二十枚目『異常性癖』

 桜の樹の下には屍体したいが埋まっている。

 明治時代の小説家、梶井基次郎かじいもとじろうの短編小説、『櫻の樹の下には』の冒頭に書かれた有名なこの一節は、後に都市伝説や様々な作品に影響を与えることになり、大地が滅んだこの百年後においても、人々の中に強く残り続けている。

 ノブナガ曰く──いい物は残るのだ。


「エピソードも、花自体の知名度も文句なしってわけだ……クソッタレ」


 開花ブルーム状態を宣言すると同時、左肩から突き出た、桜の木の枝を引き抜くと、どうやったってキミエの腕に収まる筈のない、総毛立つような日本刀の白刃が出現する。

 能力の全貌まではわからないが、部下がミイラ化させられている所を見るに、何を置いてもあの刀で斬られる事だけは避けるべきだろうと、ラウールは警戒を刀に七、キミエに三の割合で向ける。


「『錨を上げろブルーム』、『パキラ』」


 キミエに続いて開花ブルーム状態になるべくラウールがそう唱えると、右目に着けていた黒眼帯を突き破り、笠状に広がる楕円だえん形の大きな葉が芽生える。


「へぇ、パキラですか」

「なんだ、知ってんのか? 桜に比べりゃ地味な方だって自負はあんだがな」

「ええ、金運が上がるからと、兄様が私室に置く観葉植物として欲しがっておりましたわ。貴方のはサイズまで理想的」

「そりゃどうも」

「ン〜、兄様に対する詫びもしなければいけませんし……どうでしょう? その目をくり抜いて、私に渡して頂けたら、ミイラにするのはやめて差し上げますが」

「ハッハッハッ! そりゃあ悪いが、出来ねぇなぁ」

「あら残念……なら、一旦殺して、それからくり抜くことにしましょう、そうしましょう」


 キミエがそう言い終えるのを最後に、二人はそれ以上の会話を辞め、場に張りつめた空気が流れ、音が消える。

 そして天井で点滅を繰り返す蛍光灯から、バチッと灯りが奪われた瞬間を見計らうように──キミエは一気にラウールの懐へと潜り込む。


「──ッ!!」


 完全に虚を衝いた先手を打ったかに思われたキミエだったが、ラウールの首を狙って一の太刀を浴びせようとした彼女の目に飛び込んで来たのは、ラウールの首ではなく、彼が突き付けた銃口の、無機質な黒い穴が待ち構える。


「ドンピシャリ」


 そう言ってラウールは自動拳銃オートマチックピストルの引き金を引き絞り、金属音を伴って飛ばされた弾丸によって、キミエは額から後頭部にかけてを貫かれる。


「──ハッ」


 何だ、警戒した割に大したことないじゃないかと、折り畳むように倒れゆくキミエを見下ろしながら、鼻で笑おうとした瞬間、キミエに向けていたはずの視線が、強制的に天井へと変更させられる。


「おぉッ!?」


 一瞬、何が起きたのかわからなかったが、右足に感じる浮遊感から察するに、どうやら自分は足払いを喰らってしまったようだとラウールは即座に察し、首を左に傾け、右目のパキラ目掛けて突き刺さらんとする、キミエの刀による追撃を回避する。

 そのままラウールは思い切って仰向けに床に倒れると、続く三撃目、刃の向きを方向転換し、床と擦れて火花を散らしながら顔を切断しようと迫る刀を、風に吹かれる芋虫の如く横に転がって回避し、これ以上コンボを繋げられるわけにはいくまいと、体のどこかに当たることを祈りながら、ノールックで拳銃ピストルの引き金を引く。

 直後、「うっ」というキミエの呻き声が聞こえた事から、祈りが通じて命中したようだが、ラウールが体勢を立て直すと、そこに銃弾に撃ち抜かれたキミエの遺体は無く、代わりに、目元に付いた血を握り拳で拭いながら、ニタニタと笑みを浮かべる、生者の姿だけしかなかった。


「……驚いた。不死身だったのかよ、お嬢ちゃん」


 一旦考える時間を作るべく、ラウールは表情筋と口調で余裕を演出しながら、キミエに向かって舌を回す。


「驚いたのはわたくしもですわ。まさか貴方様がここまで動ける方でいらしたなんて」


 あの時、ラウールの弾丸は確実にキミエの脳天を貫いていた。

 その証拠にキミエの額からは血が流れ、動線で右目を潰しながら、顎の下まで伸びているし、なんなら白いウェイトレス服の右脇腹部分が赤く血に染まっていることから、二発目の弾丸は腎臓の辺りを貫いているはずだった。

 問題は、その空いた筈の風穴が、すっかりと塞がってしまっているということだ。


 ──桜の木に、ミイラ化した部下。


 もしや、あの刀は斬った者の生命力を奪うだけでなく、その生命力を? と、ラウールは推測し、更には、開花ブルーム状態に移行してからキミエの肉体に変化がない代わりに、あの刀で能力の操作全てを賄っているとしたら、奪った生命力の貯蔵もあの刀が行っているのではないか。であるならば、自身の勝利条件はあの刀を手放させ、不死身でなくなった所を殺すか、残機尽きるまで殺すかの二択であるという所まで突き止める。

 対するキミエの方は、ラウールの能力に対して、未だ謎が多いというのが、正直な感想であった。

 初撃が防がれた理由は、キミエが踏み込んだのとほぼ同時に、ラウールもまた拳銃を引き抜いたからである、というのはまだわかるのだが、ラウールの腰よりも低い姿勢から迫るキミエの額を、ああも的確に狙えるものだろうか、という疑問があった。

 背の高いキミエを狙うなら、当たり判定の広い胴体辺りを最初に狙うはずだ、それなのにあの低い角度に狙いをつけたり、追撃の刺突を避けたりという真似は、出現場所や攻撃箇所を不可能な芸当である。

 パキラは『金のなる木』と呼ばれる程、風水において縁起のいい植物とされている。

 とすれば、ラウールの能力は──


「──いや、どうでもいいですかね」

「は?」

「ああ、いえ……貴方が私の能力について考察してそうだったので、私も真似て色々考えてみたのですが……考えてみたところで、結局斬ればいいだけだな、と思いましてね」

「言うねぇ〜? 余程その刀の一撃に自信があるらしい」

「フフッ、ええ、ええ、ありますとも。それに──」


 キミエはそこで一度言葉を切ると、ラウールによって先程撃ち抜かれた額に指を這わせながら、


「私が追い詰めれば追い詰める程、抗い、美しく残酷な殺し方を貴方様が披露してくれるのだと思うと──私、下品ながら、『濡れて』しまいますわ♡」


 と言って、恍惚こうこつとした笑みをラウールに向けるのだった。

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