第6話 ゴブリンとの戦闘
昨日は、眠ろうとしてもうとうとしてすぐに起きてしまい、回復ポーションを飲んだが下級のポーションだったので痛みが多少マシになった程度だった。
口に残る苦さもあって結局ほとんど眠れず、まだ夜中と言える時間に出発して次の町へと向かい始めた。
出発前に髪を切ったのだが、まだ慣れなくて触ってしまう。腰に届くか届かないかくらいだった髪は、ギリギリ結べるかどうかの長さになった。
ちなみに髪の毛は捨てず袋に入れて今も持っている。燃やしたかったが、証拠を残す事になるし、昨日は火を使わなかったので断念した。
休む時間をギリギリまで削ってお昼前に次の町、タンフに着いた。
タンフでは古着屋で焦げ茶色の外套を売り、別の外套を買う。焦げ茶色の外套はありふれた色だが、昨日ので破れてしまったし不安なので売る事にした。新しく買った黒の外套を羽織ってタンフを出る。
ザクザクと森を歩いていると、何か聞こえた。
「ギャギャ!」
何かの生き物の鳴き声らしき音がした方向へ慎重に行ってみる。
着いた茂みからそーっと覗くと、そこに魔物が2体いた。
1体はよく見るよく狩る魔物のウサギ。それと、ルメルパ村の周辺ではたまにしか見なかった子供程の身長に緑色の肌が特徴的なゴブリン。
「グゥゥ……グァ!」
「ギャ!ギャギャー!」
ウサギとゴブリン、2体の魔物が戦っていた。
狙いを定め飛び掛かったウサギの攻撃をゴブリンはギリギリで避ける。ゴブリンは持っていた木の棍棒で隙だらけになっているウサギの横っ腹にカウンターの一撃を浴びせた。
「グゥア!?」
その攻撃を受けたウサギは地面に落ちてすぐ息絶えた。
「ギャ、ギャ!ギャア!」
ウサギをゲットしたゴブリンは喜びの声を上げ、苦労して仕留めた己の獲物を持ち帰ろうとウサギに近づいた。
「ギィヤ?」
その瞬間をジッと待っていたエルテは、目の前の敵に勝利して気の緩んだゴブリンの背後の茂みから跳びだし、ナイフを構えてゴブリンに近付く。
「ハァッ!」
喉を斬られたゴブリンは叫ぶ事すらできずにその命を落とした。
少し離れた場所に立ち、しばらく待っても動かず、死んだと確信してから近寄って解体を始める。
「………あ、魔石がある」
解体作業を始めて少し、心臓部分にあった小石を摘まんで眺める。それは、数ミリ程度しかない、薄茶色の石。ただ、この石からはほんの僅かに魔力を感じる。
ゴブリンの素材は少ない。肉は食えたモノではないので肉以外の骨、角、そして必ずしもある訳ではないが魔石。これらが売れる素材だ。
魔石は魔力が籠った物で基本的に魔物の体内にあった物を呼ぶ。強い魔物であればある程に魔石は美しく高い魔力を内包する。魔法使いが魔法の効率や発動時の媒介として使用したり、魔道具のエネルギーとして使用されたりと幅広く活用出来る。
私として大切なのは魔石を冒険者ギルドとかに持っていけば売れる、という事だ。
「【アースホール】」
骨はかさ張るので、角と魔石だけ採取してゴブリンを作った土の穴に入れて燃やす。ゴブリンが生涯最後に狩ったウサギをその間に解体して、いらない臓器等を追加で放り込む。
「…よし。ちゃんと燃えたかな」
しばらく燃やすと、ある程度燃えたみたいなので埋めてその場から離れた。
「ギィギギャ!」
「ギャギャー」
「ギギャ、ギィヤ」
「1、2…4、5体か」
ギャギャ、と仲間と何か話しているゴブリンを離れた茂みから観察する。
さっき、ゴブリンを1体倒した後この辺りにはゴブリンが他にもいるんじゃないかと思い、【魔力探知】を使って探した。
「ギギュー!」
「ギャアギャ」
そうしたらすぐに5体のゴブリンを見つけた。
どうやって倒すかを、ゴブリンを観察しながら考える。
昨日は運も助けになって勝てたが、破落戸たちに正面から勝てなかった。強くならなくてはいけないが、物語の英雄のように凄い力が発現するなんて、そんな都合の良い事は起きない。
ただ、地道に頑張るしかない。
あと、ゴブリンの魔石は荷物としてかさ張らないから多めに持っても重くならない。つまり、沢山倒しても大丈夫!
「これをああして…それで……」
ウサギなら問題なく倒せるが、ゴブリンは解体はした事はあるものの、戦った事はない。さっきの1体は油断していたところに後ろから不意討ちをして倒したから、戦いとは呼べないだろう。
でも、このゴブリンの群れを倒そうとしたら1体は不意討ちで倒せても他の4体がいる。必ず戦闘になるだろう。それは、私の経験になって良い影響を与えてくれるはずだ。
ある程度作戦を考え、動き出す。
「ギギャ!ギャ!」
「フゥー、【身体強化】」
5体のゴブリンの内の1体に近い場所にギリギリまで近付き、身体強化を使う。
ドキドキと鳴る心臓に汗ばむ手。今までにない緊張感に少し、目を瞑り気持ちに落ち着かせてから飛び出した。
「【ウォーターボール】!」
「ギャア!?」
飛び出してすぐ、1番近いゴブリン以外の4体に水魔法を使い牽制をする。
「ハァ!」
「ギィヤァァ」
そして混乱しているゴブリンの喉をナイフで裂き、次に近いゴブリンに向かって走る。
「ッ!」
だが、1体殺られた事で混乱から眼が覚めたらしく、棍棒を振り上げて向かって来る。
それを横に飛んで避ける。
「ギャー!ギャ、ギャ!」
休む暇もなく、4体のゴブリンに右から、左から棍棒が振られる。低いその身長なので避けやすいが、4体にもなると避ける場所が限られてしまう。
「ぅあ!?」
何度目かに避けて着地した場所に待ち構えていたゴブリンの棍棒に私は殴られ、地面に転がった。
「ギャギャー!」
想定では、他のゴブリンを魔法で牽制して1体ずつ倒そうと考えていた。だが、上手くいかなかった。
転んでから動かない私を見て、追撃をせずに取り囲んで喜びの声を上げるゴブリンに魔法を打つ。
「【アースパレット】!」
「ギャア!?」
「ギャ、ギャア!」
土魔法で作られた土塊は油断しているゴブリンにヒットした。ゴブリンが警戒して離れた隙に立ち上がる。
魔法は決定打にならず、ナイフが届く距離まで詰めようとすると棍棒を振られて近寄りにくい。
どうすれば、4体のゴブリンを倒せる?
「ギィギギャー!」
「「「ギャギャギャ!」」」
考えている間にゴブリンが私はこれ以上脅威的な魔法を使えないと判断したらしく、4体一気に近付いてきた。
────『魔法は想像次第で自由に使えるのよ』
「ッ!!ウォーター……」
取り敢えず牽制を、ともう一度水魔法を使おうとしたが、お母さんが教えてくれた言葉が頭を過って魔法を中断した。
きっとそれは今、必要な事だから。
「ギャギャー!」
私が考えている間にいの一番に接近したゴブリンが、勝った、と飛び上がり振り上げた棍棒を力いっぱい振り下ろす。
そのゴブリンをぼんやりと視界に納めながら、魔力を練る。
「【ウォータージェット】!!」
一歩、ゴブリンに近づく。棍棒が肩に当たったが、かわりに無防備になっている心臓に右手を突き出して、水魔法を放つ。命を奪えるように、としっかりイメージした水魔法は私の右手から渦巻く水流として勢いよく打ち出されると、ゴブリンの体を撃ち抜き命を絶った。
「ギギャ!?」
少し離れた場所にいるゴブリン3体がギャギャ、と鳴いているところに近づき、1体の心臓にナイフを刺す。ナイフを素早く引き抜き、近くにいるゴブリンに向かって走る。
「ギィ!?」
ゴブリンはワタワタと慌てるだけでろくに動かず首を切り裂かれて死んだ。
「ギャギャ、ギャーギャ!!」
「【ウォータージェット】」
最後に残ったゴブリンは、地面にへたりこむと後退りをしながら鳴いていた。仲間を呼んでいるのかもしれないので、水魔法を使って倒し、5体のゴブリン全てを倒し終えた。
◇◇◇
「ハァ、疲れた」
魔法で開けた穴の中でパチパチ燃えている火を見ながら、思わずため息を吐く。
5体の解体は面倒だったし、棍棒が当たった肩は痛いし、魔力の使いすぎで倦怠感が凄い。昨日蹴られた腹部も痛みは完全に消えていない。
昨日、今日と怪我ばかりしているなぁ。
それでも、早く次の街に着くために長く休む訳にはいかない。下級魔力ポーションを飲んで若干気分が楽になった、と思って立ち上がり再び歩き始めた。
「・・・」
森を歩き、たまに水筒の水を飲んで休憩をしつつ考える。
さっきのゴブリンとの戦いでは、上手く動けたとは言えないものだった。もっと上手く戦えるようにならないといけない。
でも収穫はあった。威力を上げて放てた水魔法だ。魔力の消費が多くて連発は難しいけど、魔法で倒せたのはいい経験になった。
魔法の基本属性6つは基本誰でも使えるが、特に向いている属性は威力が高くなり、適正属性や得意属性と呼ばれる。
私の得意属性は水属性と光属性だから、この2属性の攻撃魔法を使えるように練習するのがいい。
あと、風属性とか他の火属性、土属性、闇属性の魔法も戦いに使えるように練習しようかな。水と光ほどの威力は出せないだろうけど水と光の補助として使ったり出来るはず。
それにしても、闇属性と光属性か…姿を変える何か、こう魔法があった気がするんだけど・・・なんだったけ。
ルフメーヌまではいくつかの村や町を挟み、数日は掛かる。それくらいあれば思い出せるだろうか。あの、ほら、あれを。ハァ、喉まで出かけているのになぁ。
◇◇◇
深く深く集中する。
魔力を巡らせ、イメージをする。
夜の森、静かな静かな場所で魔法を使う。
「…………っムリ!」
しばらく集中していたが成功した手応えはなく、集中力の限界がきた私は息を大きく吐いた。
「思い出したは良いんだけど…」
昼間に思い出せなかった一時的に髪色を変える魔法。それを夜にやっと思い出せたのだが、まだ成功していない。
成功していない理由は
詠唱はイメージの穴を補う意味がある。繰り返し何度も使ってイメージが明確になっていない限り、
イメージにあってさえいればある程度の詠唱の変更は大丈夫だったりするが雑に言葉を並べると、どれ程の魔力を消費して発動するのか分からなくなるというデメリットも存在する。
「…髪よ、変われ、望む色へと……う~ん」
試しにそれっぽい言葉を並べてみるがしっくりこない。
明日の為にもそろそろ寝なくてはいけないのだが、モヤモヤする。
僅かに雲がかかった月を見上げて考える。
「…一回くらい試してみようか……」
このままイメージだけでやっても何も進展はしないだろう。それなら魔力切れ覚悟でチャレンジする方が案外良いのかもしれない。
倒れても平気なように木に背中を預けて集中する。
「髪色よ、変われ、明るく、魔力よ、染めよ」
髪の毛の色が一本一本変わるイメージをする。声に乗せる。
「一時の間の変化を、【カラーチェンジ】」
魔力が髪に流れていく感覚がする。
これは成功したのかもしれない。良かった、チャレンジして。
そう思って少し肩の力を抜いた。
「ん?………んんん??」
だが、魔力がグングングングン、吸われていって止まる気配がない。
魔力を絞って流れが止まるようにしてみるが、吸う力の方が強くて上手く止められない。
「このッ!……ま、りょく切れ……に………」
四苦八苦している間に魔力は底をついて私の意識は途絶えた。
「はぁ・・・」
翌朝、今日も今日とて森の中を歩く私の頭の中を占めるのは昨日の出来事だ。
あの詠唱ではダメなのか、それとも魔力操作に問題があったのか。理由は分からないが魔力切れで気絶してしまった事に気分が沈む。
だからなのか、今日は集中力が持たなくて何時もより薬草等の採取量が少ない。
「いやいや、ボーッとしている暇なんてない。動かなきゃ」
それでも大切な逃亡資金を増やさなければ、と頬を叩いて気合いを入れるとちょうど近くに生えていた薬草を採取した。
1度集中すると案外続くようで、少ししてそこそこの量を採取した私は終わりにしようかと立ち上がった。
思っていたよりも集中し過ぎていたらしいと森の雰囲気から感じた。
「…ゴブリンを見てない。足跡も無いし…ウサギもいない」
そのまま森を歩きながら森を観察するとゴブリンやウサギを見ていない事に気が付く。
魔物の種類で大体の森の脅威が分かる。
例えば私の故郷のルメルパ村周辺の森。あそこはゴブリンやウサギ等比較的倒しやすい魔物が多く出現していた。だから魔物による農作物の被害はあっても村人の被害はなかった。
これまで通って来た場所も同じような所ばかりだった。
風が森に吹いて木々を揺らす。
「…早く離れよう」
ゴブリンもウサギもいないこの場所には今の私の力では太刀打ち出来ない魔物がいる可能性が高い。
一刻も早く立ち去るのが良いと感じて歩を速める。
・・・その足はすぐに止まる事になった。
「ブルルッ!!」
歩き出したすぐ先に何者かの魔力を感じたからだ。
魔力のカタチから魔物だと思うがまだ見付かってはなさそうだ。バレないようにゆっくりと近付くと茂みの隙間からどんな魔物がいるのか覗く。
ゴブリンの上位種か、それかオーガのような魔物か。精々そのあたりの魔物だろうという私の予想は大きく外れていた。
「…ッ!」
見上げる程に大きい体は黒い鱗に覆われ、
鋭い爪を有した六本指の手足は太く強靭。
額にある3本の角と長い牙。
硬く、攻撃能力に優れた魔物。
セクニクス。そう呼ばれる魔物がいた。
「グギュルルッ!!」
セクニクスは息を飲んだ私に気が付いた様子はなく狩ったばかりだろうか、倒れて動かないボアを喰っていた。
セクニクスという魔物の最大の武器は6本指の鋭利な爪での攻撃だ。デカイ体に見会わぬ素早い動きで接近するとその爪で引き裂く。その攻撃を避けられたとしても素早いセクニクスから逃げる事は難しく、攻撃をしても体を覆う硬い黒い鱗は並の攻撃では傷一つ付けられない。1体でCランクの冒険者パーティーと良い勝負が出来る魔物だ。
つまり、1人で行動しているエルテが今セクニクスに気が付かれたら…。
しばらく固まって見ていたが、変わらずボアを食べ続けているセクニクスは夕焼け色の瞳を目の前のボアから離さない。
セクニクスが食事に夢中らしいと分かったエルテは茂みから離れてゆっくり、ゆっくりと気配を消して距離を取る。
ある程度離れると見付からないように茂みよりも体勢を低くして少しずつ移動を始めた。
呼吸音1つ鳴らないように細心の注意を払い、魔力操作を全力で行って魔力を隠し、セクニクスから離れる。
(この先に魔物がいる?…避けよう)
進んだ方向から魔力を感じ、少し考えて避ける事にした。
回り込むように移動して、また別の魔物の魔力を感じたら避けてを繰り返す。
(戦闘になってセクニクスを呼び寄せたなんて、想像したくもないな)
蛇行しながら進んでいる所為で充分な距離を取るまでに日が沈んできて森が暗くなり始めた。
もう十分な距離を取った筈、と振り向く。しゃがんだまま振り向いたので緑しか見えないが、何かが近くにいる気配もない。警戒しつつゆっくりと立ち上がった。
しばらく警戒して辺りを見るが、セクニクスはおろか他の魔物の気配もない。安心した私は、何の気なしにセクニクスがいた方向に目をやった。
「…ッ!」
エルテの表情が驚愕に染まる。木々の枝葉がゆらゆらと揺れる先の先、私の視界からは見えない場所にいる筈のセクニクスの夕焼け色の瞳に視られているように感じたからだった。
(ヤバいヤバい!)
距離からあり得ないとは思っても一瞬息が止まり、体が硬直した。
一歩、後ろに下がった。次の瞬間、弾けるように走り出す。
あり得ない。この距離から見える訳がない。きっと気の所為だ。慣れない1人旅で過敏になっているだけ、セクニクスは今も食事に夢中な筈。
頭ではあり得ないと理解しても、足を止められなかった。一歩でも距離を取りたくてひたすらに走り続けた。
「はぁ、はぁ、ッ!ハァー」
走り疲れた私は一旦止まると何も追って来ていない事を確認してしゃがんだ。
冷や汗が止まらない。見るだけであんなに恐ろしいなんて思わなかった。2度とあんな魔物に1人で遭遇とかしたくない。
心の中で愚痴を吐きまくり、心も息も落ち着いたエルテは野営場所を見付けると、何時もよりしっかりと魔物の避けの薬を撒いて休んだのだった。
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