伝説の地下都市・アガルダ

月摘史

序章

町の外れにある広々とした草原で、ヤンセは地べたに寝転んでぼーっと空を眺めていた。

 やんわりと吹く風が優しく肌に触れて、ゆさゆさと髪を揺らす。

 ゆっくりと動く白い雲を目で追っているうちに、だんだん退屈になって瞼が勝手に落ちていく。

 すると、住民もあまり近寄らないすぐそこにある大穴から、ゴゴォーッという呻き声のような音が鳴り響いた。


「なんだっ⁉︎」 


 その不気味な音に、ヤンセは慌てて目を開けて上体を起こし、音の鳴った大穴へと恐る恐る近づいて、ひょいと首を前に出し中を覗く。

 冷たい空気が漂い、どんなに目を凝らしても奥までずっと暗闇で包まれている。


「うわぁ⋯⋯こりゃすごいなあ」


 さきほどの不気味な音なんて忘れて、いつの間にかヤンセの中では好奇心がふつふつと湧き上がっていた。

 そしてヤンセは居ても立っても居られないと、叔父であるスクワントの家に駆け足で足を運んだ。

 大穴のところから数分もすればたどり着くところに、スクワントの家は建っている。

 

ヤンセはドアをノックすることも忘れて、流れ込むように家に入り、一直線にスクワントのいる部屋のドアを勢いよく開けると同時に、


「じいちゃんっ!」


 というヤンセの声に、スクワントはびっくりしたと椅子からひっくり返って落ちそうになる。


「うおぉって、なんだヤンセじゃないか。どうした」


「あのさ、あっちにあった大きな穴から変な音したんだけどさ、じいちゃんなんか知らない?」 


 ヤンセは今さっき自分がいた方角を指さしながらじいちゃんに聞く。

 大穴から突然出た不穏な音、その正体が何かをスクワントは知っているのだろうか。そう疑わしい思いはあったが、スクワントは何か心当たりがありそうに顎に手を添えていた。


「ん、ヤンセあの穴に近づいたのか?」


 スクワントの問いかけに、ヤンセは即答で頷く。


「うん。音が鳴って、それで少しだけ中覗いた」


「そうか⋯⋯」


 スクワントは真剣な表情を浮かべて席を立ち上がり、本棚から分厚い本を取り出すと、ぱらぱらと紙をめくってぴたりと手を止める。


「これはあの大穴についてをじいちゃんなりに調べてまとめた本じゃ」


「調べた?」


「あぁ。ヤンセが生まれる前からずっとな」


「そうなんだ」


「ヤンセが変な音を聞いたあの穴は『アガルダ』という、伝説の地下都市に通ずる穴なんじゃ。あの穴の一番下に行けば、アガルダの都市がある。他にも地上の人間が想像もつかないような物ばかりが」


 ヤンセはまだ十三歳の幼い子供。だからなのか、スクワントが口を開けば開くときらきらと目を光らして、無邪気な子供のような反応を見せる。

 大人からしたらスクワントの言うアガルダの話なんて都市伝説程度に過ぎないが、ヤンセの歳では夢のような話だ。憧れを抱くのに無理もない。


「へぇー、それでアガルダってどうやっていくの?」


 当たり前のことのように聞いてくるヤンセに、スクワントはふっと鼻を鳴らして、ヤンセの頭にぽんと手を置く。


「ヤンセは面白いことをいうな。でもすまんな、今言ったことは全てじいちゃんとじいちゃんの恩師だけの想像の話なんじゃ。この本も、その人が調べたことがつらつらと書かれておる」


 本をぱらぱらとめくるスクワントの表情には物寂しさがじんわり滲んでいた。

 その違和感を、ヤンセは見逃さなかった。


「じいちゃんはその恩師さんと、今でも仲良いの? その恩師さんは今もアガルダを探してるの?」


 ヤンセの単純な質問に、何故だかスクワントは即答しなかった。口を紡いで、視線を下に落とし、少しの間一言も言葉を発さず。

 そんな俯くスクワントを、ヤンセは心配そうに横から見ていた。いつも元気なじいちゃんでもこんな顔をするんだということに、驚きを隠すことは今のヤンセでは難しかったらしい。

 そんなヤンセの視線にスクワントはすぐに気がついて、ヤンセを見ながら誤魔化しの笑みを浮かべた。


「すまんすまん。いや、実は恩師はもういないんじゃよ、どこにも」


 スクワントの言うことに、ヤンセは一度首を捻る。

 それもそのはず、ヤンセの歳でそんな遠回りな言い方では察することは難しい。だが、スクワントもそれはわかっていた。だからヤンセのその反応を見て、言葉を言い直す。


「とっくの昔に死んだんじゃよ。だからもう恩師はヤンセの言うようにアガルダを探してもないさ。探したくても探せなくなってしまったんじゃ」


「⋯⋯そうだったんだ。じゃあ、今度恩師さんのお墓に一緒にお見舞いに行こ」

 言うと、涙ぐみそうな目でスクワントがまたヤンセの頭に手を置いて、優しく頭を撫でる。


「そうじゃな。行こうな」


「うん!」 


 口ではそう言っているが、しかし、スクワントのその言葉はあまり本音が含まれた言い方ではない。ヤンセはそんな些細なことも気がつかずに、ただただ頭を撫でられていることに対して純粋に喜んでいた。

 と、急にヤンセが机の本を手に取って目を通し始めた。


「恩師さんはもういないけどさ、でもじいちゃん、ここには恩師さんが書いてくれた本がある。だからさ、見つけようよアガルダ」


「⋯⋯え?」 


 唐突にヤンセがそんなことを口にするものだから、スクワントも驚きのあまり少し遅れて素の声が漏れ出る。

 なにを馬鹿なことを、と一瞬でも脳裏に過ったのかスクワントは一度眉間に皺をよせて難しい顔をした。しかし、ヤンセのいまの発言に何かしらの疑問はあったと思うが、それを直接口には出さなかった。いや、出せなかったのかもしれない。

 ヤンセは本に目線を落として、ぱらぱらとページを捲りながら口元を緩ませて楽しそうに語る。


「どんなところなんだろうね、アガルダって。本には『考えもしない科学力がある』とか『地上の人間と異なる形をしている』とか書かれてるけど、でもこれって実際に見たわけじゃないんでしょ」


 そのヤンセの質問っぽい喋りに、スクワントは黙々と聞いていた。

 子供の想像力というものは、大人になると理解が難しく感じる。スクワントもそう思っているに違いない。

 本をぱたりと閉じて、ヤンセが本気を滲ませた眼差しで、スクワントを見上げる。


「だったらさ、見ようよ、アガルダ」


 ヤンセのその言い方は全くもって冗談なんか含まれていない。至って真剣なことが、ヤンセの目を見れば一目瞭然だ。

 スクワントもそれはわかっていそうだった。ぎゅっと拳を握り締め、ヤンセの目だけをヤンセと同じくらい真剣に見つめていた。


「⋯⋯そうだな。じいちゃんもそろそろ研究成果出さないとな」


 そして、思ったよりも早く口を開いた。


「絶対に見つけようね、それで行こう、アガルダに」


 ヤンセがそう意気込むと、スクワントはうんと頷いて、ヤンセの頭をこれでもかと撫でた。

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