二十八枚目『足並み揃えて』

 出し惜しみは無しだ。

 ……とか格好付けた手前、出す出す詐欺をして引っ込めるのはダサいとは自覚しつつ──


「ハーハッハッハッ!! もう大丈夫! 何故かって!? 私が来──うぉッ!? 裸のガール!? 年齢制限大丈夫!?」


 このタイミングで、このチアカさんらしいやかまし過ぎる登場は、チアカさんが蟲狩でもなんでもない一般人である事なんて些事さじたる問題に思える程、妙な安心感を僕に与えた。


「──いやいや些事さじったらダメだろ僕ッ! チアカさん! なんでここに……ど、どうやって!?」

「え? いやだって、『ソラガメ』からメインカメラやられた時のアムロ・レイばりにビームが出てたらそりゃあ心配するっしょ普通。だからミチカちゃんにロケット撃って貰って、それに乗って……」

「伏せてッ!!」


 僕の絶叫に、チアカさんは一瞬ビクリと身を震わせると、その場で頭を抱えるようにしゃがみ、人蟲じんちゅう熱線レーザーを回避する。


「あっぶねぇ〜! 空気読んで黙ってくれるターンは終わりってわけね……種使わせてもらうよ、ノブ!!」

「待ってください! 蟲狩むしかりでもない貴女が人蟲じんちゅう種と戦うなんて──」

「『黄蝋狩鉈ウィンター・ククリ』ッ!!」

「聞けぇッ!!」


 チアカさんは僕の言葉を全力で無視しながら、保険に持たせた種籾たねもみ袋から二粒種を取り出すと、一対のククリナイフと呼ばれるくの字型の武器を蝋で創り出し、人蟲じんちゅうへと良く言えば勇猛。悪く言えば無謀にも突っ込んでいく。

 ほんと、妹達といい、 どうして僕に関係する女性陣はどいつもこいつも血の気が多いんだ。


「キャアァァアアアアッ!!」


 当然、そんな物騒なものを待って襲いかかられて人蟲じんちゅうも黙っていない。熱線レーザーを放っている間は視界が塞がれるデメリット対策の為か、今度は短く、バースト射撃でもするように熱線レーザーをチアカさんに向かって放つ。


「あらよっ──と!!」


 チアカさんはそれを跳び前転でかわすと、勢いそのままに右手で握っていた方のククリを顔面目掛けて投擲する。

 ククリは、ほんの数センチ程度伸びた熱線レーザーによって溶かされはするものの、逆にそれが複眼を覆う目隠しブラインドとして働く。


「クギャアァァアアアアッ!!」

「──ごめんね。害蟲がいちゅうだけど、子供にこんな事したくないし、罪悪感あるし、可哀想──だけど」


 熱線レーザーを目から出せても、熱に耐性がある訳では無い『ヒックとドラゴン』のドラゴンみたいな体の仕組みをしているのか、沸騰ふっとうした熱湯をそのまま目に浴びせたような苦痛に、人蟲じんちゅうは悲鳴を上げ、やぶれかぶれになって、大振りに腕を振るう。


「だけど──ノブをいじめたのは、許せないから」


 雑な一撃だが、それでも人蟲じんちゅう種。当たればタダでは済まないが、チアカさんはそれにも臆することなく、逆に、すれ違いざまに振るってきた腕の肩口や、上腕三頭筋の辺りを斬り付け、文字通り指一本動けない状態にさせる。


「は、早い……」


 早業というだけでは無い。完璧に人体の構造を理解した攻撃だ。試しに厨房に立たせたら、ピーラーを使って野菜の皮剥きすら出来なかった記憶喪失の少女が、いきなり目の前でそんなことをやってのけたのだから、この時の僕は唖然あぜんとし、ただその華麗な技の数々に見蕩みとれてしまっていた。


「グギャッ……ァァ……!!」


 を相手にしてる手前、的確な表現かどうか怪しいが、チアカさんは常に位置を悟らせないよう蝶のように舞いながら、容赦なき連続攻撃を繰り広げていくと、腕に続き脚の筋肉もやられたのか、人蟲じんちゅうはその場に尻餅をつかされる。

 決まった────と、チアカさんは思ったのだろう。

 背後からうなじに目掛け、トドメの一撃を振り下ろそうとする寸前。僕は飛び出し、ラリアットをするような動きで右腕をチアカさんの胸に喰らわせ、そのまま一緒になって体重任せに倒れる。


「ゴホッ!? ちょ、なにし──」


 押し倒されたチアカさんが、当然の疑問を僕に投げかけようとしたのとほぼ同時、、僕が答えるまでもなく、何故押し倒したのかという疑問への答えを提示する。


「目以外からもビーム!? いや、は……!?」

「察しが早くて助かります──走って!!」


 そもそも、答える答えない以前に、あれこれ言葉を交わしている暇なんて僕とチアカさんの間には無い。即座に立ち上がり、倒れる僕達を狙って放たれた熱線レーザーを回避すると、アイコンタクトと頷きのみで打ち合わせ、左右へと別れるように走り出す。


「キュッ……ルルルルルルッ!!」


 人蟲じんちゅうは叫びながら、後頭部──に、に僕達の姿が映るよう、人間には不可能な可動域で首だけを動かし、追い掛ける。

 害蟲がいちゅう人蟲じんちゅう化する際に獲得する能力や肉体は、環境や状況による強い負荷に由来する説があると、害蟲がいちゅう売買で懇意こんいにしている研究所の変態人外癖生物学者から聞いた事がある。

 チアカさんを止めたのは、どうせこのまま簡単に終わるわけが無い。という山勘で飛び出したものだったが、目が足りないなら増やせばいい、なんなら、後ろにも目が回るようにしてしまえばいいというのは単純でいい加減だが、そのいい加減さが、益々生物として害蟲がいちゅうの種としての異質さを強調しているようでもあった。

 そんな人蟲じんちゅうは武器を持つチアカさんがこの場で最も脅威であると判断したのか、完全に僕を無視し、狙いをチアカさんだけに絞り始める。

 害蟲がいちゅうの動体視力と可動域を持ってすれば、いくらチアカさんが俊敏であっても、熱線レーザーを避ける事は不可能──だが!


「ヘイパスッ!!」

「ッ! オッケー!!」


 その台詞によって、僕が何をしようとしているのかを察したチアカさんは、僕に向かって持っていた蝋のククリを投げ渡す。


「────ッ!!」


 咄嗟に蛾の人蟲も首を回して投げ渡された僕を捉えようとするが、照準を定める途中で手拍子を鳴らしたチアカさんへと投げ返す。

 バスケやサッカーでディフェンスにボールを取られないようにするように、僕とチアカさんは走ってポジションを入れ替えながら、パスの連続によって人蟲じんちゅうの照準を迷わせる。


「イヤァーッ!!」


 そして、そんな迷いの隙を突くように、チアカさんは投げ返されたククリを投げずに構え、今度こそと、人蟲じんちゅうの首に向かって水平にククリを振るう。


「ギッ!!」


 人蟲じんちゅうも必死になり、歯を食いしばって力んだ声を漏らすと、短い熱線レーザーを振るおうとしていたククリに命中させ、溶かしてしまう。


「しまっ──!?」


 怖いのはククリの刃であって、チアカさんや僕では無い。蛇から牙を抜くように僕達の無害化に成功した蛾の人蟲は、いい加減に終わらせてやろうと、熱線レーザーを放とうとし──やめる。

 容赦や情けからでは無い。きっと、違和感を感じたからだ。

 立ち向かうための牙を折られ、死を受け入れるしかないはずのチアカさんが、害蟲に蹂躙されるだけの憐れな下等生物が──勝ち誇ったようにから。


「ッ!! ギギィッ──!!」


 やはり、気付いた。

 気付いて、蛾の人蟲は急いで僕の方を振り返ろうとするが、忙しいと、首は回らないものだ。

 僕は見えていないはずなのに、睨みつけるように怒りを這わせる蛾の人蟲の眉に向かって、、倒れた時にチアカさんの服から抜き取った種籾たねもみ袋を押し当て、種の中に圧縮された蝋全てに向かって命令するように叫ぶ。


「『黄蝋羅槍ウィンター・ロンギヌス』ッ!!」


 完成に至るまで音速を超える速度で乱回転する蝋は、蛾の人蟲に螺旋らせん状の傷を負わせながら、その形状を巨大な槍へと変形していく。

 それは、ただ『黄蝋穿槍ウィンター・ジャベリン』の上位互換というだけではなく。僕が出力出来る最大、最速、最強の技であり──その技で持って、蛾の人蟲を店の外──空の彼方へと吹き飛ばすのだった。

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