十一枚目『落ち着かない昼下がり』

 バッタ害蟲がいちゅう襲来の顛末てんまつを話したのは、事件解決の翌日、ランチタイムが終わってレストランが落ち着いた頃だった。

 現在、僕達は普段取り引きをする為のVIPルームで机を挟み、害蟲がいちゅうの換金報酬であるだとか、その後の被害状況であるだとかを報告し合っていた。

 今の所、駆除したバッタ害蟲がいちゅうの換金報酬より、キミエとミチカ達が暴れたり、チアカさんが逃げた時だったり、僕が蹴り殺されそうになった時とかだったりで崩壊した建物に対する損害賠償の方が多いので、頭痛がしてしょうがないのが問題だが──しかも、最後のは治療費付きだ。


「それはまた、災難だったね」

「ええ、本当に、災難でしたよ」


 僕の心底嫌そうな言い方が面白かったのか、目の前に座る空軍中将──ロス・プラットは頬を緩める。僕が異性だったら、コロッと恋に落ちていそうな笑顔だった。

 純白の軍服に身を包み、優しいクリーム色の髪と、青空をそのまま落とし込んだような紺碧こんぺきの瞳、少し女性らしさを持った顔立ちと、目に映る容姿全てが、彼の善性を表しているようで、目の前で対峙している今も、そういうテーマで創作された芸術作品なのでは無いかと思える程、魅力的な容姿だった。

 それでいて、妹達には劣るが、僕より背も二十センチばかし高いのだから、最早嫉妬の情も湧かなかった。


「ロスさんの蝋人形を展示したら、いい金儲け出来そうなんですがねぇ」

「ハハッ、どうかな、俺の顔は使用料金の方が、高いよ?」


 顎に手をやり、キメ顔で受け流された僕は、他に頼みたい事もあったので、それ以上押さずに、仕方なく話題を変える。


「まぁ、人蟲じんちゅう種については逃げた魚は大きいと思う事にします……それより、報酬の件以外にお頼みしたい事が」

「ん? ああ……ミス・チアカについてかい?」


 流石に察しが早い。僕がそう言うと、ロスさんは懐から携帯を取り出し、何かのデータを参照し始める。


「帰ってから改めて調べてはみるけど、捜索願いのようなものは出せれていないね。ノブナガの飛行ルートを通った他の飛空挺も確認されてないから、どうやって『ソラガメ』の前に倒れてたかも謎だ。まぁ、人身売買の違法船だとしたら、俺達に気取られるような真似はしないんだろうけど」

「本人に聞けたらいいんですけど、運が悪い事に記憶喪失でしてね……」


 僕がそう言うと、ロスさんはフッと頬杖をつきながら、


「記憶喪失も君の運の悪さのせいだったりして」


 と揶揄からかうように笑った。


「かもしれませんね。今の所、彼女が僕に齎した利益はゼロどころか、マイナスですし……あっ、でも支援金は捻り出せそうなんで、そこは嬉しいですけどね」

「けど、いいのかい? てっきり妹達だけでも手一杯だと言い出すもんだと思ってたよ」

「まぁ、乗りかかった船──はチアカさんの方ですけど、責任ってのを感じますし、返すものを返してもらってませんからね」


 それに、ただでさえ天に見放され、不幸の女神に愛された僕が、天からやって来たチアカさんを放っておくという恥知らずな行為に出れば、不幸の女神の寵愛を更に受けてしまいそうな気がなんとなくしていた。

 ジンクス的なもので確証は無いが、そもそも不運とかいう確証のない物に振り回されている僕にとっては、今更な話だった。

 報酬の件についても、頼み事についても話し終えたので、会談を切り上げようとしたその時、扉が力強く三回分叩かれ、直後蹴飛ばすような勢いで、ノエルさんに仕立てて貰った、黒地に金色の刺繍が入ったアラビアン風のウェイトレス服と、瞳と同じ色をしたターバンを頭や腰に巻き付けたチアカさんが、扉を開けて入室してくる。


「失礼し──むわぁあああッ!?」


 扉には特に段差を設けていなかった筈だが、チアカさんは入室の挨拶を言い切る前に足を滑らせ、お盆に乗っていた二人分の湯気が立つ紅茶を、狙ったように僕の顔面や太腿ふとももに浴びせる。


「ホアッッッチャアァァァアアアアッ!?!?」


 焼ける苦痛に耐え切れず、カンフー映画のような悲鳴を上げながら、ソファの上でのたうち回る。


「大丈夫かい? えっと……君がミス・チアカだね?」

「ああ、うん、大丈夫、ありがと!」


 そんな僕に対し、転んだチアカさんの方はと言うと、即座にロスさんに受け止めてもらったことで、どこにも体をぶつけず、ノーダメージであった。僕は紳士である為、チアカさんの身が無事で何よりだと、心底思った。


「なにしてくれやがってんですかコノヤロウッ!! 熱いじゃあねぇですか!! 金貨十二枚五万円のスーツが台無しになっちまったじゃあねぇですかよォ!?」


 だが、怒らないとは思っていない。


「ま、まぁまぁノブナガ落ち着いて……敬語おかしくなっちゃってるよ」

「いや〜、ごめんごめん──って、うわぁッ!? 顔が溶けてる〜!?」


 言われて、僕は紅茶の掛かった左頬に手をやると、整髪に使うワックスを手に取った時のような、ドロリとした感触が指に伝わる。

 なんとか顔の形成を保とうと余裕の無い僕に代わって、ロスさんが解説を始める。


「ああ、彼は体内から蝋を生成し、操る能力だからな。開花ブルーム状態じゃなくても、熱のせいで溶けてしまったりするんだよ」

「へぇ〜……だからか。さっきからお尻でぴょんぴょんしてるけど、一向に立ち上がらないのは、太腿ふとももが溶けてるからなんだねぇ」

「感心してねぇで氷とか手拭いとか持ってきてくれませんかねぇ!?」


 最初は従業員を手に入れられたくらいに思っていたが、お茶一つろくに運べない調子では、雇ったのは間違いだったのかもしれない。さっきのチアカさんに対しての手放さない云々も、考え直したくなってきた。


「そ、それじゃあこんな状況でなんだけど、俺はそろそろ帰らせてもらうよ」


 本当にこんな状況でなんだとは思う事を言って、ロスさんは席を立ち上がり、ぎゃあぎゃあと騒いでいる僕達を残して部屋を出る直前で、振り返る。


「そうそう、これはまた改めて依頼する事なんだが……」

「はい? なんです? 害蟲に巣でも作られましたか?」


 廃墟や人の寄り付かない場所に巣を作り、夜になると街に出て人を襲うという事例はよくある。今回もそれかと聞くと、ロスさんは「違う」と言いながら、自身の顔の横に握りこぶし近付け、手の平を、花が開花する様子に見立ててパッと開くと同時に言った。


「捕まえるのは、多分同族こっちの方さ」

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