二十一枚目『目前に迫る』

「あははははははははははははははははははははははははははははッ!! キャーッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」


 この場にノブナガが居たなら、「『ハンターハンター』のヒソカと『ゴールデンカムイ』の辺見和夫へんみかずおを足して二で割ったみたいだな」と突っ込まれていたであろう台詞を吐いた直後、キミエは防御をかなぐり捨てた上段の構えを取ると、先程のは小手調べだったと言わんばかりに加速し、一呼吸のうちに刀を三条に切り結んでみせる。

 こうなると、少し体を傾けて避けられるものではなく、ラウールは攻撃が来る度に転がるようにかわし、姿勢を常に沈むように低く保ち続ける。本来ラウールの身体があった場所を刃が通り過ぎる度、後ろの壁や天井が画用紙のように容易たやすく切り裂かれ、その度にラウールは背筋が冷える。

 能力を用いずとも、刀の切れ味は全てを両断する程の破壊力を持っている。それに加えて不死身なのだ。先刻の宣言通り、面倒な事を考えずとも、ゾンビ戦法をするだけで、ラウールを追い詰めるには充分だった。

 だが、勝敗は、能力の格だけでは決まらない。

 躱して大きく隙が出来たのに合わせ、ラウールはキミエの顔面に向かって拳銃ピストルを発砲する。するとキミエは刀を握っていない左腕を顔の前に持ってくると、手から肘へ受け流し、脳を弾丸で潰されるのを回避する。


「器用だな! けどッ──」


 その弾丸は元々時間稼ぎ。ラウールはキミエが弾丸に気を取られた隙に側方に回り込み、弾丸の防御に使った左腕が治療仕切る前に、容赦なく蹴りを喰らわせる。


「あはッ……♡」


 銃創じゅうそうを蹴り飛ばされ、激痛が走っているにも関わらず、尚もキミエの恍惚こうこつとした表情は崩せなかったが、蹴ったことで連撃が止まり、蹴った勢いそのままに、ラウールは距離を取るべく逃走する。


「あははッ! 追いかけっこですかぁ〜? 待て待てぇ〜ッ!!」

「おいおい体力底なしかよ……ったく、モテる男は辛いぜッ……!!」


 などと軽口を叩きつつ、ラウールは本当にキミエの不死性が底なしかどうかを考える。

 先程の一連を合わせると、キミエの殺害回数は既に四回。キミエの能力が斬った対象の生命力を奪うというのは先ず間違いないとして、生命力を利用した治療も、当然のことながら奪った分しか出来ないのだろう。最初からゾンビ戦法で部下達を惨殺せず、暗闇からの奇襲という安全な片付け方を選んだのが何よりの証拠。

 そして、部下達全員から生命力を奪っていたとしても、残機は残り一、二回分あるかないかと言ったところ──わざわざ刀を手放させずとも、念入りに三回程度脳天を撃ち抜けば勝利という未来が、ラウールの目前にまで迫ってきていた。


「楽じゃねぇけど──なっ!!」


 考えている内に目標地点である、両開きの大きな扉の前に辿り着いたラウールは、走るのをやめ、扉を蹴飛ばして部屋の中へと入っていく。


「おやおやぁ? 誘ってるんですかぁ〜? ……フフッ、いいですわ、乗ってあげましょう」


 部屋に足を踏み入れた瞬間、撃ち抜かれてもおかしくなかっただろうに、キミエは堂々と、むしろ発砲したなら、即座にそこへ向かっていくぞと宣言するような足取りで、真っ直ぐに部屋の中に入っていく。

 ラウールの姿は見えないが、恐らくは食堂か何かなのだろう。長テーブルがいくつか並べられ、奥に中が見えるようにカウンターになっている厨房が見える。そして数秒キミエがその部屋を見回していると、部屋の中を照らしていた照明が消え、漆黒の影が部屋内部に落とされる。恐らく、ラウールがブレーカーを落としたのだろう。

 てっきり、戦いの場を廊下から変えたのは、視界の悪さを改善する目的もあるのだろうとキミエは推測していた為、自ら廊下に居た時よりも視界を悪くするラウールの行動には少し驚いたが、それでも侵入を躊躇ためらうという程のものではなかった。


「行為の最中には灯りを消すタイプなのですかぁ〜? 手触りが敏感になっていいとは思いますが、表情が見れなくなるのは個人的には好ましくありませんわねぇ〜……恥らわず、出て来たら如何ですかぁ〜?」


 どうせ避けられない。ならばラウールが発砲し、位置をバラしてからが勝負だと、キミエは煽りながら、長テーブルの間を通るように進む。

 撃たれた。

 どこを撃たれたか、よりも、どこから撃ったかを素早く把握する。


び〜ぶげばみ〜つけたァッ!!」


 撃たれた場所は喉だったらしい。喉を治療し、障害である長テーブルを出鱈目に斬りながら、銃声とマズルフラッシュがした場所へと、前傾ぜんけい姿勢で疾走する。耳元を弾丸の通り過ぎ、かすめる音や、破壊し、飛び散ったテーブルに弾丸が衝突する音が響く。

 飛び交う弾丸の数が多いことから、拳銃を二丁構えて撃ってきているらしい。自分こそ、見た目の割に器用な真似をする──と、思う暇もなく、キミエは臆することなく加速する。

 暗闇であっても、マズルフラッシュの灯りだけで姿形を捉えるには充分という間合いまで入ると、刀を右斜め下から左斜め上へと振り上げる。

 ラウールの予想通り、キミエの刀は斬ったものの生命力を奪い取る。


「『血塗散華けちずざんけ』」


 吸引の出力は技名を唱えることで更に上がり、薄皮一枚を切っ先が掠めるだけで肉体は瞬時にミイラ化する。

 そんな斬撃を、渾身の一撃を、キミエは振るい──

 虚しく空を切る感覚が、手元に伝わる。


「──あらっ?」


 手応えの無さにキミエが素っ頓狂な声を上げると同時、柄を握る右手が銃弾によって撃ち抜かれ、刀を手放してしまう。


 ──ラウールの能力は『予知』だ。


 より正確に言えば、風水における運気の悪い場所を赤色に光らせ、その度合いを濃淡によって認識するというもので、可視化状態の維持は三秒間と限定はされるものの、ラウールはこれによって厄災──つまり、攻撃を予知するが如く回避する事が出来るのである。

 また、この表示は物体にも有効であり、これによってキミエの持つ刀が交通整理に使われる誘導棒代わりとなって、ラウールは暗闇の中でも問題なく回避を行い、優位に立つことが出来たのである。

 恐ろしいのは、刀を特に振るわずとも、握っているだけで常に淡く刀が光り輝いていた事だが──

 手放された今、刀の持つ光は弱まり、

 キミエはもう、不死身では無い。

 残機があといくつ残っていようが関係ない。

 自分から危険度を上げた攻撃をしてくれたお陰で、刀の光量が上がり、頭が今何処にあるかも把握出来た。


 ──勝った。


 そう確信し、必殺の一撃を放とうとした、その時、その目に飛び込んできたのは目前にまで迫っていた勝利──ではなく、

 視界一面に広がる、まばゆあかだった。


「なっ──!?」


 タイミングも、規模も、全てが規格外であったせいか、思考がこれから起こる未知の攻撃をどう避けるかよりも、その疑問に答える為に働いた結果、まるでそれが答えであると確信していたかのように、自然とラウールの視線はキミエの、負傷した左腕に向かう。

 その負傷は、先程ラウールが時間稼ぎをする為に作った銃創じゅうそうであった。

 治せなかった──否、敢えて治さなかったのだ。

 何故か──その疑問に対する答えは、濁流の如く迫り来る桜の木の大槍によって、身を持って知る事になるのだった。

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