二十七枚目『煌めく』

「うへぇ〜……これでほんとに生きてんのぉ?」


 ラウールが害蟲がいちゅうによって飛び去って行った後、飛空挺ひくうていに残されたチアカは、キミエの手によって、ピラミッドから出土しなミイラのような風貌に、盆栽サイズの桜の木が芽生えた空賊達を、同じくキミエの手によって空けられた風穴まで運んでいた。


「生きてますよぉ〜。私、寸止めが得意ですので♡」

「う〜ん、ミチカもそれ言ってたけど、理由になってないんだよなぁ〜……それ」

「まぁ、理由らしい理由を付けるなら、私の能力は生命力を扱いますから、副次的に人の生命力の分量をなんとなく理解出来るのはありますわね」

「ふーん……HPヒットポイントバーが見えるみたいなもんか」

「兄様と全く同じたとえですわねぇ〜。ああけど、その桜の木は折らないようにしてくださいまし? それが生命維持装置になっておりますので、ポッキリ行ったらポックリ逝きますわよ」

「げぇッ!? ちょ、もぉ〜! もっと早く言ってよそれ! 余裕で持ち手にしてたって!!」

「……楽しそうな所悪いんだけど、運び終わったらさっさとミチカのこと手伝ってくんない?」


 船内にあった工具と、ノブナガが保険に渡してくれた蝋を使って、穴だらけの船内を直しながら、ミチカははしゃぐ二人に向かって、ムッとした声で割って入る。


「アハハッ、ごめんごめん。にしても、ミチカにこんな特技があったなんてビックリ! あんなボロボロだったのに、直しちゃうなんて」

「ん、別に隠してたわけじゃないけどね」

「ミチカはウチのエンジニアですもの。元はポンコツだった飛空挺を店として運用出来るまで整備したのも、ミチカですのよ」

「へぇ〜! 凄いね! ミチカ!!」

「──んまぁ〜……それ程でもぉ〜……あるかぁ〜」


 褒められたのが余程嬉しかったのか、表情こそいつも通りの無愛想ではあるが、ムスッとしていた機嫌が、むふーっという満足気な鼻息が出るほどにご機嫌なものとなる。


いのぉ〜。よしよししちゃいたくなる『みつどもえ』的可愛さ! 見た目はキューティーってかセクシーってかダイナマイトなんだけど……」


 そう言って、チアカが背伸びしてミチカの頬を両手で包み、でていると、今度はそれを微笑ましげに眺めていたキミエが割って入る。


「失礼、二人で百合営業してる所申し訳ないのですが」

「最悪な切り口だけど、どしたの?」

「どうやら迎えが来たようですよ」


 キミエにそう言われ、風穴から外を覗いてみると、そこには海亀を模した造りをした飛空挺──『ソラガメ』がこちらに向かって飛行して来ているのが見えた。


「ノブだぁ〜!! 座標届いてたんだ!!」

「はぁ〜……コレでやっと帰れる……ミチカ、シャワー浴びたい」

「あら? なら、私と一緒に入る? チアカさんもどうです?」

「う〜ん? シャワーは私も浴びたいけど、キミエと入るのはぁ〜……ん? ちょっと待って、アレ──」

「……? どうしたんですの? チアカさん」


 何かを言いかけたチアカが、『ソラガメ』を指差して固まっているのを見て、不思議に思ったキミエと、同じくそれを見ていたミチカも、そちらに目を向け、チアカが言わんとしていた事に気付く。


「なんか……光ってね? あの亀」


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「ギッ……ガァッ! ンだよクソッ! 痛でぇ! 熱ッ……がぁぁああああッ!!」


 僕の不運に巻き込まれたのか、人蟲じんちゅうが複眼から放った熱線レーザーによって、拘束されていた右手首を焼き切られ、赤髭のラウールは、耐えられない苦痛にのたうち回る。


迂闊うかつだった……。そのビーム花粉関係ねぇのかよ……!」


 蟲喰むしくいであるラウールが居たことから、あのビームはラウールが最後の花粉を捻出ねんしゅつしてやったものだと誤認してしまっていた。

 それでも、人蟲化する前から出来ていたのだから、能力ではなく、肉体に備わった機能であると推し量るべきだったことを考えると、これは言い訳の余地がない、恥だった。

 オマケに一撃目をなんとか避けることこそ出来たが、発生した熱によって拘束に使っていた蝋を溶かされ、当たり所が悪かったのか、飛空挺ひくうていが徐々に降下し始めている。そろそろ目標の座標に到着する頃だが、この蛾の人蟲を自由な状態でチアカさん達と合流するわけにはいかない。

 生け捕りは不可能──ならば、ここで秒殺──駆除する他ない。


「キュアアァァァァッ!!」

「来るッ──!!」


 熱線レーザーの前兆。複眼が赤く発光するのに合わせ、僕は、熱で溶ける蝋のようなイメージで、全身を脱力させる。

 直後、放たれた熱線レーザーは超低空姿勢になった僕を捉える事は出来ず、逆に、超低姿勢から繰り出したタックルによって押し倒し、熱線レーザーを比較的被害の少ない天井へと向けさせる。


「けど……クソッ……!! この損害は高くつきますよ……!!」


 人蟲じんちゅうが言葉を理解出来はしないと理解しているが、大声を張り上げて力み、首を抑え続けていなければ、少し顔を向けられただけで即死してしまう恐怖に対抗出来なかった。


「キャアァァァアアアアッ!!」


 すると、人蟲じんちゅうは絶え間なく天へと放ち続けていた熱線レーザーを一度解くと、レスラーブリッジの要領で腰を持ち上げ、純粋な膂力りょりょくのみで僕の肉体を宙に打ち上げ、避けることの出来ない状態にして、再度熱線レーザーを放ってくる。


「──ンなクソッ!!」


 目と鼻の先まで迫り来る死に対し、僕は咄嗟とっさに右の爪先を椅子の背もたれに引っ掛け、熱線レーザーの直撃だけは回避する──が、全てはかわし切れず、運悪く左肩を掠めてしまう。


「熱ッ……!? くっ……」


 極限まで熱したら剃刀そりがたなで切り裂いたような痛みに、つい右手で抑えたくなるのをぐっと堪える。僕の肉体は蝋を生成する能力のせいか、熱っされると蝋と同じく、ドロドロに溶けてしまう弱点があった。左腕はもう使い物にならないが、せめて右手にまで熱が伝播でんぱし、使い物にならなくなるのだけは回避したい。


「まぁ、右手が使えた所で……という所ではありますが──」


 もう保険に仕込んでいた種も残ってない。膂力の差を技術で埋め合わせて何とかなっていた格闘戦も、左肩を負傷した今ではそれも難しい。

 ……もはや、これまでか。


「これだけは死んでも使いたくなかったんですがね……」


 背に腹はかえられない。

 これが僕一人の命だけが関わるなら、後ろのラウールさん辺りを生贄に逃走と洒落こんでいただろうが、今回はチアカさん達を迎えに行くという使命が僕にはある。

 故に、ここで全てを諦め、蛾の人蟲じんちゅうを放棄する暇は無いのだと自分に言い聞かせ、腹を括る。


「キュッ……!! ァアッ……アァァァッ……!?」


 害蟲がいちゅうとしての本能故か。まだ具体的に僕が何かしたという訳でもないのに、人蟲じんちゅうは僕に向かって威嚇いかくしながらも、表情や声色に、見た目通りの少女らしい怯えが感じ取れた。

 そのまま飛んで逃げてくれれば一番楽なのだが、たかが下等な人間如きとか、生まれたてのひよっこの癖に思っているのか、半歩後退るだけで、それ以上退きはしなかった。

 ならば僕も、出し惜しみはしない。


「『黄蝋■■ウィンター・■■■■■』──」


 覚悟を決め、『悪戯者アーチン』でも『無法者ウォンテッド』でもない、を蝋に与えようとした──瞬間。


「──……あ?」


 人蟲じんちゅうの背後。窓の外にチラリと黒い点が見え、僕はつい、疑問符に詠唱を中断してしまう。


「……──ァァァアアァァアアアアアアァァッ!?!?」


 点は、徐々に徐々に、悲鳴のボリュームに比例して拡大され、より鮮明に姿が捉えられるようになった頃には、覗くのに使っていた窓を突き破り、が、店の中へと突入してくる。


「なんッ……だと……!?」


 髪は真珠パール、瞳は石柘榴ガーネット、肌は琥珀コハク

 全身を宝石で創られたと言われても過言では無い容姿を堂々ときらめかせながら、傷付き、ひざまずく僕に向かって、彼女は──


「チアカ・マーティネー! 参・上ッ!!」


 声高らかに名乗ってせるのだった。

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