三十六枚目『アイツもコイツも問題児』

 逆に爆発しないとかをやらない辺り、本日も相変わらず不幸の女神は情け容赦なし、殺意満載キレッキレでお送りする方針らしい。


「ゲホッ……けむっ……ノブナガ、大丈夫かい?」

「はい、こんな事もあろうかと防御姿勢を取ってたので、目も耳も無事ですよ」


 背後で盾替わりになってくれなロスさんにそう返事をしながら、僕はダンゴムシのように丸まっていた体勢を解き、立ち上がる。

 やたら威力があったと思えば、爆発は方向性を絞られたものであったらしく、頑丈そうに見えた扉は爆発の際に発生した高熱によって溶けはしているものの、それ以上損壊が激しいといった印象は受けず、またロスさんが扉の近くに立ってくれまのもあって、被害は最小限に抑え込まれたようであった──少なくとも、研究室の外側は。


「これ……博士死んでません?」

「かもねぇ〜……博士〜? 死にましたか〜?」


 緊張感の欠けらも無い、気だるげな口調で、日が差し込んでいるはずなのに、黒焦げ過ぎてほぼ暗闇と化している研究室に向かってロスさんがそう問い掛けると、


「……────死んでる〜」


 という、ロスさんと同じくらい気だるげな、聞き覚えのある男性の声が響いてくる。

 グラシアノ博士だ。


「ああ、居ましたか。どこです? 無事ですか?」

「やぁ、その声はロス君か。うん、無事だよ、肉体的には……そして、おいたんがどこに居るかについては、明白だと思うがね?」


 グラシアノ博士の言う通り、どこに居るかは、研究室の中に視線をやった瞬間──どうしたって目を引く虹色の輝きが目に飛び込んでくる。

 虹色に光り輝いて見えたそれは、全体的に綺麗なボブに切り揃えられたグラシアノ博士の持つ髪であり、そこから視線を視線にやっていくと、いささかレンズが大き過ぎるのではと思わせる眼鏡に──チッ──キミエやミチカと負けず劣らに高い背、枯れ木の様な痩せた体躯と長い手足にピッタリと合う白衣に袖を通している事まで確認出来た。

 グラシアノ博士の言う通り、見逃す方が難しい程に居場所は明白だった。


「おいたんがこんなコミックみたいな実験ミスをするだなんて、いよいよ年貢の納め時。古代人のタダガツ・ホンダが指を切った時もこんな気分だったのだろうかとガックリ来ていたのだが……なんだ、人間台風マサノリ君に巻き込まれただけか、良かった。良くないけど」

「人の名前を『トライガン』に出てくる人類初の局地災害指定者みたいなルビの振り方しないでください。この惨状を僕の不幸のせいにしたって、修繕費は払いませんよ」


 まぁ、多分僕の不幸のせいなのだが。


「それに、科学者が運などというものを信じていいんですか?」

「おやおや、量子力学さんをご存知ないらしい。……ケヒヒッ、君の不幸はもう異能の領域だし、一度君を被検体に実験してみたいんだがねぇ……」

「メスの代わりにチェンソーを使う人に身体を弄られたくはありませんが……ギャランティ次第では考えときますよ」

「ハハッ、会いたくないとか言っておきながら、結構仲良さそうじゃあないか。ノブナガの話に付き合えるのって、チアカちゃんか、グラシアノ博士くらいなもんだもんねぇ」

「どこをどう見て聞いたら仲良さそうなんて思うんですか……爆発でどこかやられたんじゃあないですか?」

「もしそうだとしたら、盾にした君に責任あると思うけどね……」


 最後の方の台詞は爆発のせいで耳をやられていた為、聞き取れなかった僕は、意図せずロスさんを無視し、改めて本題に入るべく、気を取り直すように咳払いを一つつく。


「それで、二つ程御相談したい事があって足を運んだのですが……今お時間よろしいでしょうか?」

「あぁ〜……うん、まぁ、時間は今しがた出来た所ではあるんだけれども……」


 そう言って、グラシアノ博士はざっと研究所を見回してから、


「今しがた、世界最新鋭にして最高峰の仕事道具が全て吹き飛んだ、ただ賢いだけの科学者なのだけれど、そんなおいたんでも乗ってやれる相談なのかな?」


 と、続けて言った。

 ……ロスさんが罪人に向けるような目でこっちを見てくるが、断じてこれは僕のせいではない。

 量子のノリが悪いのがいけない。


「ま、まぁその事についての解決策を練る為にも、一度僕の店に行って話しませんか? ここは腰掛ける椅子も吹き飛んでしまったようなので」

「『ソラガメ』か……いいね、そうしよう。久々にマサノリ君の料理が食べたいし──あっ!?」


 僕の提案に乗った直後、何かに気付きでもしたのか、グラシアノ博士は素っ頓狂な声を上げてから、扉付近に立っていた僕達を押し退け、廊下で四つん這いに地を這って何かを探し始める。


「ど、どうしたんですか博士、いきなり……」

「ああ、金貨が落ちた時のノブナガじゃああるまいし」

「そうですよ──って、おい」


 ロスさんの心外な喩えに使われた事に僕がノリツッコミすると、グラシアノ博士は四つん這いのまま顔を上げ、世界最新鋭の実験器具が消失した時ですら見せなかったような、取り返しのつかない絶望に陥った、蒼ざめた表情をこちらに向けてくる。

 冗談めかしたやり取りの出来ていた僕達も、その表情から余程のことなのだと察し、気を引き締める。


「申し訳ございません博士。改めて、何を探しているのかお教え願えますか?」

「──……プ、プレート」

「……? なんです? プレート?」

「扉の、前に……木で作られたプレートがあっただろう? 見てないかい……?」

「木のプレート? さぁ、俺はちょっと見てませんが……扉の近くにあったのなら、残念ですが灰も残らず消し飛んだ可能性が高いかと」

「そうか……そっか……そうだよなぁ〜〜〜〜クッッッッソォ〜〜〜〜……!!」


 どうやら、僕にとっては子供の落書きにしか見えなかったあのプレートは、グラシアノ博士にとって価値のある品であったらしく、博士は自身の両手で顔を覆うと、天を仰いでゾンビのような嘆き声を上げ始め、


「アレを失くしてしまうなんて……おいたんの命を亡くしたも同然だ……!! どうしよぉおおおお〜ッ!?」


 かと思えば今度は、ロスさんの肩を掴んで揺すり、激しく喚き散らし始める等、情緒不安定になってしまうほどに、あのプレートの紛失は堪えたようだった。


「お、落ち着いでください! そんなに大事な物だったとは……すいません、そこまで気が回らなくて……」

「いやいやロスさん。ドアを消し炭にする爆発を抑え込めるだけおかしいんですよ。しかし、ふむ……爆発の中心地に居ても無事だった博士がどうやって死ぬのか興味があるので──を返すのは、些か名残惜しいですねぇ?」

「「………………えっ?」」


 慌てふためき、完全に登場時の余裕を失ってしまっているグラシアノ博士から注目を集めるべく、僕は敢えてわざとっぽい演技がかった言い方をしつつ──懐から、グラシアノ博士が探していた例のプレートを取り出す。


「あぁっ!? それ!!」

「えっ、これ!? このゴ──じゃない、木の板が探していたものなんですか? けど、なんでノブナガがこれを……?」

「まぁ、大なり小なり扉が吹き飛ぶか、扉の奥から何かが吹き飛んで来るとは予想してたので……念の為、回収しておいたんですよ。見るからに子供が作ったであろうものを見捨てるのは、紳士として忍びなかったので」


 映画で犬猫が死ぬ次くらいには。


「なんでもいい! 兎に角助かったよマサノリ君!!」

「いえいえ、紳士として当然の事をしたまでですよ」


 まさに九死に一生を得たという風にグラシアノ博士は元気を取り戻すと、立ち上がり、僕の手から木のプレートを回収しようとした──瞬間。


「…………マサノリ君?」


 僕は吸盤でも付いているかの如く、指先に力を込め、


「じゃあ、金貨二枚八千円で」


 交渉開始の宣言をするのだった。

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