二十三枚目『二試合目』

「いや〜、危なかったぁ〜……パートツー


 自ら開けた穴から身投げしそうになるのを、間一髪かんいっぱつ船体に刀を突き刺すことで危機を脱しながら、キミエは次に脱しなくてはならない危機へと視線を向ける。


「で、なんですかぁ、それ……眼?」


 そこには、先程キミエが桜の巨木をぶつけて外へと押し出した筈のラウールが、人間の頭部大の連なって浮かぶ眼球達を足場に、空を飛んでいる姿があった。


「危なかったはこっちの台詞だぜ。ったく……コイツは売り物なんで、使いたくはなかったがな」


 ズキリ、と背中が痛む。

 キミエが身投げしそうになったのは、あの連なる眼球の一部が背後から襲い、外へと押し出された為だった。


「売り物と言いましたね。能力では無いということは、害蟲がいちゅうの類ですの? ……その害蟲がいちゅうの中であって尚、異形ではありますが」

「なぁに、コイツはほんの一部でな。本体を見たら、直ぐになんの害蟲がいちゅうか、お嬢ちゃんにもわかると思うぜ」


 そのラウールの言葉を合図に、船の反対側から破砕音が響き、キミエの頭上を巨大な黒い影が、赤黒く光を反射する鱗粉りんぷんを乗せた強風を伴ってやって来る。


「ケホッ……──なるほど? そのシルエットは蝶……否、害蟲がいちゅう……ですか」

「その通り。眼状紋がんじょうもんと言えばでお馴染みのだ」

「……最初に聞くべき事ではありましたが。どうやって害蟲がいちゅうを操っているのです?」


 害蟲がいちゅうは人類の敵だ。

 それは、能力を個人のエゴの為に悪用する蟲喰むしくいであっても変わらない。

 敵の敵は味方とは限らない。

 第一、ラウールの異能は予知で間違いない。ならば害蟲がいちゅうを操っているのは、ラウールの能力とは無関係──第三者の介入によるものだろうと予想し、文字通り、ただ巻き込まれて空賊の船に迷い込んだだけでは済まなそうだと、キミエは認識を改める。


「どうやって操ってるのかってそりゃあご想像にお任せってことで、二回戦やってくけど……お嬢ちゃん。ひょっとしてもう残機ざんき残ってねぇんじゃあねぇのぉ?」

「あらあらどうでしょう? 仮にそうだからと言って、それが私の勝てない理由にはなりますかぁ?」


 そう言って、キミエは刀の反動を利用して船内に戻ると、そのまま何が来ても対応出来るよう、中段の構えで害蟲がいちゅうとラウールに刀を向ける。


「へぇ、カッコイイねぇ? まっ、確かに、残機ざんきが有ろうが無かろうが、お嬢ちゃんの刀は当たれば即死のとんでも武器だ──けどな」


 言いながらラウールが手を振って指示を出すと、害蟲がいちゅうが羽をはためかせ、大砲の如く眼球をキミエへと放つ。


「くっ……!!」


 負けじとキミエも押し寄せる眼球達を刀で打ち払おうとするが、眼球達はキミエの動きを予め知っていたかのようにかわし、肉体をじわじわと削ってなぶり殺しにしていく。


「お嬢ちゃんが一太刀浴びせようとすりゃあその倍の攻撃が襲う……数の暴力って奴だ。加えて、その眼球の視神経には、俺の持つパメラの根が張り巡らされている──つまり! そいつらは俺の手足になるだけじゃなく、俺の眼にもなってくれんのよォ!!」

「成程……それだけの技術力。背後に誰が居るのか、益々知りたくなりますね……!」


 などと余裕ぶった口を叩いてみせるが、そうしている間にも眼球による攻撃は、こちらから攻撃する余地が無くなってしまうほどに勢いを増していく。


「ああ、こんな、こんな──」


 キミエは、死が自分に向かって着実に近付いてくるのを五感全てで──


「こんな──死に方エクスタシーッ!!」


 ふしだらな感じ方をしていた。


「なんか……本物だよ、お嬢ちゃん。マジでカッケェよ」


 眼球からの猛撃もうげきを真正面から受けて、尚も恍惚こうこつとした表情を浮かべるキミエの姿にある種の敬意を込めて、ラウールは手を挙げ、容赦なく、全方位からの圧死をするように害蟲がいちゅうに指示を出そうとし──自身が赤光によって照らされていることに気付く。


「〜〜〜〜ッ!? 高度下げろォ!!」


 出す予定だった攻撃の命令を呑み込み、蛾の害蟲に緊急回避命令を出すと、ラウールの頭上をとてつもない勢いで、くれない色の影が通り過ぎていく。


「あ、危なかった……何だってんだよオイ……!?」


 何事かとラウールが振り返って確認すると、影の正体は、一人の少女であった。

 当然、とてつもない勢いで通り過ぎた少女が普通である訳もなく、その少女の両腕は、かすかに紫味を含む淡い紅色をした梅の花を咲かせた巨木によって構成され、又、姿少女だった。


「あれ、避けられちゃった。銀河級に完璧な奇襲だったと思ったんだけどな」

「オイオイ……他にもお嬢ちゃんに仲間が居たってのにも驚きだが……双子か?」

「ん、正解。まぁ、馬鹿でも分かるよね。……ボロボロだねキミエ、邪魔した?」

「フフッ、いいえ、助かりましたわミチカ。私とした事が、つい我を忘れてイッてしまう所でしたわ」


 瓜二つの少女──ミチカとキミエは鏡のように、表情筋の動き全てがピタリとハマるよう笑ってそう言うと、少し遅れて廊下の奥から駆ける足音が近付いてくる。


「ハァッ……ハァッ……!! ちょっ、と、飛ぶのズルいって……!!」

「あっ、ごめんチアカ。テンション上がっちゃって」

「全くもぉ〜……ってうわキモ!? 明るい所だと尚更キモい!?」

「今度は騒がしいエキゾチック嬢ちゃんまで……こりゃあ船のセキュリティを見直した方がいいかねぇ……」


 言いながら、ラウールはキミエと新しくやって来たチアカに対して害蟲がいちゅうの眼球を見張りとして一つだけ向け、それ以外を全て、次の一手をミチカが打った時、即座に対応する為だけに向ける。


「それじゃあこっからは選手交代ってことで……いいよね? キミエ」

「本音を言えば私も混ざりたいのですけれど……譲りますわ、ミチカ」


 キミエとは違う、の威力を持っていることを、ラウールはただの一撃のみで理解し──戦慄する。


「全く若い子が寄って集って……おじさん狩りだなんて嫌だねぇ」

「……? ここには蟲しか居ないけど?」

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