空賊編

十五枚目『フィーーーーッシュ!!』

 透き通るような青だった。

 右も、左も、上も、下も──とは、言い過ぎであるが、それも青が白に変わっただけで、何も無い雲の上を、ノブナガが運営するレストラン『ソラガメ』は飛行していた。


「くっ、ふわぁ〜……はぁ」


 そんなな何も無い青空の中を、間延びした少女の欠伸が響く。チアカだ。チアカは、『ソラガメ』にある柵の上に腰掛けながら、真っ白な雲海に向かって、釣り糸を垂らしていた。


「……ねぇ、ほんとに雲で釣りなんて出来んの? 餌もなんか、豆潰した奴だったよね?」


 雲海から視線を外す事無く、チアカが聞く。


「潰したのは大豆です。チアカ様の知識では違うかもしれませんが、私達の時代では割とオーソドックスな餌ですわよ?」

「そうそう、銀河級に任せといて。直ぐに釣れるから、鳥とか魚とか」


 そのチアカの問いに、左右から二人の同じピンク色の髪を持つ、容姿が酷似した女性が答えた。双子のミチカとキミエである。二人もチアカと同じく柵の上に腰掛け、仲良く三人並んで釣りをしている最中であった。


「ふ〜ん、鳥とかさか──えっ!? 魚釣れんの!? 雲から!?」

「そりゃまぁ……普通に?」

「えぇ……? 普通じゃないよそれ……トビウオ的なのが泳いでるってこと?」

「チアカの知識と、ミチカ達の知識とのズレは銀河級だね。にぃに程じゃないにせよ、歴史をもっと勉強しとくんだったかな」

「あっ、にぃにと言えば、ノブは? 私達にはやらせといて、ノブは釣りしないの?」

「ご安心を、別に怠けている訳ではなく、兄様は自室の机に向かって苦しんでる最中ですわ。レストランの経理とか云々は、全て兄様が管理していますから」

「それと、どの道にぃにに釣りはやらせない方がいいよ。前、にぃにが釣り糸を垂らして五秒もしない内に害蟲がいちゅうが釣れて大騒ぎになったこと、あるから」

「うわぁ〜……運が絡むとマジにダメだね? あの子」


 この場にいないノブナガの運の悪さに軽く引いていると、チアカのお腹からくぅーっと情けない音が発される。


「はぁ〜あ……にしてもお腹──」


 ミチカからの共感を得ようと左を向き、『空いたねぇ〜』と言いかけたのを、日光を反射して光り輝く、瓶の容器に入った蜂蜜のような物を飲んでいたのを見て、引っ込める。


「えっ、なにそれ。スタバの新作? 美味しいの?」

「スタバが何かは知らないけど……うん、美味しいよ」

「へぇ〜! この世界の新しい飲み物って感じ? いいなぁ、私も一口いい?」

「ダメ、これはミチカの。それにチアカの一口、全然一口じゃないじゃん」

「えぇ〜っ? 頼むよ〜、ほんの少しでいいからさぁ〜」

「まぁまぁ、飲み物くらいなら私が用意しますわ。それに、ミチカが飲んでいる物を飲んでも、チアカ様には余り意味がありませんし」

「意味が無い? どゆこと? 人種とかによっては吸収出来ない栄養素的な?」


 キミエの言葉に、チアカが首を傾げてそう聞くと、キミエは「惜しい」と言って微笑みながら、生徒から質問を受けた教師のような調子で答え始める。


「私達蟲狩むしかり人蟲じんちゅう種が、人智を超えた魔法のような力を使うのはご存知ですわね? その力を行使する為に、魔法で言う所の魔力のようなエネルギー……巨大樹から発される『花粉』を吸収する必要があるのですわ」

「花粉が魔力? じゃあ花粉症の蟲狩むしかりとか詰むってこと?」

「最初に気になるのそこ?」

「まぁマジレスさせていただきますと、蟲狩むしかりの肉体は巨大樹の花粉を吸収出来るように体質が変化していますから、そういった事はありませんわ。ほら、兄様の胸の辺りから花が咲いていたでしょう? 蟲狩むしかりはあの咲いた花の部分から花粉を吸収する役割を担ってるんですわ」

「アレって意味あったんだ!? ただのオシャレかと……あっ、じゃあもしかして、ミチカが飲んでるのって……」

「そっ、巨大樹から採取した花粉をドリンクにして、巨大樹から離れても能力を使う為に携帯出来るようにしたものってわけ。キミエはそんなでも無いけど、にぃにとミチカは燃費激しいから、定期的に飲まないと」

「なるほど。巨大樹が工事設置したワイファイで、その花粉ドリンクがポケットワイファイってわけね?」

「やっと伝わる例えが出たらそれですか? ファンタジー感皆無じゃないですか」

「じゃあ一口じゃなくて味見! 一ぺろり!!」

「しかも説明聞いた上で飲むの諦めないじゃん。わっ、ちょ、危なっ……!!」

「ぐへへっ! 良いではないか良いでは──あ?」


 チアカは、ミチカの持つ花粉ドリンクを奪い取ろうと柵の上で危なっかしくじゃれついた、その時。

 うんともすんとも言わなかったチアカの釣竿が、突然大きくしなり始める。


「フィーーーーッシュ!? マジでかかったァ!!」

「ん! しかもこの感じ、銀河級の大物……!!」

「踏ん張って下さいチアカ様! これを逃がしたら晩餐ばんさんは豆スープですよ!!」

「それだけは嫌だッ!! うぉっしゃ任せ──あっ、無理かも〜!?」


 チアカは柵のぬきと呼ばれる、横向きの柱部分の上に立つことが出来る程に、全体重を掛けて釣竿を引くが、雲海の中で引っ張る獲物の力は弱ることなく、むしろチアカの体の方が持っていかれそうになる。


「ちょ、た、ヘルプヘルプッ!!」

「わ、わかっ──重ッ!?」

「何が掛かってるんですかコレ……! 絶対に離さないで下さいまし! チアカ様!!」

「いだだだだッ!? 無理無理取れる取れるッ!! 指千切り取れちゃうってばよコレッ!?」


 三人がかりで綱引きのように釣竿を引っ張るが、獲物との距離は一向に縮まる気配を見せず──先に限界が訪れたのは、チアカでも、獲物ではなく──


「「「あっ」」」


 そんな二つの力の拮抗きっこうに挟まれた、柵の方だった。


「なんだか騒がしいな。何か大物でも──ん? 皆? どこ行った?」


 騒ぎを聞き付け、ノブナガが外へ出た時にはもう、そこに三人の姿は無く。

 代わりに、人間三人分が落ちるには十分な面積に破壊された柵だけが、そこにはあった。

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