十四枚目『メインクエスト受注』

 僕を気絶させて流石に暴れ過ぎたとようやく悟ったのか、目が覚めた時にはチアカさんとミチカは喧嘩を辞めており、少しでも僕から叱られた時の被害を軽減させようと、二人で散らかった店内の清掃に勤しんでいた。

 ……まぁ、自分で散らかした物を片付けるのは当然の事であるし、気絶させられたのにその程度の事で許すわけが無いので、六十分間正座と説教を浴びせ、借金を金貨四枚分一万六千円請求する事でようやく僕の気が済むのだった。


「ぎゃあ〜!? 借金がまた増えたァ〜!?」

「んっ……どうせ能力で壊した物は直せる癖に……ケチ」

「直せるからって壊していいとはならねぇんだよ。あとお前僕の鼻へし折って気絶させた癖によく言えるな? それは修理代と慰謝料だと思え」

「二人は当然として、なんで私も借金なんですかぁ〜?」

「お前は教唆扇動きょうさせんどうの罪だ。大人しく受け入れるんだな」


 鼻一本と店内破壊の被害。しめて金貨十四枚五万六千円で手打ちとした所で、僕はふと思い出し、店内を見回す。


「所で、あのお客様はどこに行ったんだ? ほら、燕尾えんび服を着て、コンサート帰りですって感じの……」


 思えば、気絶した原因の一因は彼の存在と発言に気を取られてしまった事にある。別にチアカさん達の様に叱ったり慰謝料いしゃりょうを請求しようという訳では無いが、ただ偶然その場に居合わせた客として片付けるには、余りにもキャラクター性を持っていた。

 そんな僕の問いに対し、借金で迷子になった某電気ネズミみたいにしおれていたチアカさんが、持ち前の明るさを取り戻して答える。


「あ〜、あの人ね! あの人凄いんだよ!? お客さんを呼べたのもあの人のお陰でね? 音楽家なの!」

「ああ、そういえばキミエが言ってましたよ、陽気な音楽と共にお客さん達を引き連れてきたとか……彼がその陽気な音楽を演奏したんですね」

「そうそう! しかもね? それだけじゃなくてね? なんと演奏出来ちゃうんだよ! 凄くない!?」

「楽器を持たない?」


 確かに雰囲気的に音楽を嗜んでそうではあったが、あの見た目でバイオリンやピアノとかじゃなくて、ビートボクサーなのか?

 人は見た目には寄らないと言うが……それとも、あの服装は奇をてらったもので、そう思わせるのを狙ってのものだったのだろうか。

 何にしても、集客にも使える技能の持ち主であったようなので、帰らせたのは少し勿体なかったかもしれない。


「それで兄様、現場捜査の方は如何でしたか?」

「ん? ああ、そうだった、それについても話さなきゃだったな」


 一先ずこの件は片付いたという事にし、僕はロスさんと共に現場で見た事を含め、受注した依頼内容について、三人に説明するのだった。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「──という感じで、今回の依頼はその要人暗殺者の捜索です。害蟲がいちゅう駆除の依頼が入ったらそちらが優先って感じですがね」

「なるほど……メインクエストになるのはその暗殺者だけど、まだ進捗が進んでなくて出来ないから、サブクエストやって小遣いと経験値稼ごうってわけね? 理解了解把握承知!!」

「……何その例え」

「え? わかんない? ロールプレイングゲームとかでさ……私は先にサブクエスト全部片付けてからメイン進める派だったけど」

「なるほど、ゲームの話でしたか。そういうのは兄様の好物でして、私やミチカはさっぱり……というか、こんな世界ですから、余程の好事家でも無いとそういうのは伝わらないと思いますわよ?」

「えっ、そうなの!? おのれ害蟲がいちゅう! 許せねぇ……!!」


 大地が滅ぼされたと知った時は興味無さげで平然としていた癖に、チアカさんは今更になって、親の仇を聞かされたように奥歯を噛み締め、憤怒の炎が僕にも可視化出来るほどに燃え上がらせる。

 ……と言うか、記憶喪失の癖に自分のプレイスタイルを把握しているのはどういう理屈なのだろう。

 記憶喪失までいい加減な人だな。


「……まっ、そういうわけなんで。頭に入れて置いてくださいって話でした。解散」

「「「はーい」」」

「……チアカさん、少し」

「ん? なぁに?」


 そのまま各々が自由な時間を過ごす流れになる所で、気絶する前からあった懸念を忘れられず、自分の中で少しでも解消させようと、チアカさんだけを呼び止める。


「さっき言った演奏家なんですけど……名前とか、連絡先みたいなのは言わなかったですか?」

「ん〜や、言ってなかったよ?」

「そうですか……う〜ん」

「そんなに気になるの? 確かに不思議な雰囲気のある人だったけれど……芸術活動をする人なら、あんなもんじゃね?」

「楽観的かつ凄い偏見ですね……まっ、気にならないと言ったら嘘になりますが」


 楽観的なチアカさんに合わせて、なんて事ないと自分を思わせようと努力させるが、ロスさんの言っていた事がどうしても頭に過ぎってしまう。

 マーフィーの法則と言う奴だ。

 僕の人生は、その連続で構成されている。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 バッタ人蟲じんちゅうと『蝋梅ウィンター・スウィート』が争い、倒壊したと思われる家屋の脇を通って、演奏家風の男は路地裏へと入っていく。

 思われると態々言った理由は、その建物には全く破壊された様子が見られなかったからだ。紳士の目にはモルタルに見える壁は全て『蝋梅ウィンター・スウィート』が生成した蝋──正確には蝋と別の材料を混ぜた物によって構成されたものであり、彼の能力によって破壊された当日の内に修繕活動を完了させたのだ。

 バッタの害蟲がいちゅうを騙した迷路も戦闘中に生み出したものであると聞くから、その造形センスは手放しで賞賛するに値した。


「──道草は終わりました? キウェテルさん」


 そんな、道というより、建物と建物の隙間と言うべき場所を紳士が進んでいると、紳士の背後から、機嫌が悪そうに声色を低くした、キウェテルと紳士の名を呼ぶ少年の声が聞こえてくる。


「やぁやぁ。吾輩わがはいに何か用かな?」

「『何か用』? さわやかに言ってくれるじゃないですか。仕事が終わって直ぐに帰還するよう、ボク、何度も言った筈ですけど?」

「いやぁ、吾輩だってくと帰るつもりだったぞ? しかし、帰り道にそれはそれはうるわしい褐色の肌と絹糸シルクのような髪を持つ少女が居てな? 中々に愉快かつ、素敵な歌声を響かせる子だったので少し声を掛けたら、それはもう大盛り上がり! だからついつい長引いてしまうのも無理は無い──なんなら、悪いのは吾輩ではなく、楽し過ぎるその少女だ、違うか?」


 キウェテルの言い訳になってない言い訳に、少年は呆れてため息を吐き、これ以上の叱責は無意味と諦め、話題を切り替える。


「とにかく、さわやかに帰還しちゃってください。現在ペトルトンには『蝋梅ウィンター・スウィート』に加え、ロス・プラットも居ます。余計な事して足がつくのだけは勘弁して下さいよ」

「ハイハイ。全く、心配性であるなぁ……」


 そう言い残して、少年の気配が遠ざかっていくのを感じてから、キウェテルは気を取り直して、歩みを進める。


「──ぐるぐる、ぐるぐる。上へ、下へ──四十五番街でまた会おう」


 そんな鼻歌を唱えながら、キウェテルは街の影へと消えていくのだった。

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