作者・朔 キンコーズ・ツクル賞:『硝子の中の物語』の感想

硝子の中の物語

作者 朔

https://kakuyomu.jp/works/1177354054890782708


 物語を創って販売する物語屋のレイカは、自身の作った物語の少年に肩入れし、いじめられている彼を助けようと物語世界へ入り、終わりの来ない緑の物語の世界へと送り出す話。


 SF要素がありそうなファンタジー。

 宇宙を作り星々で生活する生物を観察するE・ハミルトンのSF小説『フェッセンデンの宇宙』を、ふと思い出した。

 作者は作品の親である。つまり作品は作者の子供である。

 生みの親だからこそ、簡単に見捨てず、子供の窮地を救おうとしたのだ。


 三人称、少年視点と神視点の文体。人物描写がなされ、現在過去未来の順番で書かれている。主人公が物語世界に入る、入れ子状態の構造になっている。

 

 それぞれの人物の思いを知りながら結ばれない状況にもどかしさを感じることで共感するタイプと、女性神話中心軌道にそって書かれている。

 外の世界で物語を創っては販売する物語屋を経営していたレイカはあるとき、自身が創り出した物語の登場人物にひどく肩入れしてしまう。その少年はとても素直で純粋、本を読むことが好きで読者に愛されるような子なのに、瞳の色が違うだけで周囲に受け入れられず、両親とも上手くいっていなかった。感動する作品にするために設定したのだけれども、少年を助けてくれるよう配置しておいた子たちが少年に悪口を言うようになってしまい、助けるために物語の世界へ入り、物語の中でも物語屋を営むことになる。

 イギリス人の父を持ち英語が話せる主人公の少年〇△は、小さいころから物語が好きでよく本を読んでいた。中学に上がってから、目の色が違うという理由でいじめられる。

 学校を休めば癇癪持ちの母に怒られ、学校も行かずに出歩いていると、森のずっと奥にある洋風の小屋『物語屋』を見つける。硝子の玉一つ一つに世界を閉じ込めた『物語』を創っては売っている店主、レイカと出会う。

 レイカが物語を創る際、世界の設定を決めても生きる人間の姿や家族構成、性格には触れない。登場人物に認められた人間にしか物語は上映されず、お客様に相応しい物語を選ぶ手伝いをしているという。定期的に見に行くのだけれどもレイカ自身、物語にはなかなか入れてもらえない。

 少年は手のひらに緑色の硝子玉を乗せられて目を閉じる。物語の中に入れても、人や物には干渉できなかった。兄妹の話を気に入り、また行きたいと伝えると、「これは君にあげる。君に、一番ふさわしい」と一つの『物語』をもらう。

 以来、レイは店を訪ねては物語に熱中し、預かった緑色の物語は首から下げた巾着に入れて肌身放さず持ち歩き、夜寝る前にときどき物語の世界を訪れる。

 学校に行かないでどこに通い詰めているのかと母親に叱られ、外出を禁止されて家で勉強するよういわれる。外出を許してもらうために父の車で送迎されて中学校へ行く少年だったが、クラスメイトから嫌がらせをされてしまう。学校が終わると物語屋を訪ね、レイカに紅茶を入れてもらう。家族のこと、最近いじめられていることを話す少年に、レイカは少年を助けるために物語に入ったと、自身の話を打ち明ける。

 物語世界に干渉する方法を二年かけて考え、体ごと転送することに成功、帰る方法はないという。さらに、少年がエンディングに相応しいと思うと物語は終わりを迎えてヒビが入り、崩壊することを告げる。

 少年を助けるために、なかなか終わりが来ない、ただひたすら兄妹の生活が続く物語の硝子玉を渡した。レイカはすでに物語に入った状態なので、さらに別の物語に入ることはできないと語り、世界が崩壊する前に少年の体ごと、物語の世界へと転送すると告げる。

 だが少年は、エンディングを迎えずレイカと暮らす、レイカだって望んでいるはずだと決心する。

 翌朝、世界に亀裂が入る。少年はレイカに会いに行くと、物語は、一番美しい瞬間に終わると話し、「少年は悪くないよ。どうせ、わたしのことを救おうと考えてくれたのでしょう? ありがとう、うれしい。でも、気持ちだけ受け取っておく。もう、物語は終わるから」と、物語の世界へ早くいかせようとする。「せめて、少年が幸せになるっていう幸せを、わたしにちょうだい」「おねがい、わたしの努力を無駄にしないで」といわれた少年は、「レイカは、こういうときばかり、本当にずるい」といいつつ、何でもないと涙を流す。最後にレイカがどんな物語が好きなのか尋ねると、「わたしは、ピュアな物語がすき」「そう。ピュア。少年みたいにね」と答え、強い衝撃とともに送り出される。

 気づくと、緑の物語の中でみた、少女に「あなた、どうしたの? こんなところで寝て。お兄ちゃんみたい」と起こされる。「そういえば見ない顔だけど、お母さんは? はぐれたの?」と聞かれるも応える余裕がなかった。「とりあえず、家に来て。温かいココアでも飲んで、落ち着きましょう」彼女に連れられて歩きながら名前を聞かれ、レイと応える。彼女はヘレンと応え、差し伸べた手をつなぐ。綺麗な空を見上げながら、いつかのレイカもこちらの物語世界を見ていたのだろうかと思いを馳せると、空が硝子のように一瞬、光を揺らした気がするのだった。


 三幕八場の構成で書かれている。

 一幕一場のはじまりは、森の奥にある物語屋を訪ねた少年は、物語の硝子玉をみせながら店主のレイカにどれにするか聞かれ、静かなのがいいと応える。

 二場の主人公の目的では、数日前、母親と喧嘩をして家出を試みた中学生の少年は、森のずっと奥にある洋風の小屋『物語屋』をみつけ、二十歳くらいの女性店主が出迎えられる。世界を創っていると答えた彼女は、物語の詰まった硝子玉から少年と同じ目の色をした緑の硝子玉を選び、少年の手のひらに乗せて物語の中へと誘う。

 草原で昼寝する兄を起こそうとする妹。もうちょっとだけといって寝続ける兄に呆れて去っていく。そんな兄にここはどこかと肩を叩こうとするもすり抜け驚く。気づけば物語屋のソファーに座っていて店主に、物語には干渉できないことを告げられるも、また行きたいと応える。君に一番ふさわしいと緑の硝子玉をもらい、君はきっと、たくさんの物語に恵まれる。心が優しい人間には、「物語も寛容になる」といわれる。

 ニ場三幕の最初の課題では、ここではそう呼ばれていると店主はレイカと名乗り、少年にお勧めの物語を紹介しては物語を覗き見、帰りは「また物語が必要になったらおいで」と微笑む

 夜寝る前にときどき、もらった緑の硝子玉を覗き見ては、なんでもない兄弟の日常の物語をみるのが好きになる。

 四場の重い課題では、来店する度に様々な物語を訪れる少年は、破天荒でアップテンポな内容よりも静かで穏やかなものを好んだ。戻る方法は戻りたいと思うこと。戻りたくない気持ちが勝ると永久に戻れないという。

 夜の暗い海に人が落ちていくのをみて「どうしたの」と口走り、自らの手がすり抜ける。体も濡れていなければ苦しくもない。世界に干渉できないと聞いて、何度目かの経験なのにまだ慣れない。

 金髪の少女が飛び込んでは抱きしめる。たくさんの泡を吐き出しながら泣いて水面に顔を出す。月光の下、海は凪、小舟が浮かんでいた。二人は泣き、少女は相手に触れてキスする。離れようとするも少女は離さない様子を前に、みてはいけないものを見ている気がして、少年は物語の世界から出る。

 レイカは世界を作るだけで、知るには見に行かなくてはならないけれど、なかなか観ることができないから羨ましいという。

 物語に干渉できないからこそ、安全に慣れてしまうと冷酷な傍観者になった気分になると話すレイカ。一緒に冒険する読者になりたいのかと少年は尋ねる。少年の表現が「好き」という彼女。物語は三十あり、少年は買ってくれないし、物語を頻繁に必要とする人はいないから儲からないという。

 心がもたないから物語に入るのは三日に一度にすると話した少年が帰宅したとき、日は沈んでいた。

 五場の状況の再整備、転換点では、帰宅すると、「今日も随分と遅いのね」母親に叱られ、学校にも行かず外を出歩いているなら外出禁止して勉強しなさいといわれたので、明日は学校へ行くことを約束する。翌朝、父の送迎で中学校へ行き、クラスメイトにいじめられる。放課後、逃げるように物語屋へ行き、紅茶を入れてもらい、少年の目の色はイギリス人の父に似たからと話し、目の糸の違いからクラスメイトから乱暴され、学校を休むと母が怒り、行かないのなら家から出るなといわれたと話す。手当するレイカ。暴力に発展したのは最近だと告げ、「抵抗すると、調子に乗るから」と口にすると、「わたしは、少年を助けるためにこの物語に入ってきたの」とレイカはいい出した。

 六場の最大の課題では、レイカは外の世界から少年がいる物語に入ってきたと話し、この物語世界の硝子玉を見せる。外の世界で物語を創ってきた彼女は、自身で設定した物語である少年が傷つくのを見ていられず、物語に干渉する方法は二年かけて発見し、体ごと物語世界へと転送してきた。そのため帰る歩法はない。しかも、終りを迎えると物語は崩壊するという。死にに来たのかと尋ねる少年に、他人を心配できる優しい子だから救いたくなったと話し、兄妹の生活が続く終わらない物語である緑の硝子玉に転送すればいいと告げたレイカ。彼女も一緒にというも、物語に入った状態からもう一度物語に入ることはできないいわれる。彼女と過ごす時間が大切で一番の救いだから置いてなんかいけないと、レイカの申し出を断って帰宅する。

 三幕七場の最後の課題、どんでん返しでは、大事な人には幸せでいてほしいから少年を救おうとしたレイカと同じ気持ちではあったが、少年の幸せにはレイカが必要だった。レイカとずっと一緒にいたいと決意した翌朝、硝子にできた亀裂のような空に虹がかかる。レイカに会いに行くと、物語は一番美しい瞬間に終わるものだからと説明され、なにか決意したかと聞かれる。レイカを救おうと考えてのことだと気持ちを受け取り、少年が幸せになるためにしてきた努力を無駄にしないでといわれる。ずるいと答えながら涙し、レイカにどんな物語が好きか尋ねる。少年のようなピュアな物語が好きだといい、手を振って握った手を話すと世界が崩れていく。「名前が嫌なら、変えてもいいから。少年が生きたいように、生きてね」楽しかったとレイカは笑顔を残し、強い衝撃に少年は眠ってしまう。

 八場のエピローグは、少年がレイカと共に物語に残る決心をさせて崩壊する状況を作るのが彼女の狙いだったのではないか。そういうところがずるいのだと涙すると、緑の物語の世界で、いつも兄を起こしている妹に起こされた少年は、家に来て温かいココアでも飲んで落ち着きましょうと声をかけられ草原を歩く。名前を聞かれ、レイと答えると彼女はヘレンという。「レイは泣き虫だね」と笑った。「私の方がきっと年下なのに」そうだねと答えて空を仰ぎ、いつかのレイカも見ていたのかと思うと空が一瞬、光を揺らした。


 お話が層になっており、短い話ながらも編み込まれたような重厚感を作り出している。

 読者を本作品へと誘っていくような書き出しがいい。

「物語屋」「OPEN」は『 』を使うといいかもしれない。

 少年がドアノブに手をかけて中に入る行動とともに、読者もさらに奥へと踏み込んでいける。

 冒頭での人物描写は軽めなのも、先へと読み勧めやすくしている。

 物語屋とはなにか、店で扱われている色とりどりの硝子玉はなんなのかといった大きな謎と、店を訪れた少年に舞い込むさまざまん出来事の謎。この二つが、絡み合うようにやがて一つとなって最後解き明かされていく作りが、読み手を楽しませてくれる。そういうところがよくできていて素晴らしい。

 

 書き出しの後、いわゆる回想がはじまる。

 どうやって物語屋と巡り合い、女店主とのやり取りや、物語の世界の硝子玉の中へ入り込んだ体験をして、硝子玉をもらい、また来ると約束して帰っていく様子が丁寧に描かれている。

 場面の情景が読み手に想像できるよう、五感を使って書いているところも良いところ。「頭上には確かに時を刻む装置があるのに、時間という概念がないみたいな静けさ。呼吸をするたびに聴こえる衣擦れの音がやけに大きく聴こえる」と、視覚だけでなく聴覚にこだわりがある。

 少年がココアを飲むところでは香りの表現は描かれてはいないのだけれども、緑の硝子玉の物語世界に入ったときには、「とても広い、広い草原だった。どこか懐かしいような、古い香りがする」「柔らかい空気に、植物の湿った匂い」と嗅覚にも言及されている。

 また、物語屋内の「天井を見上げた状態で深く息を吸った。古書のような、少し古びた匂い。車内の独特な臭いとも、母の香水の臭いとも違う。優しくて、懐かしい香り」と嗅覚の描写もされている。

 

 三人称とはいえ、少年の心の声やつぶやき、表情や声の大きさなどが描写されていることで読者は感情移入しやすく、少年と同じように物語世界へと入っていける。


 レイカが外の世界から少年を助けるために少年の物語世界にやってきたこと、物語に終りが来ると崩壊する事実、彼女は元の世界には戻れず別の物語へも行けないこと、少年を助けるために終わらない物語を生み出し少年に渡し、自分の瞳の色が誇りに思って生きる世界を選ぶ権利があると突きつけられたとき、主人公ば拒む行動をみせる。

 レイカとともに過ごす世界が大切で救いなのに、自分だけ違うところへはいけない。主人公の自分がいなくなれば世界は崩壊してしまうから絶対に行かないと決意するクライマックスが強く描かれている。

 しかも、少年の決意がふさわしいエンディングとなり、一番美しい瞬間で終わる物語の特性から、世界が崩壊し始めてしまうという皮肉にも思えるどんでん返しがおきるとこが、実に歯がゆい。

 レイカと一緒にいたいのに、世界は幕を閉じようと崩壊する。

 助かる方法は、別の物語世界へ行くことだけれども、レイカは元の世界や別の物語へもいけない。

 彼女を助ける方法がないのだ。

「せめて、少年が幸せになるっていう幸せを、わたしにちょうだい」「おねがい、わたしの努力を無駄にしないで」と訴える彼女の願いを叶えることが、唯一の救いなのだ。

 少年でなくとも、ずるいと思うだろう。

 あえて泣かせる必要はないけれども、最後の別れだから涙がでてしまう。

「堪こらえきれずに涙を流すと」という表現が良い。

 少年は泣かないような行動を取り、思わず泣いてしまった表情を見せている。その姿に、彼女は一瞬握る手を強くし、少年も強く握り返す。この辺りの必要な行動、表現が描けているから登場人物の想いが伝わり、読み手の胸を打つのである。

 この辺りの書き方は本当に上手い。


 少年が物語屋を訪れたとき、「物語屋の空間は、どこか異世界のように感じられて、名前なんてはっきりしないほうがいい気がしてくる。生い立ちや年齢、性別、髪や瞳や肌の色、職業や肩書き。そんなものはどうでもよくて、今日の天気と好きな物語、嫌いな物語、昨日見た夢と今日見たい夢。そういうことだけをわかっていれば、いい気がしてくる」ところが、作品全体を表してる気がする。

 物語屋は、少年の世界の外からきたレイカが作ったもの。

 外でも物語屋をしていたので、そのときの店の雰囲気がでていると考える。少年からすれば、外の世界は異世界なのだ。

 とくに名前などはどうでもよくて、天気と物語の好き嫌い、どんな夢かがわかっていればいいとする考えは、レイカが創る物語にも見られていて、「世界の設定を最初に決めて――例えば『この世界では魔法が使える』とかね――次に、そこに生きる人間の姿や大雑把な家族構成は決めるけど、性格には触れない」に通じるものがある。

 この世界でレイカと名乗っていたけれども、「名前が嫌なら、変えてもいいから。少年が生きたいように、生きてね」と語っているところからわかるように、本名ではないはず。

 ペンネームみたいな、少年の世界で自分を示す名前にすぎない。

 少年の名前も書かれていない。

 母親からは◯△と記号みたいに呼ばれている。

 実際名前はほかと区別する記号と同じといってもいいし、この世界ではこの表現が当たり前なのだろう。

 キャラよりも物語が需要とする考え方は、作者の考えの現れかもしれないと邪推する。

 ラノベやライト文芸はキャラ重視、物語はテンプレで作られる。

 テンプレや型はあるけれども、本来の小説やお話とは、物語重視で作られるものである。

 設定は作っても細かい性格付けまではしないとする考えは、非常にわかる。作品を書いていくうちにキャラが動き出していく感覚を体験したことのある人ならば、なおさらうなずけるに違いない。

 こういうところは、お話作りをしたことのある読み手には共感を得られるだろう。


 レイカの説明では、「どういう風に成長するのかある程度予測はできても、知ることはできない。だから定期的に見に行かないといけない。――だけどその物語にはなかなか入れてもらえなかった。結構厳しい子たちみたいで」「わたしは入れてくれなかったのに」とある。

 彼女は物語屋で物語を作っても、なかなか入れないといっている。

「わたしは今、物語に入った状態。そこからもう一度物語に入ることはできない。――藍の物語に入れないって、言ったよね。実はすべての物語に入れないの」

 と告白していることから、少年の物語世界の物語屋でつくった硝子玉の世界にはどれも入れないのだろう。

 だとすると、最初に設定して作った後は、どんな世界になっているのか知ることができなかったのではと考える。


 物語に入る方法も、「二年くらいかかってやっと、成功した。その方法は、自分の身体からだごと物語に入れるもので、意識だけを飛ばす普段の訪問とは違った。物語に入るときに外に身体が残らない」とあるけれども、おそらくそれだけではないと考える。

「それぞれの硝子玉にはわたしが考えた世界が入っていて、その中の登場人物に認められた人間にしか物語は上映されない」とあり、まず登場人物に認められる必要がある。

 方法は、「心が優しい人間には、物語も寛容になる」はもちろん、彼女から預かった緑の物語は首から下げた巾着に大切に入れられ、肌身離さず持ち歩かれている」から考えると、肌見放さずに寝食をともに過ごすことも重要だと考える。

 少年は巾着に入れて大切にしていたから、レイカの力を借りて、ラスト緑の物語世界へ体ごと転送するに至ったのだと推測する。


 そもそも、なぜレイカは少年に肩入れするに至ったのか。

 創った物語が一過性だったからかもしれない。

 設定して創った物語は、かならず崩壊してしまう。

 他にも思い入れのある物語を創ったこともあったかもしれない。 いろいろ設定を作り込んだ物語も、最後は崩壊してなくなってしまう。かわいがっていた動植物を失う悲しさと似た想いを体験してきたに違いない。だから、深い設定をしなくなったのだと推測する。

 そんな中、少年に肩入れをした。

 本好きでとてもいい子、周りの子と目の色が違うだけでいい扱いを受けず、両親とも上手くいっていない。そんな子を助けたいと思ったのは「現実にもそんな子、たくさんいるのにね。なぜか、その子のことを助けたいと思った。わたしが『読者』だった証拠かな。でも、心は読者でも、立場が傍観者だった。いくら少年に同情しても、助けることはできない。それが、我慢ならなかった」とある。

 おそらく、レイカ自身が少年と同じような境遇だったと邪推する。

 作品の生みの親である作者の体験や考えは、意識無意識に関わらず、どうしても作品に反映されてしまう。

 少年の境遇は、かつてのレイカ自身だったに違いない。

 本来は周りの子達に救われる物語だったのに、どういうわけか誰も助けようとはしない。まるでかつての自分を見るような想いにかられたのだろう。

 ゆえに、彼を救おうと思ったのだ。

 助けることで間接的に自分が救われる。助けなければ、自分自身も救われないと感じたから行動したのだろう。

 大人になった自分が、かつて子供だった自分を救いにいくようなものである。

 だからこそ、自身の身の危険も顧みずに物語世界へ干渉したのではないか。


 少年が、緑の物語世界に行った先で、名前をレイと名乗っている。

 レイカからもらったのだと考える。

 まさにレイカの想いを、彼が引き継いだ証だ。


 少年の物語世界である硝子玉を、レイカは持っている。

 硝子玉は、物語世界へ入るための入り口なのかしらん。

 少年の世界が崩壊したら、緑の世界も一緒になくなるのでは。

 体ごと転送すると、その物語世界の硝子玉も一緒にもっていくのだろうか。だとすると、少年は緑の物語世界の硝子玉を持っていることになる。この辺りはよくわからない。

 本作と似たような作品でも、そういった細かいところは言及されないことが多い。謎は謎として楽しむのがいいのかもしれない。


 少年の世界にもイギリスがある。

 現代に通じるような世界設定なのかもしれない。

 

 ラストにむかっての盛り上がりと、悲しくとも希望に思える終わり方が、読後を素敵なものにしている。

 とくに情景がいい。

 さっきまで泣いていたし、悲しいし、レイカを思ってももう会えないけれども、空が硝子のように一瞬、光を揺らすことで、レイカに見守られているように感じられる。

 読後にタイトルを読むと、少年のいた世界も転送した世界、どちらも硝子の中の物語世界だから、いいタイトルの付け方だと思う。



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