十八本目『いとも容易く行われるえげつない戦い』

 空を一望出来る窓硝子ガラスに囲まれた広い執務室にて、空賊の船長であるラウール・ペイナドは一人、黒革張りの執務椅子に座っていた。寝癖なのか整えているのか、少し淡い紅色をした長い髪や、蓄えた髭は獅子のように威圧的な印象を受け、右目の黒眼帯にまで至ると、故意にそう見せているのではないかとすら思えた。


「…………チッ」


 そんなラウールは、マホガニー製の机の上にある一枚の手紙を見ながら、不満であると訴えるように舌打ちをつく。手紙の内容は端的に言うと、彼に対する『命令』であり、近い内にきたに備えて、花粉を採取、運搬せよ、というものだった。

 仕事の内容自体は彼にとってみれば容易たやすいものであるが、気に入らなかったのは仕事のやすさではなく、依頼報酬のやすさである。提示された金額を呑むくらいなら、花粉を用いて略奪行為を行った方が、遥かに利益があったのだ。

 あらゆるものに叛逆を起こし、能力によって空賊の一団の頭となったラウールにとって、自由であることこそが最大の幸福であり、このように上からコケにするような金額で働かされることは、性格上我慢ならなかった。

 我慢ならないが──逆らった所で、自分では敵わないと理解してしまっていることが、尚のこと腹立たしかった。

 相手は大袈裟じゃなく、。一発殴りに行くだけでも、溶岩を木船で渡るに等しい無謀な行為であり、例え自分の五体が満足であったとしても、最低限として、自分の一味全員が皆殺しにされてしまうだろうということは、予想に難くなかった。


「割に合わねぇ……」


 背もたれに全体重を預けながら、何も無い宙に向かって、そんな風に愚痴った──瞬間。

 遠くの方で凄まじい爆発音が聞こえてきたことによって、椅子から転げ落ちそうになってしまう。


「なっ、何事だ一体!?」


 ラウールの叫ぶとほぼ同時、ノックも無しにフレンチ・ドアが開かれ、慌てた様子の部下が執務室の中へと入ってくる。


「せ、船長大変です!! 侵入者です!!」

「侵入者!? 軍の犬共が嗅ぎ付けやがったか!?」

「い、いえ! 軍のものと思しき船は見当たりませんでした!!」

「なら害蟲がいちゅうか!?」

「わ、わかりません! ただ──」


 部下が答える間も、爆発は間隔をあけて発生し、船は大きく揺れる。

 振動によって倒れそうになるのをこらえながら、部下はラウールに向かって、助けを乞うようにして叫んだ。


「この船を破壊して回ってるんですッ!!」


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「向こうの方でまた爆発があったぞ!!」

「消火急げぇ!!」

「────……よし、今だ」


 飛空挺の中に突如として多発した爆発に向かって、空賊達が慌てた様子で向かう一方。

 気絶させた見回りの空賊の衣装で変装し、人の流れに逆らって、爆発の逆位置へと進むミチカとチアカの姿が、そこにはあった。


「ん、上手くいったね。ちょっとすそが短いし……キミエから借りたサラシで胸もキツイけど……」

「にしても、『スターウォーズ』のストームトルーパーとか、『ゼル伝』のイーガ団とかそうだけど、なんで顔全部隠しちゃう衣装を制服にしちゃうんだろうね? そりゃあ、あの装甲服は環境に適応するためだとか、盗賊だから身分を隠す為ってのはあると思うよ? けどお互いの認識の為に上半分くらいは出しちゃえばいいのにって思わない?」

「……思うも何も、そもそも、ストームトルーパーもイーガ団も知らない」

「あっ……そう……。うーむ、なんか、アレだね……ノブって実はこの世界だと滅茶苦茶希少なんじゃないの??」


 ノブナガの評価を見直しつつ、チアカ達と別れて単独行動をし、撹乱のため現在進行形で爆発を起こし続けるキミエの事を気にかけ、チアカは自身が進んで来た道を振り返る。

 キミエが提案した作戦は先ず、能力の使えるキミエが単独で飛空挺ひくうていの右半分で破壊活動を行い、空賊達を撹乱かくらん。その騒ぎに乗じて手薄となった左半分を変装したチアカとミチカが探索し、操舵室のジャック、もしくはミチカの尽きた花粉を補給するという内容であった。

 船の内部構造が把握出来ていないので、操舵室等に辿り着けるかどうかは運任せの賭けであり、この場にノブナガが居ればそんな不確定なものに頼らない、もっと別の良案を導き出していたのであろうが、生憎とこの場にノブナガは居らず、代わりに楽観と享楽を主義とした者しか居なかった。


「ん? ……ああ、心配ないよ。音は派手だけど、キミエは『寸止めなら得意ですからぁ〜』とかふざけた事抜かすくらいには手加減が得意だし、この船が直ぐに落ちる事は無いと思う」

「いやいや、そうじゃなくて……ミチカは心配じゃないの? キミエの事」


 チアカがそう言うと、まるで──否、ミチカにとっては実際、想像もしなかった心配事であったようで、信じられないような物を見るようにチアカに向かって二、三度大きく目をまたたくと、また正面に向き直ってから、言葉を続ける。


「それこそ心配ないでしょ。心配するなら、相手する空賊の方をした方がまだ意味あると思うよ」

「そう? まぁ、ミチカが言うならそうなんだろうけど……やっぱりキミエも蟲狩だし、強いの?」

「うん。まぁ、ノブナガ家最強はミチカってのは譲らないけどね。ただ──」


 ミチカが更に言葉をした、その時。

 立て続けに鳴り響き続けていた爆発音が突然凪いだかと思えば、今度は怪鳥の群れでも通り過ぎたかのような、耳をつんざく悲鳴が、船内に響き渡り始める。


「な、何今の!? もしかしなくても空賊の声!?」


 あまりに突然の事にチアカが慌てふためいていると、ミチカは遂に始まったという風に小さく溜め息を吐きながら、中途半端に止めていた台詞を再生する。


「ただ──兄妹の中で銀河級にえげつない戦い方をするのは、キミエだよ」

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