三十七枚目『襲撃、襲来、衝突』

「ゥンまぁあああ〜いッ!!」


 ノブナガがグラシアノ博士から小遣いを巻き上げようとしている一方。

 チアカはキミエに案内された茶菓子屋で買った、人差し指と親指で作った丸程度の大きさをした玉のきな粉餅が袋に幾つも入っている物を食べ歩きながら、充実したセネラル観光を楽しんでいた。


「いや〜、このきな粉餅と黒蜜の相性! まるでサイモンとガーファンクル! ウッチャンに対するナンチャン! さまぁ〜ずの太ジーパン! 教えてくれてありがとう! キミエ!」

「うふふ。喜んで頂いて何より。紹介した甲斐がありますわ……喩えの全てが意味不明ですけれど」

「うん! 本当に美味しい──んだけどさ……本当にキミエが全部食うの……? ミチカと分けるとかなく?」

「はい、全て私のですが……なにか?」

「いや〜……悪くはないんだけれども……」


 言い淀みながらチアカは、きな粉と、それ以外の九種類あるフレーバーをそれぞれ三つずつと、二リットルサイズのペットボトルに入ったお茶を持たされているミチカの方に視線を移す。


「まさか、キミエが大食いキャラだったとはねぇ〜……」

「あらあら、お恥ずかしいですわ。体が大きいので、その分食べないとすぐお腹が空いてしまうんですの。はしたなく見えるなら、申し訳ございませんわ」

「う〜ん、それがはしたなく思えるなら、裸エプロンとかもはしたなく思おっか?? それと、もう一つ意外だったのは、そっちがそうなんだっていうのが……」

「ん? ……ああ、ミチカは要らない。キミエと同じでミチカも食べる方だけど、お腹いっぱいになると直ぐ眠くなっちゃうし……あと普通にお菓子より肉とかがいい」

「へぇ〜、姉妹で三大欲求の担当分けしてんだ……二で割り切れないから、キミエが性欲と食欲のモンスターになっちゃってるけど」

「フフフッ、それ程でも」

「いや、褒めてはないんだけどね?」


 と、キミエに向かって呆れと、一周回った感心の入り交じった声を投げ掛けた所で──


「ゔっ!?」


 突然、チアカの臍辺りを衝撃が襲う。

 襲うと言うと、暗殺者か通り魔にでも卑劣な奇襲を掛けられたように聞こえるがそうではなく、ただ単にちゃんと前を向いていなかっただけの二名が、ぶつかっただけの事だった。

 その証拠に腹の中の空気を押し出されて呻くチアカとは別に、「あうっ!?」とオットセイのように鳴く幼女の声が聞こえてくる。


「す、すまぬ! 急いでいて前が見えんかったのじゃ!!」

「あはは! 私も前見てなかったしお互い様! 大丈夫? 怪我とか──」


 とチアカはぶつかってきた声の主に心配の声を投げかけようとして、その大胆な格好に声を失う。

 その小学校低学年くらいであろう幼女は、胴体の両脇部分が裁断され、服として成り立つギリギリを保っている心許ない和装にミニスカート状の襞布といった、露出度の高い和装を身に纏っていたのだ。

 服のサイズも微妙に合っていないのか、謝罪の意を込めて頭を下げた際にはちらりと秘匿された部分が覗いて見えそうで危なっかしく、表は濡羽、裏は躑躅と色の分かれた髪色は肉体の幼さを持ってしても──否、寧ろ幼いからこそ、犯罪的で、妖しい雰囲気をより強調していた。


「歩く児ポだ!?!?」


 そんな、誰もが少女を見て抱くであろう感想を叫んだのは、あらゆる性犯罪を網羅する女と名高いキミエだった。


「な、なんじゃ急に大声を出して……やはり怒っておるのか!? 誠すまなんだ! この通り! この通り……!!」

「い、いやいやこれはキミエの発作みたいなもんで怒ってるわけじゃ……あっ、頭下げないで!? 見えちゃう見えちゃう!!」

「巨大惑星級の変態が二体……ジャイアント・インパクトでも起こすつもり?」

「言ってる場合か!? ミチカも手伝ってよ〜!!」


 何故そこまでするのか理解出来ない程に硬い鉄の意思で頭を下げようとする幼女を、チアカが必死になって肩を掴み、面を上げさせようとしていると、


「──んなッ!? ぅお前達は!?!?」


 今度は舞台役者ばりに張り上げられた声が、幼女のやってきた方角から襲来してくる。


「うるっさ!? 何このハイパーボイス……!?」

「ぴゃっ!? 追い付かれてしまったんじゃ〜!?」


 突然の爆音に耳を塞ぎながら、三人と幼女を一人足し、爆音の発信源に視線をやると、そこにはチアカと同じくらいの背丈をした少女が立っていた。

 セネラルの生徒なのだろう。少女は白を基調とし、金色の刺繍が編み込まれたブレザーとベスト、校則を知らないチアカでも服装違反なんて先ず有り得ないであろう長さをしたスカートを身に纏い、黒縁丸眼鏡の裏には、アンティークゴールドの瞳が覗いて見えた。

 しかしチアカの目を引いたのは、その真面目という概念にそのまま袖を通したような格好でも、眼鏡の奥に見える美しい瞳でもなく──声の大きさに比例して伸ばし、巻かれたとしか思えない、巨大な翡翠ヒスイ色の縦ロールヘアーを、両脇にぶら下げている事だった。

 少し膝を曲げただけで地面に着いてしまいそうな、不便極まりなく見えるその髪型と先程の爆音。そして、背の割に豊満な乳房と相まって、ノブナガ姉妹とは別ベクトルのデカいという印象を、背丈が同じはずのチアカは覚える。


「な、何故お前たちがここに……?」


 そんな、盛られに盛られまくったキャラクターデザインをした少女は、自身の顔よりも蒼ざめた表情でキミエとミチカの顔を見つめていた。

 そして──これは誰も知る由もない事だが。

 奇しくも同時刻。グラシアノも同じ表情をしていた。


「あらァ〜? ゲルちゃんじゃあないですかぁ〜♡」

「ん、ほんとだ……久しぶり、ゲルっち」


 そんな少女に対し、少女の名前であろう『ゲル』という名を、少女の表情に反して、キミエとミチカの二人は嬉しそうに呼ぶ。

 ただそれだけのやり取りで、三人の関係性を物語っているようだと、図らずも、その場に居る登場人物全員に挟まれる位置に立っていたチアカは思った。

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