八枚目『その男、優秀につき』

「あの少女を救出に行かなくていいって……何故ですか!?」


 チアカとノブナガがバッタ人蟲じんちゅうと対峙していた一方。

 チアカにウザ絡みをされ、そのチアカに命を救われた兵士が上官に彼女の救出をしに向かうことを願い、容赦なく却下されていた。


害蟲がいちゅうの攻撃をあしらえていたとは言え、彼女は蟲狩むしかりでも兵士でも無い民間人! このまま放っておくというのは……」

「気持ちはわかるが、相手は害蟲がいちゅう……人蟲じんちゅう種が相手だったことを言い訳にしても、我々では手も足も出ないということはお前も身に染みてわかっただろう? 人員を分散し、ここの護りをおろそかにするわけにはいかんのだ」

「そ、それはそうですが……」


 実際、先程頭を潰されかけた事から、兵士は上官の言葉に言いよどんでしまう。それでも恩人である少女の為、効果的な言葉を頭の中で探していると、上官は溜息を一つしてから、チアカが走っていった方向を見ながら、兵士をさとすようにして続けた。


「それに、向かった方向には『蝋梅ウィンター・スウィート』が居る。十時と二時の方向で戦っている蟲狩の方へ行ったなら考えたが、彼が居るなら大丈夫だろう」

「『蝋梅ウィンター・スウィート』……?」


 言われて、兵士の脳内顔認証システムが半自動的に作動し、実際に彼が営むレストランに訪れた事があったのを思い出す。

 黒いスーツに檸檬色のコートに身を包む、料理人と言うより商人と言った風の礼儀正しく、嘘なんて言わないような礼儀正しい青年だった。


「それは……強いということですか?」


 そうは見えなかった。とは、思っても続けなかった。蟲狩むしかり蟲狩むしかりと言うだけで常人では敵わない程強いというのは常識だったからだ。

 きっと彼もそうなのだろうと思ったが、上官は兵士の問いに「いや」と否定から入って答える。


「強いは強いんだが……武力という意味なら、他二人の方が強い。彼はなんと言うか、先見の明というのがあってな。『そんな失敗の仕方があったのか』みたいな状況でも保険を用意してたりするんだよ。傍から見たらただの心配性に見えるがな、も、それで生き残ったらしい」

「あの戦い……『花蟲かちゅう戦争』ですね?」


 蟲狩むしかり害蟲がいちゅうが巨大樹を巡って争った、大地を失くして初めて行われた大戦の生き残りと知れば、相応の実力者であると察すると同時、それならば何故、あんなチンケなレストランを営んでいるのだろう? とも思った。

 確か、従業員を雇う事も出来ないと嘆いてもいた気がしたのだが──

 と、兵士が評価に疑問を抱いていると、上官が思い出したように「あと」と言って付け加えた。


「運に恵まれているんだ。とても」


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「『黄蝋蟲籠ウィンター・ケース』」


 有無を言わせず先手必勝。

 僕は先程通常のバッタ害蟲がいちゅうを閉じ込めた時に使った蝋の檻をバッタ人蟲じんちゅう──では無く、チアカさんに対して使用する。


「オアーッ!? なんだなんだ裏切りか!? やっぱり! だから黄色だと思ってたんだよッ!!」

「誰がユダですか。小賢しく知識をかざさないでください。こうでもしないと貴女、どっかいっちゃうでしょう」

「ソ、ソンナコトナイヨ〜?」


 図星だったようだ。

 なんだその変な呼吸法は。まさか口笛か?


「はぁ……とにかく、その中なら安全ですから、大人しくしててくださいね」


 これで一番の悩みの種は取り除けた。

 あとは儲けるだけ──と、僕は瓦礫を巻き上げ、竜巻の結界を作り上げるバッタ人蟲じんちゅうの方を向き直る。

 人蟲じんちゅう種はこのように敏捷びんしょう性や知性が上がるだけでなく、我々蟲狩むしかりのようなが目覚める可能性を秘めている。

 これこそ人蟲じんちゅう種が凶悪とされる最たる理由であり、同時に高級品として重宝される理由でもあった。

 そう考えると、あのグロテスクな虫の見た目も、僕にとっては肉付きのいいロブスターに見えてくる。


「ギュオァァアアアッ!!」


 するとロブスター──もといバッタ人蟲じんちゅうは鳴き声を上げながら、強風に乗せて、僕に瓦礫を射出してくる。


「『黄蝋円盾ウィンター・アイアス』」


 僕は風で身体が吹き飛ばされないように足を蝋で固定しつつ、左腕に装備した円盾で瓦礫を受け流していく。

 質量を宿してぶつかってくる風のつぶてのせいで、地上でありながら、濁流の中に居るような抵抗を感じるが、強化された左腕くらいなら、自由に動かせる余力があった。


「イタタタ!? 砂利当たってめっちゃ痛いッ!? しかもこれじゃあこっちから攻撃出来んくね!?」


 という背後から飛ばされたチアカさんの野次は、正直な所警笛けいてきのように吹き抜ける風の音にかっさらわれて聞こえなかったが、当然そんな状況を許す僕では無いし、やられっぱなしは性に合わない。


「『黄蝋穿槍ウィンター・ジャベリン』」


 僕は盾で右手を覆い隠すようにして風を受け流しながら、軽くなった右手で蝋の槍を創り出すと、それを思い切り力を込めて、地面へと突き刺す。


「『無法者ウォンテッド』ッ!!」


 突き刺してから、追加オーダーをするように僕が技名を叫ぶと、先端に仕込んだ種が呼応するように発芽し、地中を潜行する形で、槍が更に伸長する。

 そうして風の影響を受けずに突き進んだ槍は、地面から顔を出すと、バッタ人蟲を背後から襲い、背中から腹にかけて風穴を開ける。


「ギョオッ!?」


 完全なる意識外からの一撃にバッタ人蟲は驚きつつも、更なる追撃を恐れて槍をへし折り、はねを広げて上空へと離脱する。


「ああ逃げた!? は、早く追わなきゃ! ノブも飛んで!!」


 出来るかよ、んな事。

 そして、『追跡』もしない。

 害蟲がいちゅうだろうが蟲狩むしかりだろうが、人智を超えた力を操るためには、それ相応の集中力を要する。

 奇襲された事による動揺によって、精神を乱したバッタ人蟲じんちゅうは、僕に当てていた強風を弱めてしまう。


「頭が、高くないですか?」


 そして、こんな事もあろうかと、へし折れた槍の中にはまだ、種を残している。


「──『悪戯者アーチン』」


 槍から、長く伸びた棘を持つウニの様な形へと変化したことによって、内部からの爆発的な刺突を喰らってしまう。


「ギョバッ──ガァッ……!?」


 バッタ人蟲は口から黒っぽい鮮血を撒き散らしながら、腹に刺さった棘の重みに引っ張られるように、地面へと落下してくる。


「『黄蝋棍棒ウィンター・ロッド』──」


 僕はそれと同時か、少し早いタイミングで、バットの形状を蝋細工を構築し、それを握って落下予測地点打席に立つ。

 僕の能力最大の強みは、鋼鉄に匹敵する硬度でも、幅広く精密な造形能力でもなく、そのにある。

 種の状態である時の蝋は、限界まで加圧、圧縮された状態であり、一度唱えて発動させてしまいさえすれば、その速度は音速を優に超える。

 

「──『悪戯者アーチン』」


 落下してきたバッタ人蟲じんちゅうの顔面目掛け、フルスイングの第一撃を加えてから、元ある形状に棘の要素を付与する『悪戯者アーチン』を発動することによって、二重の衝撃と、爆発的な破壊力を生み出すことに成功する。


「ギュオッ──!?」

「ホォーーーーム! ラァーーーーンッ!!」


 全身全てを回転させるようなイメージで、雄叫びと共に放たれた僕のフルスイングを喰らった事によって、文字通り、手も足も出す事が出来ず──

 バッタ人蟲じんちゅうは、ペトルトンの青空に輝く星になるのだった。

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