二十二枚目『熱い視線』

 危なかった。

 もし、ラウールが右手ではなく、最初から頭を撃ち抜いていたなら──否、そもそも逃げ出さず、あともう一回分キミエを殺せていたなら、勝敗は違っていたかもしれないと、キミエは自身が生み出した、壁を突き破って外まで伸びる桜の巨木に目をやりながら、考える。

 ラウールが時間稼ぎに左腕を撃って逃げ出した時点で、キミエが持っていた生命力の残機は一つ。キミエは敢えてその一つを使って左腕の治療をせず、逃げるラウールを追いかけながら、部下の空賊達に桜の木という形で残していた生命力を回収、あともう一度だけ死ねる分の残機を手に入れ、残る生命力全てを込めて、攻撃に用いたのである。


「兄様の言葉を借りるなら、『こんな事もあろうかと』──ですわ」


 そんな風に格好つけながら、キミエは両腕を治療すべく、落とした刀を口で拾い、桜の巨木に突き刺して生命力を回収する。


「まぁ、こんなギリギリの戦いを演じたと兄様が知れば、きっとお叱りになるでしょうが……それはそれで興奮し──ん?」


 桜の木を回収し終え、外へと通じる穴がぽっかりと空いたことで、キミエはそこから見える違和感に気付き──


 直後、キミエの視界は乱回転する。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 キミエがラウールと激戦を繰り広げていた一方その頃。


「花粉の宝石箱やぁ〜ッ!!」


 チアカとミチカの二人は、大量の花粉がガラスのように透明な箱の中に収納され、積み上げられた部屋に辿り着いていた。


「ん、銀河級だね……多分、どっかから略奪して来たものかな」

「盗品!? じゃあ触ったら不味いかなぁ?」

「ん〜……いいんじゃない? どう使うつもりだったか知らないけど、どうせ悪いことだし、花粉なんて時が経てば巨大樹から勝手に作られるし」

「そう? ほな、ええかぁ……」

「それよりもほら、こっち来て、いいもの見つけた」


 そう言って、ミチカはチアカを手招きすると、そこには壁に掛けられた三台の巨大モニターと、 逆U字型に配置された三台ものキーボードがあった。


「腕はどう数えたって二本しか無いのに、なんで三台も必要なんだろう。両面宿儺りょうめんすくな専用なのかな?」


 というくだらない事しか思いつかないほど、チアカにとってはただデカく、意味不明のデジタル機器でしか無かったが、ミチカはなんの躊躇ちゅうちょもなく、決められた動きを正確に行う機械のようにキーボードに何かを打ち込み、モニターにこれまたチアカにとっては意味不明の英文や数字が、表示されては消えるを繰り返す。


「あの〜……ミチカさん? なんかやってる所恐縮なんスけど〜……コレ今なにやってんの?」

「ん? 見ての通り、にぃにと通信中だけど」

「いやいや、見ての通り──ってえぇッ!? マジッスか!? ミチカってそんなん出来んの!?」

「まぁ、五分五分って所かな。まだこの飛空挺が雲内部に潜伏してるとしたら無理。もうちょい高度が上がってたら出来ると思うよ」

「へぇ〜……」


 どちらかと言えばチアカが聞きたかったのは『機材的』に可能かどうかではなく、『技術的』に可能かどうかだったのだが、意外な一面があるもんだと言う感心が勝ったのと、モニターにノブナガの姿が映し出された為に、それ以上深くは聞かなかった。


「ホントにノブ映った! お〜い! ノブ〜ッ!!」

「ッ! チアカさん! それにミチカも! 無事ですか!? キミエは!?」

「落ち着いてにぃに、大丈夫、キミエも無事だよ」

「無事? それならまぁ……はぁ〜……良かったぁ……」


 ミチカの『無事』という言葉に安堵したノブナガは、クッションの良さそうな回転椅子の背もたれに深々ともたれ掛かる。セットしていた髪や衣服が目に見えて乱れており、かなり心配していた様子が見て取れ、それまで楽観さ故に心配のしの字もしていなかったチアカ達の中に、罪悪感が芽生え、


「いや〜、釣りしてたら空賊の船に引っかかって落ちちゃって、喧嘩売っちゃったんだよ〜」


 ──などとは、口が裂けても言える雰囲気ではなかった。


「それで、今どこに居るんだ? どっかの船の中って感じか?」


 なんなら聞いてきた。


「え、え〜っと場所的には空賊くうぞく飛空挺ひくうていの中なんだけどぉ……」

空賊くうぞく? もしもの為に持たせた僕の種が使われた感覚もしたし、ただ落ちただけでは無いと思っていましたが、やっぱり……しかしミチカ、チアカさんはともかく、キミエとお前が居て何故?」

「それはぁ〜……不意をつかれてぇ……ねぇ?」

「へ? ……あっ、そうそう。不意をつかれて攫われちゃって。奴等プロだね、抵抗する暇も無かったよ」


 実際にさらったのは、どちらかと言うと空賊ではなく、釣竿であるし、なんなら落下したのも、飛空挺ひくうていを釣り上げようと激しく抵抗した結果だった。


「兎に角にぃに、座標を送るからこっちに迎──」


 と、ミチカが言い掛けたところで、一際大きな──キミエが撹乱のために起こした爆発よりも大きな衝撃が、船体を襲った。


「ッ!? 今の音な──」

「にぃに? にぃに!! ……ダメだ、今の衝撃で通信切れたっぽい……何だったんだろう今の。まさかキミエの奴、やらかしたんじゃ……」

「ああ〜……ミチカぁ〜?」


 ミチカが時間を稼いでくれているキミエの方で何かあったのでは無いかと、切れたモニターを操作しながら考えていると、びしっ、ばしっ、と手で肩を叩きながら、蚊が鳴くようにか細くなった、チアカの声が聞こえてくる。


「痛いよチアカ、なに?」


 そう言ってミチカが声のした方に振り向くと、チアカがある一点に視線が釘付けになって固まっており、声がおかしく、手の操作がおざなりになっていたのは、その一点に全集中力を注いでいるためだった。


「あ、アレ……アレ……」

「アレ? ────ッ!?」


 チアカに言われ、ミチカも同じ方角に視線を向け、同じ物を目撃し──同じく釘付けになって固まり、動けなくなってしまう。

 睨まれているからだ。

 部屋の角の闇から、十や二十を超える人間の顔程の大きさをした眼球が、二人の一挙手一投足を見定めるように、見つめていたからだった。


「だ、大丈夫……目線を合わせて、ゆっくり後ろに下がっていけば……」

「後ろ壁だし、それ熊の対処法じゃない……?」

「じゃあこのまま動かないでジッとするんだ……奴等動くものしか見れないから」

「それは恐竜」

「そっか…………なんでアニメや漫画は一ミリも知らねぇのにそんな事は知ってんの??」

「今そこ重要じゃ──」


 ミチカがそう言いかけて、チアカとミチカが目の前の恐怖に刺していた釘を離した瞬間、眼球達が叫び立つ群集の如く、騒々しく、不安げに狂い踊ったことで、二人は風圧に五体を吹き飛ばされてしまう。


「くッ!?」

「うぉわぁッ!?」


 二人が壁に激突するとほぼ同時に、眼球達は天井を突き破り、日光を全身に浴びて、その全体像を──巨大な三翅さんしを躍動させる蛾の害蟲がいちゅうが、姿を現すのだった。

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