三十四枚目『誰得だよ』

「さぁ! 学園都市セネラルももうすぐだし、皆気合いは入っているかな〜!?」

「「「「ア〜イ……」」」」

「聞こえないぞ〜!?」

「「「「アイア〜イ……」」」」

「──君達さぁ〜……嘘でも、もうちょいテンション上げてくんないかなぁ?」


 そう言って、旧大地にて子供や奥様方を誘惑した存在とされる体操のお兄さんの如く笑顔を振りまいてテンションを上げさせようとするロスさんの前には、鉛を呑んだように気だるげな、ノブナガ家が横一列に並んでいた。


「仕方ありませんよロスさん……ミチカは元々朝弱いですし、キミエは朝から人間の格好をするのに弱いですし……」

「人間の格好をするのに弱いってなに? キミエちゃんはいつでも人間だよね?? それに人の格好のこと……今の君が言えるの?」


 ロスさんにツッコまれ、僕は目を伏せるようにして、上裸にズボンだけを履き、旧大地に存在したとされるザビエルの自画像のように腕を交差させて乳首を隠す、自身の無様な格好を改めて認識する。


「ん、ミチカも気になってた……朝起きたらにぃにがキミエみたいな格好してるんだもん……まだ夢の中なのかと思ってた」

「あら、今回は私のせいではございませんよ? チアカ様の案ですわ」

「チアカちゃんが? 確かに、アレだけ楽しみにしてた学園都市に近付いてきたっていうのに全然楽しそうじゃあないね? 何があったの?」

「だってだって聞いて!? ノブってば私のは──だかを見た事まだ弄ってんだよ!? 温厚な私も流石にブチ切れだよッ!!」

「ノブナガが? なんだい君達、今日はらしくない事をする日なのかい?」

「弄ったわけではないのですが……僕にかなり非があったのも事実ですので……」

「だから暫く私みたいに上半身裸で居てもらうの! これならイーブンでしょ?」

「そう……かなぁ……? まぁ当人がそれでいいなら……そうかも」


 ロスさんの反応の通り、僕もそれで気が済むのか? と疑問だったが、本人が満足そうだし、何より一銭もかからない罰なので、僕としても文句は無かった。強いて言うなら、髪の毛のセットが未だ出来ていないことくらいか──などと考えていると、


「わひゃっ!?」


 唐突にひんやりと冷たいチアカさんの指先が僕の胸筋に触れ、驚きの余り僕は、我ながらに情けない声を上げてしまう。


「なっ……い、いきなり何するんですか!?」

「いやぁ、見てたら気になっちゃってさ。ノブって着痩せするタイプだったんだねぇ〜」

「そうではなくて! 見るだけじゃないんですか!?」

「えっ? だってノブ私の胸触ったじゃーん。本当にイーブンにするなら、これくらいしなくっちゃ〜!」

「えっ!? 兄様揉んだんですか!? 揉んだんですのね!?」

「やるぅ〜……」

「は!? 違ッ、チアカさん! なに適当な事を言って──」


 と、僕が弁明しようとした瞬間、『異議あり!』と叫ぶかのようにして、僕の海馬が割り込み、証拠の記憶映像を提出する事で、僕に気付かせる。

 そう言えば、人蟲じんちゅうと戦っていた時、光線レーザーからチアカさんを避けさせる為に押し倒した際、腕が胸に当たっていたが──まさかあれの事を言っているのだろうか?

 なに? その雑魚みてぇな伏線回収。


「ふ〜む、しかし……害蟲なんて化け物と戦うから当然だけど、いい筋肉してるよね。引き締まってるって感じ?」


 そう言うとチアカさんは指先で触れていたのを手のひらに切り替え、本当に遠慮なく僕の胸や肩、腕であったりを、飼い犬でも撫でるような手つきで触れていく。

 ここでもし、声を漏らしたり、鼻息を荒くすれば、流石に自分がキモ過ぎて許せない。

 僕は、心臓の鼓動を無くすと書いて『無心』となり、一ヘクトパスカルの吐息も漏らすまいと、口や鼻に筋肉の栓をして、チアカさんの侵略を耐え忍ぶ。


「うわっ、すっごぉ……見た目ゴツイのに、触ると結構弾力が……ちょちょっ、二人も触ってみてよ〜!」

「……ゑ?」


 ちょっと待て、今なんつったこの小娘。

 チアカさん一人に触れられる程度、都市に辿り着くまでの我慢と思っていた矢先、とんでもない事を提案しやがった。


「──いいんですかぁ?」


 僕の死を悼む暇もなく、やはり反応したのは──淫神、キミエ・ノブナガ。

 好奇心だけで触るチアカさんと違い、キミエは触るか触らないか、そんなもどかしく、艶かしい手つきで、僕の腹筋に指を這わせてくる。


「………………ぐふっ」

「ふふっ♡ 声が漏れてますよ〜? 兄様、かぁわいい〜♡」

「ん、二人共そんなに触って面白いの? じゃあミチカも──うわっ、肩甲骨の動きキモッ……」


 右にはミチカ、左にはキミエ。

 そして真正面にチアカさんという布陣で囲まれた僕は、まな板の鯉よろしく、肉体を好き勝手料理されてしまう。

 エロ同人みたいに。

 そういう趣味の人達にとってはご褒美になるのかもしれないが、チアカさんは兎も角、実の妹達が交じっている中興奮するのは紳士的によろしくない。

 つーか今誰が得する光景なんだよ。


「ちょっ……ろ、ロスさん……! 見てないで、助けて……!!」

「ふーむ……」


 僕は耐えきれず、救いを求めてロスさんに助けを請うが、彼は顎に手を当てて考え込む仕草をしながら、真剣な眼差しを僕に向け、


「これってノブナガの言ってた『おねショタ』になるのかな……どう思う?」


 と聞いてきたので──最低でも見物料銀貨十枚千円は請求してやると、マジで誰得な僕の嬌声に誓うのだった。

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