十 追いかけっこ

 その後も皆川恭に絡まれる日々は続いた。

 山本悠にも同じようにしつこく絡まれるかと思えば、そちらは、何故か遠巻きにこちらを観察しているようだった。諦めたのだろうか?




 飛鳥は、今朝も眉を顰めながら、自室の扉を開ける。

 そして、談話室を通った途端、かけられる声。

「おはよう飛鳥!」

 飛鳥が顔を上げれば、いつから待っていたのか、皆川恭が立っていた。

「一緒に朝ごはん食べよ?」

 にこやかに笑う彼女に、いっそ嫌悪を超えて呆れてしまう。

 こんなに毎日冷たく突き放しているのに、めげないし、飽きないなんて、そのしつこさを他に向ければいいのに。

 どうやら彼女はその色ゆえ嫌われているらしいが、その勢いで臨めば、少しは違うだろうに。


「食べない。ついてこないで」

 飛鳥は今朝も変わらず冷たくあしらう。

 呆れはしても、それで受け入れるわけではない。

 私に友達なんていらない。大事な人は作らないって、そう決めたから。


 振り返りもせず、早足で歩き出す飛鳥に皆川恭はいつも通りついてきた。

「そんなこと言わずに。今朝のご飯なんだろね?」

 相変わらず朗らかに笑う彼女。

「知らない」

 冷たい声音で、それでも無視はせず、飛鳥は答えた。

 寮の廊下には、同年代の生徒たちが溢れていたが、誰一人として、近寄ってこない。

 たまに見かける上級生も変わらず、二人は遠巻きにされていた。


 食堂に着くと、寮母がカウンターの向こうから、食事を渡してくれる。

 その何か言いたげな目を今日も無視して、端の席に腰かけた。

 当然のように、皆川恭がついてきて、前の席に座るが、これも無視。

 朝食は、鮭のムニエルに、丸パン、コンソメスープだった。

 今日も食事自体は美味しい。あの寮母の美点ではあるだろう。

「やった! 僕これ好きなんだ。美味しいよね」

 目の前で皆川恭が嬉々と笑い、飛鳥は我に返り、冷たい真顔に戻った。

「どうでもいい」


 早く席を離れたい一心で、早々に食べ終えた飛鳥を、焦ったように皆川恭が引き留める。

「ちょ、ちょっと待って飛鳥。僕まだ食べ終わってない。一緒に行こうよ」

「行かない。待たない。ついてこないで」

 

 その後も、似たようなもので、始業から終業までを除き(クラスが違う)、自室に戻るまで、やり取りは続いた。

「また明日ね」

「だから来なくていい。待ってなくていい」

 盛大に眉間に皺を寄せて振り返る飛鳥に、何故だか皆川恭は微笑んでいた。


 しかも、そうして付き纏われるだけでなく、彼女は友達になるのも諦めていないようで、ふとした時に勧誘してくる。

 まあ、毎回冷たく断るのだが。


 毎日の攻勢は粘着質ではないものの、本当に辛抱強いものだった。

 そう、苛立つ飛鳥にめげずに、数ヶ月も続いているほどに。




 ほんっとにしつこい!

 どうして私なんかに構うの?

 意味がわからない。

 いっときの気の迷いと片付けるには、こんなに長期間続くのでは、もはや無理だろう。

 私の何がいいのか、皆川恭は本当に私と友達になりたいらしい。

 納得は出来ないし、彼女の誘いに頷くこともできないけれど、理解はした。

 ・・・どうして、彼女がそうなのかはわからないけれど。

 飛鳥は、苛立ちのまま、ベッドに荒く腰掛ける。


 日々イライラが積もって、ものに当たってしまうことが増えた。

 皆川恭がまとわりつきだした最初の頃にいた「彼女は混血だから近寄らない方がいいよ」とか、「あいつは親にも嫌われてるらしいぜ」とか、要らない忠告をしてくる奴らも、一度あしらってからは、近寄ってこない。

 近頃は特に。

 目に見えて、私が苛立っているからだろう。

 混血だからなんだ。見ればわかるし、だからと言ってどうということもない。

 仮想敵国の血を引いているからなんだというのだ。預言と同じでどうだっていい。

 親に嫌われてる?

 私なんて親の顔を見たこともない。売られたらしいから!


 ・・・はあ、疲れた。

 私はどっと疲労を感じて、そのまま寝台に倒れ込んで眠ってしまった。


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