二 緊急会議
美綴はいつも通り、扉から二番目に近い下座に座った。
隣には、後輩の春日と、額に大袈裟に包帯を巻いた綾瀬が座っている。
もう直ぐ緊急報告会が始まる。
噂では、”災禍”が暴れ出したとか、脱走を企てたとか色々言われているが、それはガセだろう。
それこそこの程度の騒ぎに収まらないはずだから。
「なあ、綾瀬。それ例のあの子にやられたって本当なのか?」
美綴は隣の綾瀬に問うが、綾瀬は常ならぬ様子で、むっつりと黙り込んでいる。いつものように苛立っていると言うよりは、落ち込んでいるように見えた。
「皆、集まりましたね。それでは、会議を始めます。この研究所始まって以来の由々しき事態が起こりました。綾瀬、報告を」
「はい」
綾瀬は相変わらず浮かない顔だ。
普段から仏頂面なやつではあるが、ここまで暗い顔は見たことがない。
以前に”災禍”が迷子になっていた時だって、彼女を唯一恐れずに立ち向かったのに。
いささか意地の悪い態度だったが、綾瀬とて怖くないわけがないのだ。許容範囲だろう。
「すでに噂で聞いた方もいるかもしれませんが、昨夜、”災禍”が国を呪いました。こんな国滅んでしまえ、と」
ざわりと空気が揺れた。
二十人ほどの研究員皆が動揺しているのが、手に取るようにわかる。
「何故そのようなことが?」
険しい顔をした研究員が原因を問う。
「それは・・・」
綾瀬が一瞬言い淀んだ。言葉に迷っているのか、言いづらいのか。
「俺・・・いえ、私が、預言のことに触れた途端のことでしたから、それが気に障ったんだとは思います」
「預言? 今更か?」
「預言の一体何に怒ったんだ?」
口々に疑問を口にする皆に、綾瀬は重ねて言う。
「”災禍”は今まで預言のことを聞いたことがない様子で、今回初めて、自身が預言の魔女であると知ったようでした」
「つまり?」
「つまり・・・彼女は、自身の運命を嫌がったのではないかと」
「だったら、君は余計なことを言ってしまったってわけか」
重いため息と共に誰かがつぶやく。つい美綴は同期の綾瀬を庇いたてた。
「しかし、禁止されていたわけではないでしょう? たまたま今まで誰も告げなかったからと言って、そうしてしまった綾瀬を責めるのは・・・」
「そうは言っても、これは仕方ないで済まされる事態じゃないんだぞ。やはり何かしらの責任をとってもらおうじゃないか」
あまりの理不尽さに美綴は立ち上がりかける。それを当の綾瀬が制して、似合わぬ暗い顔でこう言った。
「責任は取りましょう。私の首で足りるのでしたらね。そんなことより、我々は自覚すべきだ。彼女にしてきたことは、それだけのことだと」
「綾瀬?」
美綴は、首を傾げた。
何を言ってるんだ、綾瀬は。災禍への検査は上からの、国からの指示じゃないか。まるで後悔してるように言うなんて、国王陛下に不敬だ。
実際綾瀬に降ったのは、嘲笑だった。
「君は何を言ってるんだ」
「まさか後悔しているとは言わないだろう? 彼女の力は有用だ。恐ろしくはあるが利用しない手はない。第一君が一番彼女に対して、酷い態度だったじゃないか」
「”災禍”なんて、所詮獣と同じ。猛獣ではあるから、扱いには注意が必要だが、罪悪感なんて持たなくていいさ」
慰めるように言う先輩のセリフに、ところが綾瀬は顔色を変えた。眉を吊り上げて、今までになく怒っているようだった。
「”災禍”は、あいつは人間だ!」
怒鳴る綾瀬の声が会議室に響く。
「綾瀬、落ち着きなさい」
所長の冷たい声が綾瀬を制止するが、彼は止まらなかった。
「落ち着いてますよ。これ以上なくね。
あいつは人間だ。まだ幼い少女で、預言の魔女でさえなければ、能力を持って産まれなければ、普通に暮らせるおとなしいやつだ。
確かにあいつを怖がる奴は多いし、俺も正直恐ろしい。いくら虚勢を張ったって、怖くないわけがない。
でも、それでも人間だ。決して実験動物や猛獣なんかじゃない。
あいつにだって、感情があって、俺らのことを嫌いになるのも怖くなるのも、俺らが今まであいつにしてきたことを思えば、全く不思議なんかじゃない。
あいつは人間なんだ。
人間なんだよ・・・」
綾瀬はもはや涙ぐんでいた。感情的になりすぎている。
”災禍”が人間。あの恐ろしい超常的な存在が、綾瀬には人間に思えるのか。ある意味羨ましくもある。
綾瀬は態度こそ乱暴だが、やっぱり優しいやつだ。
どうやら”災禍”に同情しているらしい。
「あの子が人間ねえ・・・」
怒りに声を荒げる綾瀬に対して、やけに冷めた声が上がる。
白けた雰囲気で、皆冷静に綾瀬を眺めていた。
「綾瀬、報告は以上ですね? 座りなさい」
所長の凛とした声が、場を仕切り始める。
綾瀬は一瞬悔しそうな顔をして、乱暴に席についた。そのままむっつりと黙り込んで、会議に意欲的で無い態度を見せる。
所長は彼の態度を意に介さず続けた。
「さて、綾瀬への処罰は後で良いでしょう。それより我々は、”災禍”がどうすれば国のために動いてくれるのか考えなければ」
「抑制装置の効果を一部手動にして、痛みでいうことを聞かせるのはどうでしょう?」
「それはいい案かもしれないわ。少なくとも今まであの子は痛みに従ってきたのだから、やってみる価値はあると思います」
先輩の一人が口にした案に、また別の先輩が同意する。
「他の案はどうです? 最終的な判断は上の方にしてもらいますが、意見は多い方が良いでしょう」
「食事の制限はすでにやっているんですよね?」
所長の促しに誰かから上がった声。
食事の管理担当のものが答える。
「ええ、今まで通りよ。反抗し始めたと聞き、昨夜から抜いてみましたが、彼女は意に介した様子を見せません。元から予想の上での反抗でしょう。見向きもしませんでした」
「それは・・・まずいな」
「何がです?」
「いや。このまま彼女が食事に見向きもしないで、反抗を続けた場合、彼女は確実に弱っていく。最悪死んでしまう。そうなったら困るのは僕らだ」
とある先輩の思わぬ指摘にシンと会議室が静まり返る。
「それは確かに」
「預言の通りに、”災禍”は生まれた。なら災厄も起こる。まるで彼女が連れてきたように。なら、彼女に解決してもらわないと困りますよね」
「預言の正しさは証明された。なら、解決してもらわないと、どんな大事になるか、だな」
「食事の制限を取りやめるべきだ」
「そうですよ」
口々に騒ぎ立てる同僚に、食事係が所長を窺う。
所長が頷いたのを見て、食事係の彼女も安堵していた。
美綴は、隣の綾瀬が膝の上で拳を強く握り込んだのが見えた。
大した案も出ずに会議は終わった。
終了後も、部屋を出ていくものは少なく、大半のものがダラダラと会議室に居座っている。
皆途方に暮れて、不安がっている。
今日限りはお咎めなしなのだろう。所長はこちらに声をかけることなく、退室していった。
きっと伝令官に渡す意見書を作成されるのだろうな。
ことが起こってから、昨日の今日だというのに、施設はすでに陰鬱な雰囲気が漂い始めていた。
普段から身なりに気を使うものは多くないというのに、皆隈を目の下に飼い、櫛を通す余裕すらないのかボサボサ髪のものもいた。
ただ一心に、頭を悩ませ解決を願っていたのだ。
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