二十五枚目『一難去らずにまた一難』

 ありのまま今起こったことを話すぜ。

 迷子になった妹達プラス従業員を迎えに行ったら、目の前から眼球の化け物が迫って来ていきなり爆発した。

 何を言ってるか分からねぇと思うが、僕も何が起きたのか分からなかった。

 しかし、僕は常日頃からもっと恐ろしいものを片鱗へんりんどころか、全鱗ぜんりんを味わってきた男──否、おとこである。

 だから目の前でそんな意味不明な事が起ころうと、この時の僕は慌てることなく、冷静沈着に椅子から転げ落ち、迅速じんそくにカウンターの下に隠れることが出来た。

 ──少なくとも、悲鳴を挙げたりはしなかった。

 それに、あの爆発は我が妹ミチカの仕業に違いないので、いきなり通信が途絶えて不明だった安否も確認出来たのは、驚いた甲斐かいがあるというものだ。


「にしても、相変わらず遅いなぁ……この船は」


 元々中古だった飛空挺ひくうていを改造したものである事に加えて、どうせミチカが居るからとエンジンをケチったせいで、『ソラガメ』の速度はモチーフ通り、ノロマな亀程度しか出ない。

 今後の為にも、ミチカが居ない時のクー・ド・バースト的な緊急措置の購入を検討すべきか──


「……あっ、それか、貴方の船の部品を頂くってのもアリかもしれませんね」

「──……うっ」


 小籠包しょうろんぽうの様な形で固められた薄黄色のろうによって、身動きが取れなくなった赤髭の侵入者に視線を移しながら、僕はそんなナイスアイデアを口する。


「いいですよね? どうせスクラップにしちゃうでしょうし」

「なん……で……」

「なんで? なにが? ……ああ、どうして自分が瞬殺されたのかってことですか? そりゃあ、まぁ……あんなデカい音で屋根に降ってきて、しかも大笑いしてたら気付きますって、普通」


 そう言って僕は、いかにも賊の長という風の侵入者を封じるのに使うため、円形にくり抜かれた天井を、人差し指で指差す。

 この『ソラガメ』は改装にあたって、僕の蝋が混ぜこまれ、溶かす、固めるといった簡単な命令くらいなら、念じるだけで行使する事が出来る。

 目の前の侵入者は救いの方舟にでも見えたのだろうが、実際は胃袋の中に飛び込んだのと同義だったのだ。


「でもまぁ、気持ちはわかりますよ。その感じだと僕の妹達にこっぴどくやられたんでしょう? 僕だってアイツらから逃げられたなら『ショーシャンクの空に』の名シーンばりに解放感にひたると思いますし」

「……なんだと?」

「えっ、知ってますか!? 実はあのシーンってポール・ニューマン主演の『暴力脱獄』のオマージュから生まれたシーンで……」

「くだらねぇ映画の話なんか知らねぇよ……今、妹達って言ったよな? お前」


 愛する映画を『くだらねぇ』と馬鹿にされ、じゃあなんで映画だって分かるんだよと言い返してやりたくなったが、僕が何気なく明かした『妹達』という情報が、男のどんな記憶を思い出す鍵になったのか気になり、吐きかけた言葉をグッと呑み込む。

 すると、赤髭は得心が言ったという風にくつくつと笑い出す。


「なるほどねぇ……って事は兄ちゃん、マサノリ・ノブナガか?」

「おや、ご存知で? どこかでお会いしましたっけ?」

「いいや、少し前仲介人から警告されてな。俺達の業界じゃ、ノブナガと言えば桶狭間おけはざまより、花蟲かちゅう戦争を生き残った方を真っ先に思い浮かべるくらいの有名人……ってな」

「業界ねぇ……単にその仲介人が歴史嫌いなだけじゃないんですか? ロスさん──は別格として、あの戦争で生き残って出世した蟲狩なんて他にも居るでしょうに……」

「ハッ、謙遜けんそんすんじゃねぇよ。つい最近だって、百を超える害蟲がいちゅうの群れを、人蟲じんちゅう種こそ殺したもののたった一人、らしいじゃねぇか」

「……そりゃあガセですよ。確かに生け捕りにしましたが、群れの三分の一にも満たない数で、残りは……貴方を簡単に捕まえられるくらいボコボコにしてくれた、ウチの姉妹が見事、売り物にならないくらい木っ端微塵にしてくれましたから。本当に全部生け捕りに出来てたら、貴方捕まえて小遣い稼ごうだなんて────いや、思うか。金なんてなんぼあってもいいですからね」


 そして、謙遜けんそんでも無い。

 蟲狩むしかりとして活動を始めたのは終戦から十年後になる。そこからの活動期間は半年にも満たない為、如何にその仲介人の耳が早かったとしても、蟲喰むしくいの業界で要注意扱いをされる覚えは無い。

 となると、考えられるのは、その仲介人は花蟲かちゅう戦争の参加者──少なくともそれに関係のある人物だろう。


「……嫌な感じだな」


 そいつが誰であろうと、僕はあの戦争にいい思い出が何一つ無い。なんなら忘れたい事だらけだ。

 どれだけの規模の組織が裏で暗躍してるか知らないが、さっさと軍に引き渡し、さっさとこの件から手を引くべきだろう。


「その為にも、チアカさん達を早く迎えに──」


 行ってやらないと。

 進行方向へと振り返りながら、言いかけた時。赤髭の侵入者を捕らえる為にくり抜いた穴の近くで、微かに動く黒い影が見えた。

 先手を打ったのは僕だった。

 知っていた。それが何か正体を知っていたという意味でも、攻撃されると予見していたという意味でもない。

 ただ妹達を出迎えに行って、チアカさん達からアクション盛り沢山の回想を聞きながらめでたしめでたしで終わらないことくらい、自分がよく知っているという意味だ。

 だからその影が本格的に何かをするよりも早く、赤髭の侵入者に対してそうしたように、屋根の素材にしていた蝋を溶かして即席の落とし穴とし、蝋による封印を試みることが出来た。

 ──が、試みたからと言って成功するかどうかは、また別の話だ。

 蝋に包まれながら、見覚えのある球体のシルエット──先程目視したばかりの眼球の怪物の一部であろうものが落下し、僕を捉えて瞳孔どうこうを赤く光らせる。

 過剰な光────熱ッ!


「くぉッ……!?」


 僕は脊髄で何をしてくるか判断すると、思い切り横に飛び、眼球が放った熱線レーザーを緊急回避する。

 判断は正しく、僕は僕自身を生かすことに成功するが、放たれた熱線レーザーは僕の背後で固まっていたろうによる封印を溶かし、赤髭の侵入者に身の自由を許してしまう。


「くっ──」

「おぉっと、動くなよ。本日何度目かになる形勢逆転だぜ」


 赤髭の侵入者は僕に反撃を許さず、かつ自分は相手が何をしようと即座に眉間を射抜ける距離で拳銃を構え、言い放つ。


「察するにろうの生成がお前の能力だろう? 花粉がないこの場所じゃ開花ブルームしてもパンピーと変わんねぇよ。このまま大人しく一緒に近くの巨大樹都市の所まで行くか、撃たれておっちんで船から降りるか……どうする?」

「……さて、どうですかね。こうしてる間にも、この飛空挺ひくうていは貴方をボコボコにした僕の愛する家族の元へと近付いてますし、わざわざそんな事を聞いてくるということは、この形式の操舵法には慣れていないからでは? 実は追い詰められてるのは、僕じゃなく、貴方の方かも」

「悲しいねぇ、人情で言ってやってるってのに……それじゃあ撃って答え合わせしてやろうか? ん?」


 撃つか? 撃たないか? やっぱり撃つか?

 お互いに指先一つ、僅かに動かしただけで、筋肉や骨の軋む音が聞き取れるのでは無いかという程の、緊張感に満ちた静寂が、僕達を包み込む。

 人生、一か八かの八ばかり当たり続けてきた僕だが、こうなったら開花ブルームによる身体強化を行った後、銃弾に貫かれるよりも早く、カウンター下にあるを回収するしかない。

 そう決意し、『開花せよブルーム』と唱えようとした、その時。

 ──と、静寂と共に何かがひび割れる音が響く。

 研ぎ澄まされ、鋭敏になっていた僕は、突如響いた音に驚き、聞こえた方角を振り向く。すると先程侵入者の拘束を解いた眼球が、ひなが産まれる寸前の卵のような割れ目が出来ているのが見えた。


「おいおい……なんだってんだァ……?」


 一瞬、赤髭の侵入者が何か指示を出したのかと思ったが、彼も僕と同じく驚いた様子で割れていく眼球を見ながらそう呟くのが聞こえた為、完全なイレギュラーが現在進行形で発生しているのだと、僕は──僕達は、理解する。

 そうこうしている内にもヒビは全体へと広がっていき──


「……──キィーァァアアアァァァァアアアアアアッ!!!!」


 絶叫を上げながら、人蟲じんちゅう種が誕生する。

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