十九枚目『知名度』

「はぁっ……はぁっ……クソッ! なんなんだよ……なんでこんな……」


 五人で隊列を組んで進む空賊の内、震える手で短機関銃ライフルを構えながら、先頭を歩いていた男が、胸の内から迫り上がった恐怖心が口から溢れ、言葉として吐かれる。

 先程まで派手に響き続けていた爆発音が無くなり、ごうごうと唸る空調やエンジンルームの微かな駆動音や、自分達の吐息が聞き取れてしまう程に、その場は嘘のように静まり返っていた。


「ヒッ……!?」


 バチッ、という放電音が後ろから聞こえ、空賊達は心臓の鼓動が跳ね上がるのを感じながら、その反動を利用するように振り返る。

 聴覚の方が研ぎ澄まされる反面、蛍光灯が割れて使い物にならなくなっているせいで、通路は時折点滅する程度の灯りしかなく、視界は良好とは言えなかった。


「──い、いい加減にしろよ! テメェ!!」


 先頭が突然振り返った事で、同じく反射で振り返った先頭から三番目の空賊が、緊張で気が立っていたのもあって、我慢ならずに怒声を張り上げる。


「ただの音に空賊がビビってんじゃねぇよ! さっさと前進みやがれ!!」

「なっ……そ、そんなん言うならテメェが前歩けよ!? なんで俺が前なんだよ!?」

「ビビりに加えてゴネてんじゃねぇよ! みっともねぇ!! オメェが馬鹿みてぇに先頭走ってたのが悪いんだろうが! ガキかテメェはよォ!!」

「いい加減にしろ! お前ら揃ってガキか!?」

「そうだ! こんな時にくだらねぇ喧嘩してる場合──じゃ──」


 ヒートアップする二人を落ち着かせようと隊列の二番目と四番目が口を挟むと、二番目の空賊が、仮面越しでも顔が青ざめていると分かるような態度で、三番と四番の後方を見つめる。


「お、おい脅かすなよ……幽霊でも見つけたみたいな反応しやがって……」

「い、いや見つけたというか……もう一人、居たはず……だよな? 俺達の後ろ……」


 言われて、再度空賊達が後ろの方を振り返ると、そこには殿を勤めていた筈の空賊が、最初からそこに居なかったかのように忽然こつぜんと姿を消しており、五人の隊列は、四人の隊列へと数を減らされてしまっていた。


「さ、さっき振り返った時は居た……よな?」

「聞かれてもわかんねぇよ!? いつの間に……ち、近くに何かいるのか!?」


 突然仲間が神隠しに遭った事により、空賊達はすっかり平静さを失い、銃口を出鱈目に周囲へと向け始める。

 そして、先頭に立っていた空賊の銃口が進行方向に向かった次の瞬間。

 上から突然呻き声を上げながら、人影が空賊目掛けて落下し、押し倒す。


「ヒッ……!? ぎゃあああッ!? た、たす、助けてくれぇえええッ!!」

「ッ!? 待て待て落ち着け! 撃つなッ!!」

「ああぁ〜ッ!? ……へっ?」


 泣きっ面に蜂と言うように押し倒されたことで、恐怖で擦り切れた精神は、男を物が欲しいと強請ねだる幼児の如く暴れさせるが、周囲に宥められた事によって、自身を押し倒した人影が、想像の何倍も軽く、また何時まで経っても何もしてこない事に気付き、落ち着きを取り戻す。


「ど、どう……えっ? 何が落ちて──ッ!?」


 しかし取り戻したのも束の間、自身にのしかかっていた人影の正体が、ボロ雑巾の如く変わり果てた、殿だという事に気付き、今度は暴れる気も起こらなくなる程の戦慄を覚える。


「たぁ〜……け……えぇ〜……」

「──あっ」


 何を言おうとしたのか。それは言おうとした空賊自身も分からなかった。

 心配する台詞を掛けたかったのかもしれない。

 どうやってそんな姿になったのかを聞きたかったのかもしれない。

 しかし、そのどれもが口をついて音になる事はなく。

 虚のように開かれた殿の男の口から飛び出した桜の巨木によって、さえぎられてしまうのだった。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「──えげつねぇ真似しやがる」


 鉢植え替わりとでも言わんばかりに、と化して床一面に転がる部下達を見遣みやりながら、暗闇に居るであろう侵入者に向かって、ラウールは声を掛ける。


「『桜の木の下には死体が埋まってる』……だったか? この場合埋まっちゃいねぇけど。かつては国花になるような花にしちゃあ、おっかねぇ伝説持ってるもんだって印象に残ってるぜ」

「──まぁ、博識ですのね。見た目の割に」


 ラウールの想像通り、暗闇の中に身を隠しながら、キミエは返事する。


「おいおい、一言余計だぜ? これでも蟲喰の端くれでね、知名度の高い植物くらいは調べてるさ」


 蟲狩むしかり蟲喰むしくいの能力は、その原理は未だ不明な点があるものの、元となる植物に纏わる伝承や特徴を昇華したものが発現する性質を持つ。

 伝承の数が多ければ多いほど、その分能力も多岐に渡り、同じ植物が開花したとしても、能力まで同じとは限らない。

 一見して知名度の高い植物程、ある程度対策がされやすく、不利なように思える法則だが、蟲狩共通の敵である教害蟲がそんな教養を持たない存在であることや、もう一つ、ある法則によって支えられ、知名度がハンデどころか、アドバンテージになるのだった。

 その法則とは──


「──『満開ブルーム』、『紅桜ベニザクラ』」


 知名度による能力の向上である。

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