二十九枚目『ハッピーバースデイって奴さ』
「はい、兄様。ん〜♡」
生命力を奪い取る妖刀で皮を剥いたせいで、カラッカラに枯れ果てたリンゴを口に咥え、キミエは僕の方へポッキーゲームよろしく唇を近付けてくる。
「……遠慮するよ。日本刀で皮を剥いた努力は買うけどな」
「ん、ならミチカの林檎を……」
「いや、そもそも林檎食べたい気分じゃ──ッぶねぇ!?」
すると今度はその隣に座っていたミチカが、同じく林檎を剥──かずに、丸々一個を籠から掴み取ると、僕の口へと丸々一個衝突させようとするのを、首を傾け、多少頬を摩擦で焦がしてしまったものの、ギリギリで回避する。
「バカヤローお前ッ……更に僕から治療費を絞り出すつもりか!? なんなら傷口開いたわコノヤロウッ!!」
「ノブ〜」
「あー、チアカさんも剥いてくれたんですか? 悪いんですけど、本当に要らな──」
「はいっ! きな粉餅ッ!!」
「せめて林檎食わせろや」
きな粉と黒蜜のベッタリと付いた、窒息事故の申し子を押し付けてくるチアカさんと姉妹達による怒涛のボケを処理していると、
「
病室。僕のベッドから見て左手側に位置する扉の前に、クリーム色の髪に純白の軍服を身に纏った美青年が、いつの間にかそこに立って、僕達の方を呆れた表情で眺めていた。
「ロスさん……わざわざ見舞いに来てくれたんですか?」
「そっ、関係者だと思われたくなくて、非常に入りずらかったけどね。俺が止めなかったら、鬼の形相をした看護師さんが突入する寸前だったんだぜ?」
「ご苦労様です。それじゃあ……」
言いながら僕がキミエに視線をやると、僕が言いたいことを察して、腰掛けていたパイプ椅子から立ち上がる。
「はーい。これからお二人は濃密でブロマンスな時間を過ごすので、私達は外に出てましょうねぇ〜」
「いや察しが最悪過ぎんだろ。仕事の話するから出てけってんだよ」
「ん、そういう事にしといてあげよう……」
「ただでさえ怪我してるんだから、肛門科にかかるような真似はしないでね?」
「なんでお前達もこういう時はノリノリなんだよ」
しかも僕が受け?
なんか……せめて攻めがいい。
攻め手だけに。
「まぁ、俺が攻めならいいかぁ……攻め手だけに」
「キッ……ショイ事言わんでください」
アンタも同じ事考えてんのかい。
しかもその
て言うか、このやり取りチアカさんの時にやったろ。
「まっ、大人しく出てくから、そっちも大人しくお仕事してね? じゃないと治るもんも治んないし……あと、そのぉ……ちょっと責任とか、感じちゃうしぃ……?」
「……はぁ。やめてください、しおらしいのは、貴女らしくもない。言われなくても、そうするつもりですよ。気にしないで、ほら、行ってください」
「ッ! ……えへへ、うん、わかった!!」
「…………あっ、それと、もう一つだけ」
チアカさん達が戸を横にスライドした所で、僕は思い出したように三人を呼び止め──
「チアカさんは借金に加算しとくけど、お前達はちゃんと現金で支払えよ」
しっかりと忘れずに請求し、嫌そうな顔をされるのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「──空賊の誘拐に
僕からの報告を一通り聞き終えたロスさんは、僕が気にしていた事を吐き捨てながら、ベッドで横になる、無様なミイラのなり損ないを見下ろす。
と言うか、僕だった。
「それが……
「ああ、ここに来る前、押収された証拠として確認したよ。ピンポイントに妹達の居る場所に突っ込むなんて君らしいね。あれ? けど、それなら一緒に居たチアカちゃんが傷一つ無いのはどういう理由?」
「それは……『ソラガメ』が衝突した時の衝撃でチアカさんが僕に向かって倒れて来ましてね?
お陰で、今回の件で得た報酬も、僕の治療費や飛空挺の修繕費で消し飛び、プラマイはゼロ所かマイナス。
身を削った分の割に合わない、赤字であった。
「ハハッ、予想はしてたがやっぱりか。レストランから弾き飛ばされた先が食堂っていう小さな偶然を起こしてんのも君らしいや」
「おや、何故弾き飛ばされた先が食堂だと? 僕はまだ、弾き飛ばされた、とだけしか言わなかった筈ですが?」
「わざわざ
「ふ〜ん? まっ、そういう事にしといてあげますよ」
そんな、青少年のようなくだらないやり取りを二人で笑いあってから、ロスさんは眼差しに真剣さを差し込ませる。
「しかし、大量の花粉に
「なんスか? 嫌味ッスか? それ言ったら大体にして、軍が捕まえられてないから懸賞金掛かってるって話になるでしょうが」
そう、これは僕がこうして病院のベッドで横になってから知ったことなのだが、『ソラガメ』や空賊の飛空挺の中にラウールの姿は無く、
トムとジェリーに出てくるチーズくらい店内を穴だらけにしたのだ、墜落の最中、穴から転がり落ちたと考えるのが妥当だろう。
だが、特撮界において、落下落ちは生存フラグとも言うし、それが僕の敵ともなれば、方法こそ分からないが、生きていると考える事こそが、僕にとっての妥当だった。
「まぁ、雲の下に行って確認するのも難しいし、ラウールの事は置いておくとして……君の知り合いで、
「浮かびます、けどぉ〜……あの人ォ〜? あの人が黒幕だったらいよいよ過ぎません……?」
「確かに、あの人だったら別に黒幕でもおかしかないけどさ……容疑者としてじゃなくて、専門家から意見を聞くって意味でも会いに行くといいんじゃないかな?」
「そうしますかね……余り気は乗りませんが」
それに、気が乗る乗らないに関わらず、丁度チアカさんをあの人と会わせるべきだと考えていたのも事実だ。
あの
「ノブノブノブノブノブゥ〜ッ!!」
「病院ではお静かにッ!!」
「あっ、ごめんなさい! ──ノブノブノブノブノブノブゥ〜ッ……!!」
先程出て行った筈のチアカさんが叫び、看護師さんに叱られる声が聞こえたかと思えば、戸を開き、小声で僕の名前を連呼しながら病室の中へと入ってくる。
「大変なの! こんなに大変なのは人生初めて! 記憶喪失中だからそりゃあ初めてなんだけども……」
「待って待って、落ち着いてください。そんなに慌てて、一体どうしたんです?」
「ハッ! そうだった聞いて! いや、やっぱり……見て」
そう言ってチアカさんが振り返り、彼女の背中に隠されていた物が顕になった事で、僕は目を見開いて驚く。
そこにあったのは──チアカさんの背中から生えていたのは──バースデーケーキの
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