七 温かい食事

 改めて、部屋を見回す。

 私が察せられる限りでは、妙なものはなかった。

 窓が一つに、そばにベッド。

 壁際に置かれた机と椅子。

 服の納められた背の高い棚。

 扉のうち片方は、浴室につながる扉だった。

 湯船の横に便器があったのには、驚いた。

 小さめの部屋だけれど、あの牢より清潔で、寝起きする分には問題ない。

 気に入ったとは言いたくないけれど、牢より格段にマシである。


 これが普通の子が暮らす部屋。

 飛鳥と名付けられた少女は、荒くベッドに腰掛ける。

 新しい私の部屋。

 前までの私なら喜んだのかもしれない。預言とやらを知る前の私なら。

 望んでいた、実験のない暮らしまで与えられて。

 想像もできなかった夢のような生活。

 随分と自由になるだろう暮らし。


 でも、今の飛鳥の心は明るくならなかった。

 これは私が決められた最期をちゃんと受け入れられるようにするための新しい箱庭だ。

 前より広いだけで、檻には変わりない。


 ・・・なんて皮肉なんだろう。

 死因が決まっていることを知ってから、少しの自由を許される、なんて。

 こんな国を守って、死ぬなんて嫌だ。

 恨みつらみは数あれど、恩なんてない。

 あっても、もう返しているはずだろう。


 でも、暴れて逃げたとして、どうなるというのだろう。

 堂々巡りの諦めが胸に巣食う。


 それでも———私は奴らの思惑通りにはならない。

 飛鳥は、そう何度目かの決心をする。

 誰も大切な人なんて作らない。

 絆されたりなんかしない。

 こんな国滅んでしまえ、とずっと恨み続けてやる。


 そうして、もし本当に私が必要な時が来たら、全力で拒んでやるのだ。

 奴らの絶望する顔を想像して、ようやく飛鳥はほんの少し笑んだ。






 翌朝、ベッドの横の窓からの光で、空が白み始めたあたりで目覚めた。

 昨夜夕食を恐々と持ってきた寮母の説明で、今朝までは食事が部屋に運ばれてくるのは知っている。

 研究所にいたときは、日に一度だったから驚いたが、普通は日に三度食事するらしい。

 幸い軽く顔を顰めただけで済み、隠し通せたが、今後も度々こういう生活の違いがあるだろう。

 服だってそうだ。

 前まではいつもワンピース一枚だったけれど、服の納められていた棚から察するに、人間は状況によって服装を変えるものらしい。


 ちなみに向こうは、私が知らないことには気づいていないらしい。

「制服はそこのクローゼットに入っています。普段着も支給されたものがあります。文句は受け付けませんよ。

 食事は明日の朝までは運んできますが、昼食からは食堂に行くように。

 周囲の子の様子を見れば、場所はわかるでしょう」

 なんて、言っていた。


 なんて不親切なんだろう。

 丁寧に教えられても腹が立つけれど。

 私がモノを知らないのは、私のせいじゃないのだから。



 制服を四苦八苦しながら、なんとか着て待っていれば、寮母が朝食を運んできた。

「おはようございます。ちゃんと起きれたようで、よかったです。今後もそのようにしてくださいね。

 食堂は時間が決められていますから、毎朝このくらいの時間に行くように。

 でないと、朝食はありません」

 食事の載ったトレーを机に置きながら、女は急かされたように喋った。

 眉根を寄せた飛鳥の渋面に負けぬ煩さだ。


「ああ! それから、」

 いきなり寮母が振り返って、飛鳥は思わず肩を揺らす。

 びっくりした。


「挨拶をされたら、挨拶を返しなさい。

 おはようございます」

「・・・おはようございます?」

 思いがけないことを言われ、つい意味もわからず飛鳥は繰り返す。

「はい。おはようございます」


 喋らせなかったのは、そちらなのに。

 にっこり笑みが返ってきて、毒気が抜かれる。


「じゃあ、食べたら、ちゃんと学校へ行くのですよ」

 そう言って、寮母は慌ただしく出ていった。

 その背をなんとなく見送る。

 どうでもいいけど、私を怖がっていたのに、随分とまあ態度が違うことだ。

 まさか、恐怖を忘れて・・・? ———まあ、いいか。


 飛鳥は大人しく椅子に座り、朝食を摂る。

 美味しい。

 スープは温かくて、パンは柔らかかった。


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