九 『悠様』
友達になるのは断ったはずなのに、翌日から飛鳥は皆川恭に付き纏われた。
文字通り、「おはよう」から「おやすみ」まで。
そうやって付き纏われるのは嫌になる程面倒なのに、飛鳥は何故だか全くの無視もできないでいた。
それこそが付き纏われる理由だと、途中から察してはいたが、冷たく接することはできるのに、律儀に応えてしまう。
そんな自分にさえ嫌悪感がつもり、飛鳥のイライラは日々増していく。
「ねえ、飛鳥さん。あなたあの売国奴と仲がよろしいの?」
ある日、同級生の集団に話しかけられて、飛鳥は目を瞬いた。
「ばいこくど?」
「スパイのことよ。あの子、みるからに北の血を引いてるでしょ。
先生たちの目は誤魔化せても、私たちは騙されないわ。
庶民のくせして、この由緒ある学園に入ってくるなんて、怪しいったらないわ」
「あの子真っ黒で不気味だろ? いつ呪われないかとヒヤヒヤするよ」
真っ黒。色が黒い生徒といえば、例の皆川恭だけだ。
それにしても、売国奴やスパイとは何のことだろう?
仮想敵国である北国のことは知っているが、それと何のつながりが?
口々に根も歯もない悪口を言う同級生に飛鳥は首を傾げる。
———まあ、どうでもいいか。
飛鳥が可愛らしいあどけない顔をしたのは一瞬で、また冷たい眼差しで周囲を見やる。
「だから、何?」
ひんやりとした飛鳥の声と眼差しに、同級生たちは怯んだようだった。
「なあ、その庶民のくせして怪しいっての俺も含まれるの?」
そんな声が割り入ってくるまで、陰口を叩いていた同級生たちは飛鳥の前で戸惑っていた。
教卓を中心として、すり鉢状に席が並べられた教室。
その上段の席の方から降ってきた声に、飛鳥は緩慢に見上げる。
そこには例の彼女とは対照的に、色の抜けた白銀の髪に赤目の少年が座っていた。
発言からして庶民出身とのことだが、牢獄育ちの飛鳥や、例の彼女とは段違いに所作に気品がある。
平民育ち? 本当に?
そんな疑問が口をついて出そうになったが、一寸思案して、代わりに今の発言に乗っかって、絡んできた彼らを皮肉ることにした。
陰でこそこそ言う彼らの態度が、研究員たちに重なって不快だったから。
「そうだね。ろくな育ちでもない私も君らの言う怪しいやつなのかな?」
「そ、そんなつもりじゃ。
国に保護された飛鳥さんや、どこかの落胤だろう悠様と、あの子は違いますわ」
焦ったように言い繕う集団の真ん中の少女。
それに『悠様』と呼ばれた少年は、ため息をついた。
「身元がしっかりしてないのは、同じだろ。なら、俺や玖珂さんばかり特別扱いしないでほしい。仮想敵国だからって、今は戦争も起きてない同盟国だ。長年争ってきたから、切り替えは難しいかもしれないけど、そう言う差別が戦争を生むんじゃないか?」
『悠様』の厳しい意見に、貴族の子女らしい少女たちは息を呑んだ。
「き、気をつけますわ・・・」
意気消沈した彼女らが去った後、教室には、『悠様』と飛鳥だけが残された。
飛鳥も教室を出ようとしたところで、彼から制止の声がかかった。
ゆっくりと『悠様』が、階段を降りてきて、飛鳥の前に立ち、手を差し伸べてくる。
「話すのは初めてだな。改めて、俺は山本悠。よろしく。俺ら仲良くできると思うんだ」
「玖珂飛鳥。よろしくはしない」
冷たい声で、飛鳥はそれだけ言うと、差し伸べられた手を無視して、教室を去った。
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