生がひっくり返るようなものだった。


 祖母の長い話を聞き終えた僕は、足元のおぼつかないままフラフラと家の中を進み、傾いた西日の差し込む縁側へ。

 そこには先客がいた。

 一回り以上年の離れた、僕の姉。

 何をするということもなく、縁側に腰を下ろしている姉を目にして、僕の足が止まる。

「ばぁちゃんの話、終わったん?」

 僕の気配を察したのか、背を向けたまま声をかけられる。

 何も答えられないまま僕はのそのそと歩き、姉の隣に腰掛けた。

「なに聞いたん?」

 顔を前に向けたまま尋ねる姉。

「……全部」

 僕は姉の方を見ないで答える。

「そっかぁ……。驚いた?」

 祖母が僕に何を告げたのかを、わかっていたような姉の口調。

「――ん」

 腕を後ろにやって支えて背をそらし、空を仰ぐようにしている姉と、背を丸め、庭先の地面を見つめている僕。

「ねぇちゃん」

 意を決して訊く。

「ん?」 

「本当なん?」

「――ばぁちゃんはどげにゆうた?」

 僕の問いを問いで返してきた姉へ、僕は祖母から聞いたことのあらましを伝える。

「……そっか、ばぁちゃん、そげにゆぅたかぁ」

 僕の話を聞いた姉は、何かこそばゆいような感じでそう言うと、

「本当や。――あんた産んだんはや」

 僕にとって、嘘であってほしかった話を肯定した。


 祖母の話によると、姉がまだ小さいころに父親が事故死し、しばらくは祖父母と母、姉の四人家族だったが、姉が中学に上がる前に今度は祖父が病気で亡くなった。

 小規模だが農業を営んでいる我が家、男手が必要になったこともあり、伝手を頼って紹介してもらった同年代の男と母は再婚する。

 やって来た新しい父親はなかなかの働き者で、すぐに我が家に馴染んだという。

 けど、数年後に本性を現し、まだ中学生だった姉に手を出したそうだ。

 関係はバレることなく半年以上続いていたが、姉の体調の変化に気が付いた祖母に責め立てられ離婚届に判を押した後、継父は逃げ出してそれっきり。

 姉の体調変化。すなわち妊娠はわかった時にはもう処置できる時期を過ぎており、数か月ののち姉は僕を産む。

 継父と母の子として僕は育てられ、現在に至っている。


「……うちがバカじゃったんよ。うちが我慢しとれば、うちん中はうまくいくと思うとった」

 空を見上げたまま、姉が言う。

「そんなこと、ありゃあせんのに。黙っとって、全部めちゃくちゃになってしもうて」

 自虐的だけど、湿ったところのない声音が庭に溶けていく。

「今になって、あんたを困らせとる。――本当ごめんなぁ」

 僕の方に向けて声が飛ぶ。

 顔をあげないまま僕は聞きながら、

「……僕んこと産んで、後悔しとる?」

 大好きな姉に、自分の存在を否定されるかもと、恐る恐る尋ねる。

 高校へもいかず家業を継ぎ、浮いた噂ひとつなく三十路を越えた今まで、姉をこの家に縛り付けていたのは僕という禁忌の存在のせい。

 姉の青春と呼ばれる季節を奪った、僕を憎んでいたっていいはずだ。

 ――なのに。

「そりゃあ、ない」

 僕の葛藤をあざ笑うかのように、姉は快活な口調で即答した。

「出来てしもうた道筋はええことじゃなかったろうけど、あんた産んだこと、うちはちーっとも後悔なんかしとらんよ?」

 かけられた言葉に僕は初めて顔を上げ、姉の顔を見た。

 姉は、眩しいくらいの笑顔で僕を見つめ、

「ばぁちゃんとかぁちゃんとうちの三人であんた育てんの、ぶち楽しかったわ。日に日にあんたが大きゅうなるんが、嬉しゅうてしょうがなかった」

 楽しげに言う。

 僕の眼に映る、姉の顔が、滲む。

「こんなうちから産まれたのに、ええ子に育ってくれて、ありがとうな」

 言いながら、僕の頭に乗せられた手のひらが、グシグシと雑に撫でてくる。

「うちの子に、生まれてくれてありがと」

 愛しげにかけられたその声に、 

「う、うわぁぁあああんっ」

 堪えきれなくて、僕は大声をあげて泣き出してしまう。

「来年は高校生になるもんが、恥ずかしいのぉ」

 撫でていた手にそっと引き寄せられて、僕は姉の胸に抱きかかえられる。

 暖かい柔らかさに包まれて、僕はそのまま泣き続けた。


 夕陽の射す縁側で、姉の膝枕にまどろみながら尋ねる。

「……これからは、かぁちゃんて、呼んだ方がええ?」

 優しく僕の頭を撫でていた手が一瞬止まり、

「そんなん、あんたの好きにし。うちはどっちでもええよ?」

 笑っているみたいな声音が耳をくすぐり、両の手のひらでそっと顔を包まれる。

「どう呼ばれようがうちはうちじゃけ。あんたが思うようにしんさい」

 僕の視界を塞いで、どんな表情で姉は言ったのか?

「ん、そうする」

 少し残念な気持ちのまま、短く答える僕に、

「ん、そうせぇ」

 同じように短く返す姉、いや母。

 もうすぐ沈むだろう夕陽が、僕たちを照らす。

 庭先にそよぐ風は、いつもと変りなかった。

 たぶん、きっと、これからも変わることはないだろう。

 僕とははの関係が、家族であるのと同じように。

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