三十五枚目『またこのパターン』

 花蟲かちゅう戦争。

 大地が失われて初めて行われ、およそ百年に渡って続いたとされる大戦。

 戦争が長引いた理由は様々だが、その要因の一つとして挙げられるのが、人類が一枚岩では無かった事だ。

 どこまでも続く地平線は失われ、通信手段、技術力、蟲狩むしかりの保有人数等、巨大樹と雲海によって分断された人類の力関係は、大地が存在していた頃よりも複雑なものと化し、人類は二度目の滅亡危機に瀕していた。

 そんな中戦争末期、ようやく一人の英傑が生まれる。

 その名を、百花の王ドンロンという。

 牡丹ボタン蟲狩むしかりであるドンロンは、当時まだ無名であったグラシアノ・シュミットケ博士と協力し、四つの主要となる都市に通信塔を設置。細かな小部族を形成していた文字通り木っ端に等しい都市を統一、同盟を結ばせる事に成功した。

 そして害蟲がいちゅうによる侵略を沈静化し、平和がもたらされた終戦後──ドンロンはこの時最初に通信塔が建てられた都市を、人類が一つであることの象徴として、更には、戦後の世界を担う人材を育成する場所にしようと考えた。

 そうして生まれたのがここ、学園都市セネラルである。


「──すんげぇ〜!!」


 そんな世界最大にして、勉学の殿堂とも言うべき都市の道路を、そんな意図があって建設されたとは露ほども知らずに、チアカは只々、学園都市という肩書きに興奮し、好奇心に目を輝かせていた。


「ペトルトンでも硬い樹皮が石材っぽくなってたし、赤レンガっぽく見える建物も道も、赤レンガじゃなくて樹皮がそう見えるだけなのかなぁ? イギリスの赤レンガ大学群みたいでカッコイイねぇ!!」

「……チアカって、アニメとか漫画以外も詳しいんだね。意外」

「そうかな? そうかも! ノブにも言われたけど、私結構歴史得意かな! て言っても、この世界観じゃあ、あんまり役立たないけど……」

「なぁに、世の中どんな知識が役に立つか分かりませんし──それに、その役に立たない知識を好き好んで摂取しているのが、ウチの兄様ですわ」


 そんな事をキミエが言えば、ノブナガの怒る声が聞こえそうなものだが、そこにノブナガの姿はおろか、ロスの姿すら無かった。

 都市に辿り着くギリギリまでチアカ達に弄ばれた結果、ノブナガは身支度が整っておらず、新しい場所の冒険にいてもたってもいられなかったチアカと、束縛と予定調和を嫌うキミエとミチカの三人は、後で合流するからとノブナガとロスを置いて、先に街へと繰り出したのだった。


「──って、つい興奮しちゃって出てきちゃったけど大丈夫かなぁ? このメンバーでつい最近、大ポカやらかしたばかりだと思うんだけど……」

「平気平気。なんならあの大ポカだって、近くににぃにが居たから、その不幸に巻き込まれたって説あるし」

「それに本当にダメなら、こんな風にお小遣いくれなかったと思いますわよ?」


 と言って、キミエは自身の胸の谷間から、初めて来るチアカが満足に探索出来るようにと息絶え絶え状態のノブナガから渡された、金銀銅貨の入った巾着袋を見せてくる。


「確かに……怒ると言えば、ノブが息絶え絶え状態でお金渡してくるもんだから、キミエが『なんか援交した事後にお金渡してるみたいですわね』って言った時くらいだしね。けど……なんか後で対価とか求めてきそうじゃない? 大丈夫?」

「それは……まぁ、大いにあるけど」

「まぁ、流石の兄様と言えど、身内には甘い所を見せてくれると期待しましょう。そうそう、甘いと言えば、チアカ様が気に入りそうな茶屋を知っておりますの、早速そこへ行ってみませんか?」

「えっ、ほんと!? やったぁ! 行く行く〜!! きな粉餅きな粉餅〜ッ!!」


 こうして三人は、女子水入らずでセネラルを満喫するべく、愉快な足取りで茶屋へと向かっていくのだった。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 予想通りというか。

 三人は先ず食欲を満たすべく、チアカさんの好物であるきな粉餅を使ったスイーツのある茶菓子屋へと向かったようだと、僕はスマホの地図に記された三つの動くアイコンの行き先で、何となく察する。


「何を見てるんだい? ノブナガ」

「ん? ああ、チアカさん達の位置情報ですよ。必要だろうと、最近チアカさんにスマホ買ってやったんでその際に……こうやってGPS使ってリアルタイムで追跡出来るんですよ。凄くないですか?」

「ああ、凄いな……お兄ちゃんっていうか、お母さんしちゃってるノブナガが」

「……次もそんなうっせぇこと抜かしたら、また請求しますよ?」


 現在、僕とロスさんは当初の予定通りグラシアノ博士に会うべく、研究所のあるアカデミーの廊下を歩いている最中だった。

 すれ違うのは大体が学生か、ともすれば白衣を着た研究職の人間ばかりだったので、黒スーツに檸檬色のコートを肩に羽織るオールバックの男や、純白軍服の美青年という並びは相当珍しいらしく、周りからの視線をかなり集めてしまっていた。


「ハハッ、注目されちゃってるねぇ〜。まっ、俺の美貌を持ってすれば当然かなぁ? ノブナガもたまには前髪上げないで、下げた方が印象変わってモテるんじゃない?」

「余計なお世話ですよ……」


 それに、視線を集めているのは美貌だけが理由じゃないだろう。

 蟲狩むしかりを志す者が多く居るセネラルにおいて──否、セネラルで無くても、戦争の英雄であるロスさんの顔を知らない人間は居ない。

 コソコソと背後から聞こえてくる内緒話の声も、ロスさんの容姿を賛美するものというより、『なぜここにロス・プラットが?』という声の方が、割合的にも多いだろう。隣で歩いてる僕なんて、こんな格好をしてる割には透明人間みたいなもんで、仮に僕を観測出来た人が居たとしても内緒話に『誰だあの変な格好したチビは?』という内容が加わるだけの事だ。

 変な格好は許せるが、チビはマジに許せんので、本当に言ってるとしたら大人の怖さを教えてやりはするが。


「……と、ここだね」


 そんな事を考えている内に、僕達はグラシアノ博士の研究室前に到着する。

 扉には何か特殊な金属が使われているのか、見るからに硬質的かつ近未来的であるのだが、何故かプレートには適当に切り出したとしか思えない木の板に、子供が書いたような汚ったない字で『どくたー・ぐらしあの愛の巣』とふざけた文言の書かれた物が吊り下げられていた。『の』一個抜けてるし。


「……じゃ、どうぞ」


 僕は心中でそのアンバランスさにツッコミつつ、ロスさんから先に入室させるよう、背中を手でグイグイと押して扉に近付けさせる。


「えっ、な、なに? やめてよぅ……」

「ロスさんが開けてくださいよ。僕が開けたらどうせ、なにかしらのアンラックトラップが発動するんですから」

「えぇ〜? 君が近くに居る状態で開けるの俺も怖いんだけど……」

「どうせちょっとやそっとじゃかすり傷にもならないんですからいいじゃないですか……盾に最適で」

「ひどい!? 俺って結構偉い人なのに!!」

「ハイハイ、四の五の言ってないでさっさと開けてくださいよ」


 僕に言いくるめられ、ごちゃごちゃ言ってもしょうがないと諦めたのか、ロスさんは不承ながら、ノックをしようと右手の甲を扉に叩きつけようとし──手の甲が丁度触れたタイミングで、案の定、頑健そうに見えた扉を吹き飛ばす程の爆発によって、ノックの音を掻き消されてしまうのだった。

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