五枚目『そういうもの』

 チアカさんが指摘した通り、害蟲がいちゅうは昆虫の見た目をしている割に、高い知性を有している。

 肉体が巨大化した影響なのか、それとも地球外知的生命体がたまたま昆虫に似ているだけなのか。

 彼等が出現し、僕らから大地を奪って千年経った今も明らかになっていないのだから、僕にわかるわけが無いし、興味もない。

 とにかくそんな害蟲がいちゅう達が僕を危険と判断し、攻略する為に取った戦略は、群れを分散させ、空ではなく地面から侵略するというものだった。

 空中にその身をさらし、いいまとになってしまうより、家屋を利用した隠密をしながら、バッタらしく脚力による蹂躙じゅうりんを選択したという事だろう。


 だが知性なら、僕だって持っている。


「…………ギッ……?」


 巨大樹に向かって真っ直ぐに突き進んでいた筈のバッタ害蟲がいちゅう達は、同じく前へ前へと突き進んでた筈の仲間達がすぐ横の路地から飛び出して来た事で、意図せぬ合流に困惑し、足を止める。

 が、それだけなら、慣れない土地で道に迷ってしまっただけの事と、二秒も掛からずにまた彼等は走り出していただろう。

 しかしそれも、となると、話は変わる。


「ギッ……!!」


 異変を感じた群れの一匹が後退しようとしてももう遅い。

 僕はバッタ害蟲がいちゅう達が何かするよりも早く、来た道を黄色い壁、頭上を格子状こうしじょうの柵で覆うことで、瞬く間に彼等を立方体の中に閉じ込めてしまう。


「『黄蝋蟲籠ウィンター・ケージ』……僕の迷路は楽しんで貰えましたかね? あっ、コラコラ暴れないで下さい。その壁の蝋は鋼鉄並に硬い特別製ですので、貴方達では破壊出来ませんし、返って自分が傷付くだけですよ。価値が落ちるのでやめてくださいね」


 僕は格子状の天井で彼等の頭上に立ちながら、飛んで火に入る金のむし達をしげしげと眺める。

 これが僕の──『蝋梅ウィンター・スウィート』の能力である。

 まるで人類の天敵である害蟲がいちゅうに対抗するように、肉体から植物が芽吹き、特別な能力に目覚めた者達の事を、この世界では蟲狩むしかりと呼ぶ。

 僕の左胸に咲く花は、蝋梅ウィンター・スウィート──ロウバイという広葉の落葉低木に咲く、半透明で鈍いつやのある黄色の花であり、蝋細工ろうざいくの梅のような花をつけることが漢字の由来となっている。

 だからかは知らないが、僕の能力は念じさえすれば、事が出来た。

 バッタ害蟲がいちゅう達は僕が作った偽物の家屋に騙され、誘導され、この十字路へと誘き寄せられたのだ。

 何故、形も色も大きさも思い通りの状態で咲くのか、何故鋼鉄に匹敵する強度を持つのか、そもそも蝋はどうやって生成されているのかを、僕は説明する事が出来ない。

 僕だけでなく、蟲狩むしかりというのは、大抵がそういうものだ。合理も理論も無く、なのだ。

 肉体から植物が咲き、その植物に由来した何か特別な力を得ている存在。

 そうとしか言いようがない。

 ──謎が多いという意味では、僕達蟲狩むしかり害蟲がいちゅうというのは似た者同士なのかもしれない。


「ギッ! ギィッ! ギュィィイイイッ!!」

「……いや、無いな」


 頭上で生殺与奪の権利を完全に掌握している僕に向かって、ギィギィと歯が軋むような、耳障りの悪い鳴き声で威嚇いかくしてくるバッタ害蟲がいちゅう達を見て、僕は考えを撤回すると同時に、格子こうし穴を新しく生成した蝋で塞ぎ、完全に密閉する。

 中に居る害蟲がいちゅうの数は十一体。

 少し経てば、外傷を負わせる事無く、比較的状態のいい遺体が手に入るだろう。こんな事もあろうかと、酸素欠乏危険作業主任者の資格を持っていて良かった。


「さて、これで道中狩った害蟲がいちゅうは三十一体。大漁だが、どれも通常種……そろそろ人蟲じんちゅう種が出てもいいはずだけど」


 人蟲じんちゅう種──通常の害蟲がいちゅうがまだ昆虫としての構造を保っているのに対して、この人蟲種というのは文字通り、構造が人間のそれに近く、より俊敏、より好戦的、より高値で売れるというレアな個体。

 是非狩りたい所なのだが、これだけ狩り続けても一向に姿を見せない所を見るに、左右に分かれた部隊の方に居るのかもしれない。

 そうだとしたら、負けはしないだろうが、最悪売れる所一つ残さずに消し飛ばしてしまう可能性があるので、そうなったらどの道見つけてないも同然である。

 それにもし左右に居ないとなると──

 もう一つ、最悪を超える大損害が起きてしまう可能性が、僕の頭の中を過ぎる。


「…………ああ、クソッ」


 僕が悪い想像をすると、大体想像通りになってしまう。

 もしもの為のを用意してあるとはいえ、それを使う状況になってしまうことは極力避けたい。

 そんな風に考える内、段々と心配になって、チアカさんが向かったであろう避難所へ、確認を兼ねて向かおうとした──その時。


「──うっぎゃあぁぁあああッ!?!?」


 向かおうとしていた巨大樹の方角からこちらに向かって、絹を裂くような悲鳴と、凄まじい破砕音が響いてくる。

 恐らくは逃げ遅れた住人だろう。音だけで察するに、害蟲がいちゅうに追われて逃げている真っ最中という所だろう。


「はぁ……僕以外にも蟲狩むしかりはいるというのに……また貧乏くじか」


 そんな愚痴をついこぼしてしまいながらも、人として、紳士として金にならない仕事ボランティアをしに、声の主が現在走っているであろう大通りへと足を運ぶ。


「しかし、バッタ害蟲がいちゅうとかけっこが出来る脚を持っていながら、逃げ遅れ、しかも巨大樹の方角からやって来るとは……どんな逃げ方をしたらそうなるんだ……?」


 しかも、気の所為でなければ、今朝アレと似たような悲鳴を聞いたような……。

 と、僕が嫌な予感をした時点で、大抵その予感は的中する。

 そういう不幸な星のもとに、僕は産まれたのだ。

 実際、それを証明するように、大通りを出た僕が目にしたのは──


「あっ、ノブ〜〜〜〜ッ!! ヘル〜〜〜〜プ!!!!」


 僕に助けを求めながら、満面の笑みでこちらへ走ってくるチアカさんと、家屋を破壊しながらそれを追い掛ける、バッタ害蟲がいちゅう人蟲じんちゅう種の姿であった。

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