第2話 クランベリー・ナイト
「私、シャワー浴びてくるから。疾風、その間にお茶でも出してあげて」
「……一杯だけだからな」
「そんなこと言って、メンバーが増えたのが嬉しいんでしょ?全く素直じゃないなぁ」
「さ、さっさとシャワー浴びてこい!」
疾風は桜詩をシャワールームに押し込んだ。
「そんなとこで突っ立ってないで、座ったらどうだ」
そう言われたところで、ずっと立ちっぱなしだったと気づく。
「お茶よりコーヒーの方が好きなんだが…なあ、コーヒーでも良いか?」
「は、はい。良いですよ」
「決まりだな。ちょっと待っててくれ、豆を挽くところから始めるから、淹れ終わるまでゆっくりしていろ」
「豆を挽くところからなんですね…コーヒーがとても好きなんですね」
「いや、それほどでもないが。父がよく飲んでいてな。父は優しいとは言えなかった。だが小さい頃は父に憧れて強がって飲めないくせに飲もうとしてたさ。そんな憧れの父も、影にやられた。いや、やられたというより、堕とされたと言った方が良いか」
「堕とされた…?」
「父は影について研究をしていてな、その過程で影に魅了されて自ら影にその身体を委ねた。その日から、父は姿を消し、生きているのかどうかも分からない。だが、もし生きていたとすれば、私がこの手で祓ってやると決めている」
「じゃあ、着ている白衣も?」
「ああ、父の白衣だ。今もこうしてコーヒーを飲んでいるのは、父の見ていた世界が知りたいから。父から私は、どう見えていたのか」
「お父さんが、好きだったんですね」
「……っ!」
「だって、こんなに父に憧れて今でも父のことを知ろうとしている」
「ああ、そうだな。優しさという言葉が似合わなくて、愛情の注ぎ方を知らない、不器用だ。だが、好きだった」
(最初は怖い人かと思ったけど、こんなに家族のことを思っている人だったなんて、意外)
「よし、コーヒー出来たぞ」
疾風からマグカップを受け取る。
ちょうどその時、エレベーターの到着音がした。
「誰か来ましたよ」
「はて、来客とは珍しいな。誰も呼んでいないのだが」
そう言う疾風の顔が、エレベーターの扉が開くと疑問を抱いた表情から、敵意を抱いた表情に変わった。
「第参の魔女、桐也……!」
「あらあらぁ、疾風ちゃんじゃないのぉ!久しぶりねぇ、元気してた?」
そう言いながら、180cmはある長身の黒く長い髪を後ろで一つにまとめた若草色の瞳の女は疾風に話しかける。
「はっ…貴様に心配されるほど私の身体もヤワじゃないからな」
「へぇ…じゃあ、本当かこの目でこの手で確かめさせてもらおうかしらぁ?」
「ち、近寄るな!客人が居るんだぞ、少しは考えろ」
「あら、客人とは珍しいじゃないの。その客人とやらはそこのお嬢さんで?」
桐也と呼ばれる女の視線がこちらに向けられる。
「ど、どうも……蒼井雫です」
「雫ちゃんね、覚えたわ」
「………で、今日はどんな要件でここに来たんだ?」
「ああ、用があるのは桜詩よ。私の可愛い妹ちゃんはどこにいるの?」
「桜詩さんが、妹…?」
「そうよ、私の可愛い可愛い妹ちゃんなの」
桜詩に姉がいたとは初耳だ。とはいえ、メンバーになりたてだ、知らないこともまだたくさんあるから無理もないか。
「あー!桐也姉ちゃんだぁ!」
ちょうどシャワールームから出てきた。身体の周りに湯気を立たせながら、バスタオルを手にする桜詩髪の毛は漆黒の夜のように垂れ下がっており、危ない美しさを醸し出していた。
「でも、何で桐也姉ちゃんがここに?」
「それはね、私にも分からなくて…ただ、第壱団から指示を受けてねぇ。指示するならあんたら第壱が行けっての……まあ、可愛い可愛い妹に会えたから今回は許すわ」
「あれ、他のメンバーさんは?」
「第参メンバー全員来たら、私たちの管轄である区域が危険にさらされちゃうでしょ?」
「そうだね、だから桐也姉ちゃんだけ来たんだね」
「まあ、そういうこと。これからしばらくここで過ごさせてもらうけど、構わないわよね?」
「私は全然良いよ。疾風はどう思う?」
「第壱に言われているなら、仕方がないな」
「決まりだね!」
翌日、雫は会社を辞めた。そして第弐の正式なメンバーとして迎えられることになった
「新メンバーの加入を祝って、今日は歓迎会を開こうよ!」
「酒は、ちゃんとあるんだろうな」
「えー、あるけど…飲みすぎないでね」
「当たり前だろ、酒は飲んでも飲まれるなだろ」
「何〜、歓迎会楽しそうじゃない。お姉さんも混ぜて欲しいなぁ」
「桐也姉ちゃんも一緒に歓迎会しよ!」
その日の夜は、歓迎会を開くことになった。
疾風は何やら1枚の紙とにらめっこをしている。疾風は、曇り空のような灰色のショートボブ。顔をよく見れば瞳の色が左右で違っている。右は緑で、左は紫。見つめれば見つめるほどに惹き込まれていく。
「何だ、私の顔に何かついているか?」
「いえ、手伝うこととか、ありませんか?」
「……そうだな、特にない。しかも歓迎される側の人間を手伝わせるわけにはいかないからな。風呂でも入ってきたらどうだ、シャワールームもあるが」
「じゃあ、お風呂借りますね」
風呂場は広いとは言えず、浴槽も人1人分くらいの広さだ。シャワーもついているが、熱湯しか出ない。こうなることを知っていたなら最初からシャワールームを選べばもう少し変わったかもしれない。仕方なく、浴槽のお湯を使うことにした。
風呂から上がると、準備は既に整っていた。
「あ、雫ちゃんはここに座って」
私の左には疾風と桐也、右には桜詩が座っている。
大きいテーブルにはたくさんの料理やスイーツが並べてある。各々飲み物を手に取り、
「それじゃ、雫ちゃんの加入を記念して、乾杯!」
その矢先、この場の雰囲気も良いところに、一本の電話がかかってきた。
「私が出るね」
桜詩は受話器を手に取り、
「はい、こちら第弐の雨宮…第壱?要件は……えぇー、今こっちは忙しくてさ、そっちで対処してよ。しかもそっちが取り逃したんでしょ?………むぅ、仕方ない。これで貸し一だからね!」
と言って電話を切った。
「ほんと参っちゃう…第壱の管轄区で現れた影が逃走、第弐の管轄区域内に侵入したと報告が入った。雫ちゃんには申し訳ないけど、歓迎会は影を祓ってからで良い?」
「ええ、影を祓うのが役目ですから」
「何だか面白そうじゃない、私も行くわ」
「桐也姉ちゃんがいると助かるよ。雫ちゃんもついてきて、ここに一人残すわけにもいかないし、実際に祓うところを見て学習するのも大切だからね」
「はい、わかりました」
「じゃあ、第弐団出動!」
エレベーターを使って地上へ出る。時刻は午後6時半ということもあって地上はまだ少し明るい。
「んー、困ったなぁ」
と、桜詩が呟く。
「影はね、夜になると凶暴化するの。だから、日中より夜の方が強い。一般人も危険にさらされやすい。一刻も早く祓わないと」
「良いじゃない。私だって、夜の方が強いんだから」
「そうだったね桐也姉ちゃんは。クランベリー・ナイトの魔女だもんね」
「魔女……?」
「そうよ……怖〜い、怖〜い魔法使い」
「そんな話は後だ。桜詩、桐也、影の気配は感じるか?」
「今のところは無いね」
「私も感じないわ」
「そうか、私も感じ取れない。これは探すのに時間がかかるぞ」
三人とも困り顔だ。そんな中、ふと気配がした。まさか、
「あ、あの………」
「ん、どうしたの?」
「私、少し感じます」
「え、本当?私たちは全く感じられないのに…さすが新入り、気合入ってるねぇ」
「気合いで気配を感じられるなら苦労はしないさ。私たちの力より、索敵能力に長けているのだろう」
「じゃあ、気配のするところまで案内してちょうだい」
気配の元を辿り、段々と気配が強くなっていく。
「……ここです」
「え、ここって……」
「ああ、保育所だな。もしかしたら、まだ子どもがいるかもしれしれない。急ぐぞ」
「…………早くした方がいいわ。ここに着いた時、別の影の気配を感じたの。しかも、その影もこっちに移動してきてるみたいなのよ」
「えぇ〜…そりゃ大変。それじゃ行くよ!」
保育所の玄関を開ける。鍵は閉まっておらず、ところどころ部屋の明かりがついている。
(ハハハ……もうおしまいだよォ、怖いねぇ…)
「いや!こ、こないで!」
影と子供の声がした。
「ここか!」
疾風が扉を蹴破る。そこには、子供たちを庇う職員二人と、影が三体。
「そこまでだ影共。それ以上子どもと職員に近づくな」
(おぉ〜お、今こっちは取り込み中でねぇ、邪魔しないでよォ)
と言いながら、影の一体が指を振る。
「まずい!伏せろ!」
刹那、疾風の身体が宙に浮き、窓から遠くに放り出される。
「しまった!」
「疾風!」
(こらこらァ、よそ見はダメだなぁ。集中しないと)
「くっ……!今はフィールドの相性が全くダメだ。雨が降ってなければ、風も吹いてない」
桜詩曰く、力はその日の天候が密接に関わってるらしい。雨の日は桜詩の力は増強され、風の日は疾風の力が増強される。
「雫ちゃんは子供たちと職員を、桐也姉ちゃんは私と影を祓う」
「そうするしかなさそうねぇ…第参の管轄区域内では最近、影が出なくてねぇ。腕が鈍ってるかもしれないわねぇ」
(ふふふ……おやおや、そちらが劣勢と見ますが大丈夫ですかぁ?)
「相手に心配されるほど、弱くはないよ」
(威勢がいいねぇ。でも、それもどこまで続くかなぁ)
「さあね。試してみる?」
桜詩の言葉を境に、火蓋は切って落とされた。
最初は互角、しかし段々と劣勢へと追い込まれていく。
(おやおやぁ、何だか苦戦してるように見えますねぇ)
「そりゃ、こちとら守らなければいけないものがあるんでね」
(馬鹿馬鹿しい……そんなものがあるから弱いのだ)
そんな言葉に、胸の奥から怒りが湧き上がった。
「そんなこと、無いです!桜詩さんたちは弱くありません!何も、知らないのに…そんな事言わないでください!」
(スキル解放確認───────スキル「極刻」発動)
その場の空気が一変。ずっしりと重くなり、窓ガラスが割れる。
(な、なんだこれは!?)
影たちが戸惑いの色を見せる。
目の前に時空の歪みが発生する。その奥から、「刻の書」を出す。
そして、迷いなく頁を捲る。最初から、求めていた言葉がそこにあることを知っていたかのように、指はその頁を開いて止まった。
「赤き月の刻、その月灯りの下に影を滅ぼさん…」
そして、術を発動させるキーを唱える。
「クランベリー・ナイト」
(スキル「クランベリー・ナイト」発動─────)
途端、空は紅く染まり、月はクランベリーのような色になり、いつもと違う顔を見せる。
そして、このスキルには特性があった。
(「クランベリー・ナイト」特性発動。優勢フィールド展開により、世紀末の魔女の能力を増強。)
「へぇ、お嬢ちゃんなかなかやるじゃないの。お姉さん感心感心。じゃあ、暴れさせてもらうわよぉ」
そう言って桐也が前に出る。一人で三体まとめて相手をする気だ。
「世紀末の魔女、ここに君臨。さぁ愚民ども、私の力にひれ伏せ」
桐也が宙を舞う。その手には杖が握られていた。
宙を舞う姿は魔女そのもの。艶やかで妖しい笑みもまさに魔女の代物だった。桐也の力は凄まじく、一人で三体を圧倒する。そして、
「あなたたち、つまらなかったけどちょっとした腕試しになっあたわ、ありがとうね。それじゃ」
と言って、杖を一振り。すると影が苦しそうに息をしながら徐々に透明になっていく。そして、見えなくなった。
「……ふぅ、手強かったわねぇ。まあ、勝ったんだし結果オーライでしょ」
「そうだね。今、疾風から大丈夫と携帯で送られてきた。拠点から近いところ飛ばされたから歩いて帰ってるって」
「ねぇねぇ、あのわるいやつはおねーさんたちがやっつけたの?」
と園児の一人が目を輝かせて訊く。
「そうよぉ、お姉さんが悪いやつを退治したの」
「すごぉい!かっこよかったよ!」
「あら、それほどでもないわ」
「あ、あの。本当に助けて下さりありがとうございました」
職員が頭を下げる。
「別に、大した事ないわ。影を祓うのが私たちの仕事よ。私たちはここで失礼するわね」
「ばいばーい!」
「またねー!」
園児たちが手を振る。それを見た桐也がふっと笑った。
それはまるで家族で団欒をしている時に見るような笑顔。この笑顔を、桜詩にも向けていたのだろう。とても美しくて、見ている側が浄化されるほどに。
「桐也姉ちゃん、かっこよかったよ」
「何?褒めたって、何も出ないわよ?」
「やっぱり、桐也姉ちゃんは凄いなぁ」
「当たり前でしょ。だって私は、あなたのお姉ちゃんなんだから」
「えへへ………ああ、それと。疾風は拠点近くにいるみたいだから、先に戻って待ってるって」
「あら、ご馳走を先取りされちゃうかもしれないわね」
「……私が食べるためにパッケージに名前書いたシュークリームも食べるやつだからね、急がないとご馳走全部食べられてるかも!」
「じ、じゃあ急ぎましょう!」
一方、
「第弐に新メンバーが加わったそうじゃないか」
「ああ、助けた人間がな。影についての知識も全くないのに、使いものになるわけないだろう」
「どうかな……疾風がいるからな。彼奴は影のことを知ろうとするために我々の隠したい部分も知っているしな。影のことは親子共々疾風が1番知っているさ」
「ここまで好き勝手されちゃ、こっちもそれなりに動かないといけないな」
「へっ、第弐の新メンバーをどうするつもりだ」
「いや、第弐を消すつもりだ」
「今、何と……?」
「言った通りさ。このまま第弐を泳がせていると第壱の座が危ない。今日だって俺たちが取り逃した影を難なく祓った。いずれあいつらが上に立つ時が来る」
「己の地位や名声のためそこまでするかね」
「従わないなら、お前一人で辞退してもいいんだぞ。そうやって逃げておけばいいさ。そんなに怖いか、第弐が」
「今日のリーダーはいつもと違うな。何かおかしい…」
「事は早く進める方が良い。早急に取り掛かるぞ」
「でも、今は第参の魔女も第弐といるんだろ」
「第参が一人いたところでだ。俺たちなら勝てる」
また、新たな争いの兆しが現れた。(続)
レインメーカー 十色綴、 @Toiro1501
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