十枚目『ノブナガ家、集合』
「ぁあッ!? あぁッ? あッあッ……あぁああぁああああッ!!」
飛んで来たバッタ
比喩ではなく、本当に泣いていた。
「だ、大丈夫……? ソニーとビーン殺されたハンジみたいになってるけど」
中腰になりながら、チアカはそんな風に声を掛けてみる。返事は変わらず悲惨な泣き声だった。
何故泣いているのかチアカには一目盛りも察する事は出来なかったが、先程命を奪い合い、容赦なく叩きのめした怪物に対して、こんな風に泣けるものなのだろうかと、困惑を通り越し、不気味で珍しい自然現象か何かを見た気分になっていた。
「──ん? そこ、誰か……居る?」
すると、本来二人が曲がる筈だった路地から、女性の呼び掛ける声が聞こえてきた。
「あらまぁ、大変。逃げ遅れた人かも知れませんわねぇ。きっと情事の最中に襲われたものだから、一糸纏わぬ姿で飛び出したはいいものの、人に見られるが故に避難所に向かうわけにも行かず、途方に暮れているのかも知れませんわ」
もう一人の、とんでもない事をサラッと発する女性の声も聞こえ、二人分の足音と声が、こちらに向かって近付き、本来ノブナガとチアカが曲がる筈だった角から、日光を完全に遮断して、二人分の人影が現れる。
現れた二人を、チアカは一目で双子だと悟る。それ程に、二人の姿形はよく似ていた。
薄紅色のミディアムヘア。
白黒のパンダを彷彿とさせる色合いのウェイトレス服。
そして髪色よりも何よりも大きくチアカの目を引いたのは、その体格だった。
「デッ……!?」
『体格』などと女性に対して使う表現では無いとチアカも頭の片隅で思ったが、そんな思いも芽生えて直ぐに摘み取られてしまう。
何故なら二人の身長は、センチ──否、最早メートルで表記するべきであろう。二メートルに近いのでは無いかと思わせる程に高く、持つ乳房さえもダイナマイト級に大きかった。
それでいて引っ込む所は引っ込んでいるのだから、人体というのはやろうと思えばここまで出来るのかとチアカは一人で感心した。
感心しながら、チアカは二人の区別の仕方を何となしに見つける。
前髪だ。二人共、前髪が片側だけ短く切り揃えられており、それぞれが右と左の役割を担うようにして違っていた。
「ピ、ピンクおもしろ前髪デカ姉妹……」
口をついてチアカがつい呪文を詠唱するようにそう言うと、左の前髪を担当する女性が頬に手を当て、
「ここに居ましたか、
それに次いで、今度は右の前髪を担当する方も、
「ここに居たんだ……にぃに」
と、無感情な声色で言った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「に、兄ちゃんッ!?!?」
隣から、ルフィがエースを兄貴だとネタばらしされた一味みたいな反応が聞こえた事と、ひとしきり泣き終えた事で僕は冷静さを取り戻し、顔を上げる。
見上げて「やっぱり」と僕は思う。
そこに居たのは、僕の双子の妹達──ミチカとキミエだった。
「兄ちゃんって……君……」
先程驚き声を上げたチアカさんは、僕と二人を見比べてから、
「兄ちゃんは下の子にお下がりをやるもんだけどさぁ……ちょいと身長あげすぎじゃないかな?」
と言った。紳士ゆえに怒りは湧かなかったが、気を抜いたらまた泣いてしまいそうだった。
「やったのはミチカ……だな?」
僕は右側の前髪を短くしている方──ミチカを見ながら、可能な限り穏やかな口調で問う。
「…………うん」
対するミチカも穏やかに答えるが、僕のような作り物の穏やかさではなく、自然な心から溢れた穏やかさだった。
「僕は言ったよな? 通常の
「にぃに」
僕の『呪術廻戦』の引用を交えた説教を、ミチカは短い一言で遮る。喋ってるのを邪魔されるのは不愉快ではあったが、紳士ゆえに「なんだ?」と何が言いたいのか聞いてやる事にした。それにミチカがそういうマイペースな喋り方をするのは今に始まったことでは無い。
「吹き飛ばして来たのは、にぃに?」
「まぁ……そうだが?」
「上からいきなりあんなの飛んで来て、ミチカは銀河級にびっくりした」
『銀河級』と大袈裟な表現を使う割に、表情や声は凪そのものと言った風に落ち着き払いながら、ミチカは僕に言ってくる。
「……だから?」
「謝って欲しい」
「そうかそうか──なんだァ? テメェ」
妹と言えど許せん。バッタ
「まぁまぁ、兄様、落ち着いてくださいまし。確かにミチカの言い方は問題ですけれど、
「むっ、それは……」
確かにそれは一理ある。生け捕りの為の罠があったとはいえ、もう少し弱らせてからの方がミチカもわざわざ反撃に出なかったかもしれない。あらゆる状況を想定するように心掛けている僕とした事が、見立てが甘かったというキミエの指摘はかなり痛かった。
「確かに、僕も悪かった、反省しよう」
「分かればいい」
「コラコラ、ミチカ?」
「……ミチカも悪かった」
「うんうん。やはり兄妹は仲良くなくては!」
キミエのお陰で、噴火寸前だった僕の怒りは見事に抑え込まれ、すっかり傍観者となっていたチアカさんも、感心したように自身の顎を撫でていた。
「はぇ〜、やるなぁ〜。あんなに泣き叫んでたノブを落ち着かせちゃうとは」
「慣れていますので。と言うより……どちら様で?」
「あっ、すまない。紹介が遅れてしまったな。この人は──」
チアカさんに代わって、聞かれた事僕が答えようとすると、先程僕とミチカの一触即発を諌めた時よりも大きく腕を僕の顔の前まで突き出し、
「おーっと! 皆まで言わないでください」
と言ってくる。
「当てましょう。ズバリ、そういうプレイの最中だった……違いますか?」
「違いますが?」
しまった。と僕は思う。手錠でチアカさんと繋がっているこの状況はキミエの大好物。頬を赤らめ、息を荒くしながら、キミエは僕の否定を更に否定してくる。
「またまたぁ〜! 妹に照れ隠しなどと寂しい真似を!! 前々から
やっぱり始まった。ミチカに比べれば礼儀正しく、物腰が穏やかではあるものの、猥談に対してはネジの外れた好色家という欠点が、キミエにはあった。こうなったキミエは誰にも止められない。下手に火に油を注がないように、生返事でスルーし続けるしか──
「どっちかって言うと、ノブが攻めかな?」
「っておいぃぃぃッ!?」
驚き過ぎてつい『銀魂』みたいな驚き方してしまった。何してくれてんだこのアマは。
案の定、その一言にキミエは体をぶるりと震わせ、
「攻め!! やはり攻めですか!! 嗚呼、このキミエ辛抱たまりません……さぁ疾く! この疼きを止めてくださいまし!! さぁ! さぁ! さぁ! さぁッ!!!!」
「お、落ち着けキミエ! 僕はそういうんじゃ……ちょっ、チアカさんなんで動かな──ぎゃああああッ!?」
チアカさんを逃がさないように繋げた手錠によって逆に逃げられなくなった僕は、約三十センチの差があるキミエの超高圧プレス機のような力で抑え込まれてしまう。
バッタ
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