十六枚目『空の略奪者』

 突然姿を消したチアカ達三人にノブナガが困惑していた一方で、その困惑の対象である三人は、釣竿に掛かった正体不明の力に引き摺られ、現在進行形で分厚い雲の中を突っ切っていた。


「「「わぁあぁぁあああ〜ッ!?!?」」」


 振り落とされないよう、チアカが万力の如き力を込めて握っている釣竿は、ノエルとノブナガが合作したものであり、糸もロッドも旅客機を引っ張っても千切ちぎれずにいられるという、何気にとんでもない代物であった。

 そのお陰で、三人分の体重が掛かっているにも関わらず、未だ落ちずに済んでいたのである。

 ──逆を言えば、船の上に居た時点で糸が切れていれば落下していなかっただろうから、その頑丈さが災いしてしまったのだとも言えた。


「にぃにの道具なんて使わなきゃ良かった!! きっと不幸の呪いが伝染うつってるんだよッ! 銀河級にッ!!」

「言ってる場合ですの!? 早く何とかしないと、私達旧大地に向かって真っ逆さまですのよ!? チアカ様! 絶対離さないで下さいましね!?」

「そ、それがァ……実はさっき踏ん張ったので握力が、もう、動けなくってェ──」


 と、チアカが言いかけた所で、とうとう握力が力尽き、三人は雲と風を全身で掻き切りながら、重力に従って旧大地へと落下していく。


「マジでごべぇ〜〜〜〜んッ!!」

「きゃああああッ!?」

「くっ……!!」


 受ける風の影響か、三百六十度に肉体が回転し、上下左右の感覚を無くしているチアカとキミエに対し、ミチカはスーパーマンやウルトラマンがするような、両腕と両脚をピンと張り、風の抵抗を軽減し、己に眠る異能を呼び起こさんと、叫ぶ。


「『舞い散れブルーム』ッ! 『紅梅ベニウメ』ッ!!」


 叫んだ瞬間、ウェイトレス服の下で、ミチカの肉体が変化し始めた。

 メリ、メリ、と袖の下で、無数の蛇が這ったようにうごめいたのである。

 蛇のように見えたそれはミチカの肉体から芽生えた樹木であり、ウェイトレス服を突き破り、織り成し、ものの数秒でミチカの細い両腕を、ミチカの上半身程の大きさはある梅の木で出来た巨腕に置き換えられる。


「『双子座流星ツインズ・メテオ』ッ!!」


 ミチカは、その樹木に変化した巨腕の根元部分から花粉を推進剤に変換したものを噴出し、ロケットさながらの推進力を手に入れると、空中で二人の身体を巨人の如く掴み取り、そのまま飛び上がっていく。


「う、お、お、お、ぉぉおおおお〜〜〜ッ!?」


 ──『飛梅とびうめ伝説』。

 学問の神ともされる菅原道真すがわらのみちざね大宰府だざいふに左遷された際、道真を慕った梅の木が彼を追い飛んできたという伝説が、ミチカの持つ『紅梅ベニウメ』の元になっていると考察されており、その能力は、両腕を巨大な二基のロケットの拳へと変化させるという極めてシンプル──かつ強力なものであった。

 実際、今は二人の身体に気を遣ってはいるものの、その拳の推進力が産む最大速度は秒速にして十一コンマ二キロ。

 これは、ロケットが地球の引力や重力を振り切り、宇宙まで脱出するのに必要とされる速度である。

 そんな速度で急上昇した結果、チアカが手放した釣竿すら追い抜いて、雲に隠れて見えなかった釣り針に掛かる巨大な暗影へと接近する。


「す、スゴい! 飛んでる!!」

「うっ……ごめん、もう、限界……!!」

「えっ? ──ほわぁあああッ!?」


 暗影の正体も危険性も未だに判断出来ずにいたが、力尽きて再び落下してしまうよりはマシであると考え、飛ぶと言うより、落下に近い乱暴な方法で、暗影に突っ込んでいく。


「う、わ──……!!」


 暗影の危険性を測る事も出来ず、ドゴンッ、という激しい破砕音を立てて壁を突き破り、三人は床を下り坂に落ちる石ころのように暫く転がってから、ようやく停止する。


「イタタタッ……二人共、大丈夫?」

「わ、私は何とか……ありがとう、ミチカ」

「ん……ドリンクを飲んでおいてよかった」

「ひぇ〜っ……勝手に飲まなくてよかったァ〜」


 キミエの問いかけに、ミチカは床で大の字になって倒れながら返事をする。先程の急上昇によって体内に貯めておいた花粉のほとんどを消費し、起き上がる事も出来ないほどに疲弊ひへいしてしまっていた。

 しかし、もし落下する前に花粉を摂取していなかったら、しばらく所か、三人揃って一生起き上がることが出来なかっただろうと考えると、中々肝の冷える一幕であった。


「んで、ここどこよ?」


 体に着いたホコリを手で払いながら、チアカはミチカがぶち抜いてくれた穴から漏れる光を頼りに、周囲を確認する。積み重なった木箱や、壁に工具やロープが掛けられているのが見える事から、室内の役割としては倉庫であることは間違いないだろう。

 そして、突っ込んでくる際になんとか確認出来た円盤状の外観──


「なるほど……ここはフリーザ軍の宇宙船か」

「恐らく漫画の例えなんでしょうが、違いますわ。……まぁ、船という部分は間違ってはないでしょうけれど」

「ん? 何か察しが付いてるの?」

「ええ、多分ですけれど──」


 と、キミエがチアカに自分の予想を伝えようとした時だった。

 突然チアカの背後から、穴から漏れるのとはまた別の光が射し込み、キミエは喋るのを中断し、チアカの頭を上から押し込むようにして物陰に身を隠す。


「なっ──」

「シッ、静かに……」


 その光の正体は、音を聞き付けてやって来た二人組の男性が、扉を開けて入ってきた事によるものだった。

 二人は頭髪の露出した梟の様な面と、同じデザインの赤い布の服を身に纏っており、その手には短機関銃ライフルを武装していた。


「なんなんださっきの音──って、おいおい、アレ見ろよ!? ひでぇな……高速飛行する害蟲がいちゅうと衝突したか?」

「気をつけろ、もし害蟲がいちゅうだとしたら、凹み方からして中に入り込んでるかもしれねぇ、もしまだ息があったら──ッ! おい! そこに居るのは誰だ!?」


 片方の男がそう叫ぶのに合わせて、二人は持っている短機関銃ライフルを、大の字になって眠るミチカに向かって構える。


「なんっ……どうやって入ったんだ!? 大人しくしろ!!」

「……どう見たって大人しくしかしてないと思うんだけど……後方注意」

「なにを──」


 ミチカが警告した直後、キミエとチアカは赤い服の男達を背後から奇襲し、キミエは工具で後頭部を叩いて、チアカはロープで首を絞め落とす事で、悲鳴を上げる間も与えずに二人を気絶させる。


「あらぁ? 意外に器用な倒し方されるのですねぇ……首絞め……フフッ、だなんて……♡」

「なんで二回言って語尾にハート付けたのかわかんないけど、そうなんだよねぇ。記憶は無いけど、体は覚えてるって言うの? 実は記憶を失う前は凄腕女スパイだったりして!」

「……いや、無いでしょ……と言うか、ミチカを囮に使った事については謝罪、なし?」

「まぁ、心外。撃たれる所を助けてあげたでしょう? ……と、それより、ここが何処で、彼が誰か、ハッキリと致しましたわね」

「ああ、言ってたね。なんなの? 一体」


 改めてチアカがそう聞くと、キミエは足元に倒れる男から仮面を取り外しながら、チアカの知る世界観では、耳にしないような職業を口にする。


「空上の略奪者──空賊ですわ」

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