十七本目『天才的発想』

 かつて日本に建てられていたとされる『東京タワー』に存在するような、ガラス張りの床の上に、僕は立とうとは思わない。

 こう言うと、妹達の様に鬱陶うっとうしくからかう輩が出てくると思うので先に言っておくが、アレが一・五トンの重さに耐久し得る強化硬質ガラスであるということは存じているし、高所恐怖症という訳でもない。そんな恐怖症を持っていたら、空の旅が必須ひっすとなるこんな仕事をしていない。

 ──いや、訂正しよう、恐怖はしている。

 僕が立とうとしない理由はまさに、という恐怖にあるからだ。

 安心だとか安全だとか言う言葉で保証される物ほど、僕にとっては警戒すべき危険物なのだ。

 誠実さは嘘つきの同義語だと言っても──は、流石に過言だが、兎に角そういう訳で、僕はガラス張りの床に立とうとは思わないし、ましてや柵の上に座って釣りをしようとも思わない。アレは落下を防止するものであって、断じて座るものではない。


「──……はぁ」


 その事を強く言い聞かせるべきであったと、僕は三人がそこで釣りをしていたであろう破壊された柵の残骸ざんがいを眺める。

 か──成程、不幸の女神も趣向を変えてきたものだ。

 これからは我が身だけではなく、妹達プラス従業員に対してもっと慮っていけ、というメッセージのつもりだろうか?


「……なめやがって」


 神という存在に慰謝料いしゃりょう請求せいきゅうしてやりたい気持ちを募らせながら、何か三人の行き先に繋がる手掛かりが無いか、膝を着いて柵の周りを捜索する。

 柵の残骸に混じって、飲み掛けの花粉ドリンクがある事から、あのスマブラだったら弱体化待った無しの強力復帰技を持っているミチカの補給は済んでいる筈だ。それなのに帰って来ないという事は、ただ柵から落ちてしまったというだけではなく、第三者による敵対要素が入り込んでしまっているのだろう。

 相手は害蟲がいちゅう──若しくは空賊といった所だろうか。

 軍の探査から外れるべく、雲の中に身を隠す空賊の話を、前にロスさんから聞いた気がする。

 あらゆる可能性は考えておいて損は無いだろう。


「……まっ、ミチカとキミエが居るし、大丈夫だろう。あの三人が死ぬ所なんて、僕でも想像出来ないからな」


 きっと大丈夫。

 自分に言い聞かせるようにそう呟いてから、僕は三人の捜索に取り掛かるのだった。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「え〜っと……なんだ……壁だから……あっ、あれだ! 『黄蝋硬壁ウィンター・ウォール』!!」


 ミチカが侵入の為に突き破った穴に向かって種を投げつけながらチアカがそう叫ぶと、種が割れ、中から薄黄色の蝋が溢れ出し、空いた穴を修復する。

 この種は、もしもの時の保険として、ノブナガがチアカに持たせておいたものであり、小袋一袋分は残量が残っていた。


「こんだけ持たせるなんて心配性だって思ったけど……便利だなぁ、コレ。もっと貰っておけば良かったや……さて、直した事だし、これから──ああ〜……なにしてんの?」


 壁を修復したチアカが振り返ると、能力を使った事によって動けなくなっているミチカに向かって、濃厚な接吻を交わすキミエの姿が、そこにはあった。


「私には分かんないんだけど、姉妹って普通そんな感じなの? ノブにもやってたけど……仲良いのは当然良い事ではあるけど、ハプスブルク家って例があるから気をつけなよ?」

「────〜〜〜〜ッ!!」


 姉妹同士の熱々の行為に呆れ、歴史の知識を交えつつチアカがそう言うと、指一本動かすのもしんどそうにしていたミチカの肉体が痙攣けいれんを初め、次第に痙攣けいれんは大きく、じたばたと藻掻もがくことが出来るようになるまで強まり、最終的には、下半身の反動で起き上がり、立てる程にまで回復する。


「おえぇッ!? ミチカが立った!?」

「うふふっ♡ 気分はどぉ? ミチカ」

「気分はどう……? 当然……最悪……!!」


 害された気分の無念を晴らすべく、寝起き一発目の右ロングフックを繰り出そうとするのを、チアカは間に入っていさめる。


「ど、どーどー!! 取り敢えず肉体の方は元気になったけど……キミエってば、何したの?」

「何したもどうしたも、姉妹の愛の力が成した奇跡──と言うと、ミチカが怒りで爆発してしまうので……」

「もう爆発してると思うけど??」

「まぁまぁ、真面目に説明致しますと、コレが私の蟲狩としての能力の一部ですわ。今のミチカは能力を使う事は出来ませんが、体力的には全快って感じです」

「へぇ〜……キスで体力を回復させるなんてリカバリーガールみたいだね」

「あっ、回復はこちらの種を飲み込ませるだけでいいので、キスは必要ありませんわよ?」

「殺すッ!!!!」

「お、落ち着いてミチカ!! 気持ちはわかるけどッ!!」


 キミエの前で動けなくなるのだけは避けようと心に誓いつつ、改めてこれからどうするべきかを、三人は話し合う。


「て言うか、割と詰んでね? ノブは私達が今何処に居るか分かんないじゃんね。この飛空挺も何処に向かってるかわかんないし……」

「進行方向は『ソラガメ』と一緒ですよ。速度は、今乗ってるこの船の方がありますので、緩やかに話されている状況ですが……それも、落下時点の速度と方角を『ソラガメ』が維持しているという前提で」

「こうしてる内に発見される可能性はどんどん低くなってるってわけね。迷子になったらその場を動くなって言うけど……こっちから動かないとダメそうだね」

「その動く方法をどうしたものか……飛空挺をジャックするにも、比較的害蟲がいちゅうとの遭遇確率の高い雲の中を進むくらいですし、相手側に蟲喰むしくい相当の敵が居ると仮定すると、満足に戦闘出来るのはわたくしだけですし……ミチカ、貴女はどう思います?」

「…………」


 振られて、ミチカは瞼の裏に計算式を書き出すように暫く考え込み──


「もう面倒臭いからさ、この船壊しちゃわない?」


 知能指数五十三万(自称)の天才的な答えを弾き出すのだった。

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